人形令嬢は兎が可愛い
イリスカルン第二王子とアリス・レッドベリルが仮契約を結び、『アリス・レッドベリル・オリジナル』のキューブ化に成功したその日。
王宮に上がる資格を剥奪されている『彼女たち』は、いつも通りの日常を過ごしていた。
日も暮れて、外がひっそりとした闇に包まれつつあるその時刻。
王宮に上がる資格…貴族としての身分を剥奪され、特殊部隊隊長としても解任されたフリデリケ・リーリエ・ヴェストと、その自動人形・ハーゼは邸宅で過ごしていた。
彼女たちの住む邸宅は、元々王族であったフリデリケの父親の資産の一つである。フリデリケの異母兄弟たちが相続した不動産と比べると大きく見劣るが、一般的に見れば、そこまで質素ではない。かといって、豪華という域でもない。そんな建物だった。
場所は、一番街のひっそりとした雰囲気の場所にある。
フリデリケが隊長職に就いていた頃は、彼女の部下である隊員や彼らと契約予定であった自動人形たちが頻繁に訪れていた。
「ハーゼ。風呂に入れ」
フリデリケは簡素なルームウェアの状態で仁王立ちし、ベッドで寝転んでクッキーをつまんでいるハーゼに言い放った。
ハーゼのほうは、フリデリケの趣味で可愛らしいシルクの寝間着にもこもこのかぼちゃパンツ状態だ。『獣シリーズ』のハーゼは自動人形としてのパーツ以外にモチーフとなった本物の動物(彼女の場合は、兎)の毛皮などが用いられている。
そのため、毎日風呂へ入れないと毛などが飛び散ってしまう。再生能力はあるため、ハーゼがはげてしまうことはない。だが、週四で家の掃除や洗濯を派遣メイド協会に頼っているフリデリケとしては、少しでも部屋をきれいに保っておきたいのだった。
「えー。洗浄魔法で充分じゃーん。いちいちお洋服脱いでお湯で濡れるのなんて面倒じゃない」
ハーゼは、いやいや、とその特徴的なロップイヤーを両手できゅっとして首を振って嫌がる。その可愛さときたら、思わず顔を緩めたくなってしまうほどである。
加えて、我儘慣れしていることに違和感の無い、むむんとした甘ったるい彼女の声は、フリデリケのお気に入りであった。
「まぁ、それならそれでいいんだけどな…お前、クオレ一族産の自動人形のくせに、ズボラ過ぎないか?」
案の定、フリデリケはこの世界一可愛い(とフリデリケは思っている)兎モチーフの自動人形のものぐさを簡単に許してしまった。とはいえ、ちくりと一つ言い添えておくのは忘れない。
「そんなの知らない知らない!ハーゼはハーゼ!」
もふもふもふもふ…ぱーんっ!
ハーゼが駄々をこねた瞬間に、ベッドの上に皿からクッキーが飛び散る。
「こら!食べ物を粗末にすんな!」
「きゃん!」
すたんぴーん!!
フリデリケは床を思い切り音がでるようにして足で蹴った。
兎は警戒するときには後ろ足で地面を叩き付けるスタンピングという行為を行うのだが、人間が兎を叱る際にはそれに似た音を出すのが効果的なのだ。
「まったく…」
「ぅ゛ぇうううう…っ」
自動人形ではあるものの、兎モチーフであるハーゼには、これがよく効果があった。
叱られたハーゼは半泣きでクッキーを皿に戻し、こぼれている菓子屑を丁寧に風魔法で集めてゴミ箱へ捨てる。
ぴるぴるとやや震えている風情が非常に可愛い。
とはいえ、このスタンピングという行為は、彼女と契約しているフリデリケがやるからこそ効果があるため、戦闘中の大きな物音などにはあまり反応しない。
「よし。じゃあ、私一人で入るからな」
彼女がきちんとお利口さんにしたのを見届けたフリデリケは、そのまま部屋から出ていこうとした。
ちなみに、この部屋は一人と一体でいつも一緒に眠っている寝室である。
「!フリデリケが入るなら、ハーゼも入る!!」
「やだよ。お前の乳への執着がめんどくさいんだよ」
フリデリケがルームウェアを掴んできたハーゼを、しっしっと引っぺがした。
この兎モチーフの少女人形、どういうわけか男女問わずの巨乳好きであった。全てを許すような雰囲気の女性的な巨乳が一番好きではあるが、力を入れていないときはふかふかで力を入れるとパツパツになる男性の筋肉質な巨乳も好きだ。
とはいえ、以前、会ったことのあるミスティラポロの胸筋もなかなかのものだというのに、彼に良い印象を持たなかったのは、彼がフリデリケの乳をガン見していたからだったりする。
「フリデリケの乳は」
「私の乳は私の乳だ。バカタレ。ったく、やっぱり、自動人形のパーツに換装するとき、男用の乳に変えるべきだったか。肩こりともおさらばできただろうに…」
「そんな!それを失うなんてもったいない!!」
「歳とりゃみーんな、だるんだるんだぞ。もうすぐ私も三十代だしな」
「じゃあ、せめて女性用の張りあるばいんばいんの乳パーツに…!!」
「数十年後にしわしわのババアになったとき、そんなもんついてたらおかしいんだよ」
「需要!需要ならここに!」
「ニッチな需要過ぎて流石に引く」
フリデリケはハーゼの表情が本気なのを見て、やや身をのけぞらせた。
「だって、ハーゼはフリデリケの最期も、その先まで一緒にいるんだ」
「…」
「フリデリケがしわしわのババアでもしわしわのジジイでも関係ないことだ。ずっと!ずっとずっと一緒にいる!」
「…まぁ、生きられるだけ生きてみるけども」
真っ直ぐに見てくるハーゼから、彼女は目を逸らした。
しわしわのババアとは自分で言ったものの、彼女には自身の老後というものがぴんと来ていなかった。それというのも、フリデリケはその年頃になるまで生きていられる実感というモノが無いからだった。
体の大半を自動人形のパーツへ換装してはいるものの、自身の生き方を思えば、とうてい長生きはできまい、という自覚がある。
彼女には、『星見人の百合』に所属していた人間や自動人形たちすべての失われた命が、今も尚重くのしかかっていた。
特に、遠い親戚にあたるこの国の第二王子、イリスカルンの婚約者フェリル・ド・メルヴェイユペシュを失ってしまった罪は重い。
彼女らのために生き、彼女らのために死ぬ。
それが、フリデリケの贖罪であるはずだ。ただ、自身の寿命が同期された相棒を得てしまっている以上、ハーゼの今後についても考えるべきだと彼女は考えていた。
「?フリデリケ、どーした?」
「いや、なんでもない。風呂が沸いたかどうか考えてた」
「そっか!んじゃ、お風呂行くぞ!」
にっこり笑ったハーゼはどこからか船のおもちゃやお気に入りの石鹸やタオルなどの入った木桶を取り出した。
「おう、肩まで浸かってこーい」
フリデリケはそのままハーゼの背中を押して部屋から追い出そうとしたが、途端にハーゼはむすんとした顔になり「やぁあああああ!!フリデリケも入るのぉおおおお!!」とぽよんこぽよんこと駄々をこねた。
「…はぁ。わかったわかった」
結局のところ、フリデリケはハーゼの駄々こねがたまらなくツボなのであった。