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好意指数


「お戻りになられますか?」

「うん。そろそろ今日のお世話係の子が見回りに来そうだから。じゃ、こっちもまた連絡するけど、そっちも何か面白いことがあったら教えてね」

「承知いたしました」

「絶対だよ!」

「はいはい」


 シンクの体が、『楽園シリーズ』とはまた違った転送の光に包まれていく。

 帰っていく直前、シンクはこう言った。


「あ、それと、あんまり『あの子』に固執しないほうがいいよ!運命のオーナーは決まり事の中から、ペリドットが選択することだから!」

「…!」


 シャヘルの目が微かに見開かれたが、すでにその場にシンクの姿はない。


「どこまで…」


 シャヘルはそう言いながら、魔法によって空間に光で構成された画面と文字盤を展開した。それは、彼個人がこれまで得た情報を蓄積していくためのもので、プシュケ・クオレの術式の解析も彼自身で行うためのものでもあり、また、計画遂行のための大まかな道筋をここに書き込んでいた。


(シンクに勘付かれている。私にとっての計画の一部、もしくは、目的までもか。そこに、ペリドットが関わっていると言うことも…)


 『楽園シリーズ』の末っ子、ペリドット。シャヘルが指で何事かを打ち込むと、ペリドットの最初の素体設定図案のようなものが現れる。


(三年前。素体にレプリカを封入したばかりのペリドットは、これまでの『楽園シリーズ』と違い、私の付け焼刃な術式の書き込みではまったく目覚めようとはしなかった)


 彼の脳裏には、術式を変更して描き直しても、文字盤を何度叩いても目を覚まさないペリドットの姿が思い起こされた。あのときほど、自身の未熟な術式技術を呪ったことはない。

 いや、プシュケ・クオレの遺した術式が難解なのだ。

 それがどういう配列であるのか、彼女が元居た世界の人間であるならばわかるのだろうか。


(起動してからも、今度は誤作動を繰り返す。ここで言う誤作動とは、人間で例えるのなら、呼吸器系や循環器系に起こる発作に近かった)


 その様子はまるで、人間の病弱な子どもそのもの。

 その度に、シャヘルは術式の書き換えを行ったが、それらはすべて対症的で、また、応急的なものでしかなかった。完全な制御ができず、何度も何度も書き換えを余儀なくされた。


(他の『楽園シリーズ』たちの中の術式もコピーすることで、どうにか他の兄弟自動人形たちよりも秀でているようで少し劣る、という形で調整することはできたのは僥倖だった。能力値は劣るが、他の『楽園シリーズ』たちの能力を使えることも、これが関係している。現在進行形にはなってしまうが、知識を与えることもできている。オーナーを持つかもしれないことを見越して、人間とのコミュニケーションを取れるようにと常識やマナーを身につけさせることにも気を配った)


 彼のやり方は過干渉でモラルに欠けたところはあるものの、他の自動人形たちへの接し方と比べると、その手のかけ方は、まさに人間の子育てに近かった。

 しかしそれは、愛情面からくるものではないようだった。


(簡単な話、私は焦っていた)


 映し出されたペリドットの図案は、明らかに少年体として想定されている。

 また、その各部パーツへの注釈のような書き込みには、よく見ると『【柘榴の魔女】の手癖』という文言が見える。

 シンクが言うように、ペリドットの素体はモルフェームの作った人形になんらかのわだかまりを持ったシャヘルが、言い表すことのできない感情から作り出した自動人形であるようだ。

 自動人形師としての意地のようなものがそこにある。


(ペリドットに使用した『赤夜光』のレプリカについては、表向きは、寄せ集めに近かった最後の『赤夜光』のレプリカ、ということにしてある。だが、その実、ペリドットに使ったレプリカは、私にとっては特別な意味を持っていた。『死を喰らう太陽』に関する様々な不安要素へ対抗策。つまりは、『赤夜光』ではなく、『死を喰らう太陽』そのものに近い)


 誰にも明かしてはいないし、明かしては極刑も免れぬほどの大きな秘密。

 『赤夜光』や『死を喰らう太陽』がどういうモノであるかは、シャヘル以外に知る者はいないからこそ、そうした大胆なことができた。


(『死を喰らう太陽』は、元はと言えば、モルフェームが主体となって生み出した存在だ。そこから生まれた『赤夜光』もまたモルフェームが生み出したと言っても過言ではない。だが、『赤夜光』は『死を喰らう太陽』そのものではない。その子どものような存在なのだ)


 その発生を手助けしたのはシャヘル自身であるというのに、発生責任をモルフェームへ転嫁している辺り、この男の底が見えるというものである。


(私は、私の作った素体に『死を喰らう太陽』を封入した自動人形を作り出したくなってしまった。モルフェームに作ることができて、私に作ることができないなんてことがあってはならなかったから)


 もっとも、モルフェームが作り出した『死を喰らう太陽』が素体としているらしい人形に関しては、作った本人が忘れていることとは言え、モルフェーム自身にとっては、未完成であるという意識が強いのだが。


(しかし、ペリドットには素体へ及ぼす術式の欠陥だけではなく、『死を喰らう太陽』はおろか『赤夜光』としても欠陥を持っている。あの子は、他の『楽園シリーズ』に比べて、人間を取り込む能力が極端に低い)


 人間を取り込む能力が低いことは、『赤夜光』への対抗手段として運用する上では有意義なことであるはずだ。けれども、シャヘルにとってはそうではなかった。


(ペリドットの人間を取り込む能力が低い理由はわかっている。根本的に、他の『楽園シリーズ』たちとは異なった性質を持っているからだ。対象への好意指数。要は、うまく運命のオーナーを持ってしまえば、完全に人間を取り込む能力を失う)


 対象への好意指数を実験した際のグラフを表示する。


(簡単な実験でここまで結果が変わるとは思わなかった。こちらが甘やかせば人間を取り込む能力が下がり、厳しくすれば上がる。つまり、この特性を活かせば、大量の人間を取り込むことが可能となるわけだ。人間に絶望すればするほど、大量の人間をあの子の中の『死を喰らう太陽』が取り込むことになるのだから。ゆえに扱いが難し過ぎた)


 それは、例えば、ペリドットの運命のオーナーが人間に絶望していれば、あの子もまたその絶望に感応して人間に絶望するということでもあった。

 そうなれば、どれだけの人間をあの子の中の『死を喰らう太陽』が取り込むことだろう。


(ペリドットが運命のオーナーを持たないことが、当面の間は良い運用方法だったはずだ。面倒なことだが、あの子の自己肯定感を潰し、不安定にしつつ、私に依存させることが一番の近道だった。私以外の人間からは愛されないと思い込みをすりこむ以外になかった。そのこと自体が、あの子を計画のために作った私にとってみれば、誤算だった)


 シャヘルは空間魔法を使うと、その空間の切れ目から見える三つの箱を眺める。その中身が何であるのかは、はた目からは想像もつかない。


(アリス・リシアだけでなく、他の自動人形たち同様にペリドットを愛せないことがどれだけ私には心苦しいか。計画のために我が子を愛する機会を捨てた私には)


 ほろ苦い不快な気分がシャヘルの中に沸き起こった。彼はそれが嫌で、サッと空間魔法を解除した。

 思い出したいようで、思い出したくないことが頭の中を這いずりまわっていた。


(あの日、泣いて帰ってきたあの子を見たとき、私は心の底からホッとした。ノイネーティクルは、私が決定的に傷つけずにいたことをやってくれたのだと思った。…だが、あの子はどういうわけか、ノイネーティクルを選んだようだ)


 イリスカルンの鑑定スキルに似たあの能力は本物である。

 この数年、関わってきたからこその実感だ。


(…僕は大丈夫だ…絶対にパパとは違う。僕こそが、真に自動人形を、プシュケ・クオレの理想を追っている)


 シャヘルは無意識にその拳から血を流すほど握りしめていた。対し、その口元は弧を描き、その感情を読むことはできない。


 ただ、彼の影が、ぷくんぷくんと揺れていた。




第六章 終


第六章読了お疲れ様です。ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

戦闘シーンが難しくて、苦痛で涙が出てきそうです。書ける人って本当に尊敬してしまいます。あと、イリスカルン第二王子タイプのキャラクターが文章として書く上でとても苦手です。

この章の話は書くのがとても難しかったのですが、これもミスティラポロを動かすためなので、頑張りました。この章に関しては納得していないので、多分、ちょこちょこ修正すると思います。すいません。


ここまでの話、『まぁ、頑張ったんじゃない?』『読んでる読んでる大丈夫』と思ってくださった方、高評価やブクマ、いいねなどをよろしくお願いします。

いいねに関しては、読んでくださってる人の好きなページをいいねしてくださると、何を書いたらいいのかの指標にしやすくなるかな、と思うのでよろしくお願いします。


では、第七章もよろしくお願いいたします。

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