謎が散らばる盤面で
ヘリオドールがアリス・リシアに【結界展開】を行わせる。結界の中に捕えるというよりも、展開した結界の気配で『オリジナル』がアリス・レッドベリルたちの元へ向かうように仕向けるための行動だった。
「うん。うまくレッド姉たちのほうへ行ってくれているね」
「レッド姉上たちも結界を展開したようですね。できれば、リチェの結界に引っかかってほしいものですが」
「まぁ、第二王子の手柄になってしまうとなると、彼の実績として公表されるわけだから、今後の『赤夜光』退治には無駄に絡んでくるだろうから、面倒と言えば面倒だ」
「!目視できる距離まで来ました」
「ペリドット!全力で追い込め!」
ヘリオドールは速度を弱めて走っていたペリドットへ指示を出した。ペリドットは頷くと、抱えているアリス・リシアの歌を止めないように注意を払いながら駆け出した。
ペリドットの目の前には、『アリス・レッドベリル・オリジナル』の背中とアリス・レッドベリルが展開している蝶のような形をした結界が迫っている。
見たところ、『アリス・レッドベリル・オリジナル』はそのままアリス・レッドベリルの結界の中へ飛び込んでいくほうが早いようだった。
「もういい!止まれ!!」
「!!」
ヘリオドールから制止をかけられて、ペリドットは結界同士がぶつからないように速度を緩める。急には止まれず、この子は咄嗟にアリス・リシアを庇うように抱え込んだ。
それを見たミスティラポロはヘリオドールの得物である遠隔操作武器である傘を三本開いて展開しながら「ヘリオドール!」と合図代わりの名を呼ぶ。
ヘリオドールはミスティラポロが何をしたいのかを察したようで、こちらは傘を十本全て展開し、ペリドットとアリス・リシアの周りへ向かわせる。
傘の親骨が弧を描いている部分を重ね合わせ、石突き(てっぺんの尖った部分)が二体を傷つけないように微調整し、受け止める。
ぼよん…っ
通常の傘とは違い、弾力や強度はけた違いだ。跳ね返るようにして、二体の体が飛ぶ。
「きゃぁあああ?!!」
強い反動とペリドットの両肘に、ペリドットがしっかりと抱えていたはずのアリス・リシアは腕から離れ、それをジャスパーが瞬時にキャッチした。
「ぅわあああああああっ…んん???」
「よっしゃ、ナイスキャッチー♪」
この役割ばかりはヘリオドールに譲る気はまったくない。
ミスティラポロはちゃっかりとペリドットを腕の中に納めることに成功した。
ヘリオドールは苦笑いしながら、一人と一体が着地するのを眺める。それと同時に心地よい波動を感じる。
「これ、本契約したらどんな風に変わるんだろうねぇ…」
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今この瞬間に触れた感触は、本当に久しぶりだった。
人同然に作られた自動人形だからといって、こうしてこの腕に閉じ込めた感触は少女と女性の中間のようなか細さとこの身に馴染んでこようとしてくる柔らかさ。それから、仮初のぬくもり。
「あ、あの…っ。ラポロさん!降ろしてもらえませんか?!」
「んー…もう少しだけ」
「いや、でも、まだ今回の討伐、終わってませんし!」
「しーらない」
「ね、姉さんが怒ります!」
「怒らしとけばいいって」
その一言でアリス・リシアが「はぁ?!」と声を挙げたが、すぐにヘリオドールに宥められていた。
「…」
このときばかりは、自動人形も人間のように頬が紅潮する仕様であることがペリドットには憎らしかった。
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『オリジナル』に関して言えば、二度目の捕縛からはあっさりとケリがついた。
そもそも、イリスカルンがアリス・レッドベリルと相性最悪の仮オーナーであっても、優勢だったところに、あの黒い異形が介入したことで長引いてしまっただけであるから、当然と言える。
アクアマリンのフォローと攻撃の手数を重ねれば、一度目の捕縛と同様に一気に倒すことができた。
蝶の形が徐々に正六面体の形を取り、結界が収縮すると、真っ赤なキューブができあがった。このキューブの赤色は、『赤夜光』の欠片をキューブにしたときの赤色とは違い、やはり、アリス・レッドベリルのモチーフカラーに近い色みであった。
「…」
「アクアお兄さま?」
「いや、少し気にかかることがあってな」
「気にかかること?」
「…次は、ジェットかもしれない」
「!『楽園シリーズ』のナンバリング通りに『オリジナル』が現れるとおっしゃいますの?」
「もしかしたら、だがな。そうだな…ヘリオドールまでナンバリング通りに『オリジナル』が現れたら、そのときはこの法則性を信じてもいいかもしれない」
「あの子は…」
アリス・レッドベリルはちらりとヘリオドールのほうを見た。
「ああ。本来の折り返しナンバーだったはずの兄弟だからな」
作られる予定ではなかったのは、第9自動人形から第11自動人形まで。
「お父さまが隠していることも、あるのかもしれませんわね…」
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イリスカルン第二王子が『赤夜光』を初めて討伐したという情報は、すぐに避難先の王族貴族の間で広まった。
だが、『赤夜光』の催眠下にあったティルトが発した言葉に関しては、イリスカルン第二王子の判断でグレイコーン国王や上層部にはいったん伏せられた。
報告するか否かについては、防音魔法を展開した『鏡の間』という場所で、イリスカルン第二王子とそのパートナーに選ばれているアリス・レッドベリルが密談することになった。
「ティルト殿のあの言葉に関しては、内密に願いたい」
「何故ですの?先に亡くなられた御子さまは彼女の本来の夫との子であったわけですから、問題はありませんでしょう?」
「エメサ母上の…第三王妃派が関わることになるからな。この件に関しては、俺ではなく、俺の兄が調べることになるだろう。少なくとも、第二王妃派に知られるよりは公平であるし、マシだ」
「わたくしたちにしてみれば、偉い方の考えることはよくわかりませんので、イリスカルンさまがお決めになったことなら、何も申すことはございませんわ」
「そうか」
「あ、でも、特公にとってはそれが一番なのかもしれません」
「特公にとって…?」
「あの方は、ティルトさまの亡くなられた御子さまの身代わりに作られた自動人形です。それなのに、その自分が否定され、似ても似つかない幻を選ばれてしまったのであっては、あまりにもひどすぎますもの」
「…確かに。人間の子どもにとっても似たようなことがあると聞く。それを考えると、残酷ではあるか」
「…」
「?なんだ?」
「いえ。やっぱり、評判よりも人間味のある考え方をなさる御方だと思っただけです。氷の彫像のような御方だと聞いておりましたから」
「…お前たち自動人形と比べれば、その評判もあながち間違いではないかもしれないな」
「まぁ。ご自分でおっしゃってしまいますのね」
「ふん。もういい。後のことは任せておけ。下がっていい」
「イリスカルンさまの仰せのままに」
アリス・レッドベリルはカーテシーをすると、そのまま防音魔法を解除して『鏡の間』から退出しようとした。
「それと」
「?はい」
「騎士と魔術師なら、どっちが好みだ?」
「え?」
「運命のオーナーとやらを見つける約束をしている」
彼女が振り返ると、不機嫌そうなイリスカルンが気だるそうに椅子に腰かけるところだった。
「…」
「できれば手短に教えてくれないか」
「!はい、そうですわね…魔術師、でしょうか」
「魔術師か。戦略的にはあまり相性が良い気もしないが…」
「戦略などは、あまり関係ありませんのよ。似た者同士が一番しっくりとくるといいますか。そうでない兄弟もいるのですけれど…」
「…まったくもって、わからん存在だな。お前たちは」
「失礼いたします」
今度は軽く会釈をして、アリス・レッドベリルは退出していった。