運命を探す者
「…あの女とは、フリデリケ・リーリエ・ヴェストさまのことですよね?」
「そうだ。あの女だけは一生許すことができない。大事な、俺のたった一つの我儘を奪った女だ」
「でも、今の貴方は復讐のために彼女の真似事をしようとしている」
アリス・レッドベリルはフリデリケがどういった人物であるのか、うっすらとであるが知っている。というのは、『獣シリーズ』のハーゼもまた『楽園シリーズ』と同様、定期メンテナンスを必要としない自動人形であったからだ。
『楽園シリーズ』の自己修復機構は、『獣シリーズ』で実験されていた機構だ。
機構の違いを学ぶためにアリス・レッドベリルはハーゼと面会する必要があり、彼女のオーナーであるフリデリケとも会う必要があった。
アリス・レッドベリルは、仮にシャヘルの身に何かあった場合のために備えて定期メンテナンス業のマニュアルを作成する仕事を担ってもいた。そもそも彼女の能力は、そのための魔法魔術特化能力なのだ。
「…わかっているさ。それでも、今の俺には自動人形であるお前の力が必要なんだ」
「仮契約であっても?」
「ああ」
「不完全な力による死を恐れないと?」
「ああ」
「いつまで続くのかわからないことを…」
「だからこそだ。俺自身の手ですべてを長引かせずに終わらせる。待っている暇が惜しいんだ」
イリスカルンの言葉を聞いたアリス・レッドベリルの目が呆れたものを見るように細められた。これは何を言って無駄だ、と諦めたようでもある。
「…イリスカルンさまがその手で事を成したいというのはわかっております。そのためにも、わたくしに力を与えてくれる運命のオーナーを探す手伝いをしてくださいまし。わたくしに使える力が増えれば、イリスカルンさまにお貸しできる力も増えると思います」
「運命のオーナー…」
自己修復機能があるというのに、アリス・レッドベリルの左腕は未だ痛む。彼女はその左腕をイリスカルンへ示した。
「わたくしとイリスカルンさまの相性は最悪だと言えます。先ほどの仮契約で負った痛みは未だ回復いたしません」
「…」
「光栄なことに、イリスカルンさまご自身がわたくしを選んでくださいました。ですが、仮契約を了承したわたくしの状態がこうなっているということは、イリスカルンさまに運命を感じていない他の兄弟自動人形たちもそうなる可能性が高いのです」
「やはり俺は『楽園シリーズ』に選ばれないのか」
「残念ながら。ですが、わたくしがお力を貸し続けることはできます。イリスカルンさまの決意は固いものであると、わかっておりますゆえ」
「…力を貸し続けるというのは、俺ではなく国の上層部への配慮か」
「本音を言ってしまうと、そうなります。イリスカルンさまご自身が言い出したことを、この国に住んでいるわたくしたちが真っ向から否定できるわけがありませんので」
「…」
「イリスカルンさまが『楽園シリーズ』と契約したがっていたことは、知っている人は知っていますもの。一介の自動人形師でしかないクオレが王族の面子を潰すことなどあってはならないことです」
アリス・レッドベリルの言葉の裏側には、ある種の圧と脅しのようなモノがあった。イリスカルン自身、自らの言葉を覆して仮契約を解除することなど考えもしなかったが、彼女へ負担を強いることに関しては心苦しさがあった。
かといって、王族であるためにやたらと頭を下げることはない。
「わかった。お前の運命のオーナーという存在、俺の名に懸けて見つけ出すと約束しよう」
「あら、安請け合いではなくて?この国には存在しないかもしれないじゃありませんか」
「お前が言ったんだろう。運命のオーナーを見つけろと。それに、運命と銘打つくらいだ。例えこの国に存在せずとも、引き寄せるものがあるはずだ。そのうち現れる」
「…ふーん。意外と夢想家な発想をなさいますのね」
「意外と、は余計だ」
「それは失礼いたしました」
一つの球を二人で互いの急所へ向けて投げ合っているような会話だった。
クオレ一族の王族嫌いは、シャヘルの作品である自動人形たちの根底にも根付いているようであった。それが、イリスカルンにもわかっているから、輪をかけて不愛想になるのかもしれなかった。
「レッド!」
一人と一体の背後から、アクアマリンの声が聞こえた。
「!お兄さま。遅いですわよぉおおお」
アリス・レッドベリルが甘えるような声で振り返ると、モルフェームを背負った状態で走ってきたアクアマリンの姿があった。おそらくモルフェームはまた途中でばててしまったのだろう。
「すまない。少し作戦を立てていたんだ」
「作戦?」
「『オリジナル』とあの黒いのを挟み撃ちにする。ノイネーティクル組とリチェとペリドットが『深海の間』を一度突っ切って『太陽の間』側からこちらに向かっている。うまくいけば、もう一度こちら側へあの二体をおびき寄せることができるかもしれない」
「ということは、ゴーシェたちはティルトさまの所ですの?」
「ああ。王族貴族たちの避難先へ運んでいる」
「承知しましたわ」
長兄が来たことで落ち着くことが出来たのか、彼女はにっこりと笑って長い杖を握り直した。
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「んん?気のせい?」
ペリドットが抱っこしている腕の中で、アリス・リシアが不思議そうに声を挙げた。そうなるのも無理はない。
捕捉していたはずの『オリジナル』と黒い異形の二つの気配。そのうちの一つが無くなった。
「いや、姉さんの気のせいじゃない。『オリジナル』の気配はあるけれど、さっきの異形の気配が全くしなくなった」
「もしかして、キューブだけ回収して二手に分かれた…?」
「その可能性はあるかもね」
姉を抱えているペリドットは、やや走るスピードを弱めてミスティラポロや兄たちのほうを見る。
「あんなデカい奴の気配が辿れなくなるって、いったいどういうことだよ…」
ヘリオドールたちの能力と同期しているために気配を捕捉できるミスティラポロも困惑しているようだ。
「糸がぷっつりと切れるような『あの感覚』と似ていたね」
「『この感覚』は…」
ヘリオドールは国の騎士団に所属しており、ジャスパーは特殊任務を請け負っているため、何か察するところがあったらしい。互いに目を合わせると頷き合う。
「「人間が死ぬときの気配に似ている」」
「「…」」
その言葉に末の双子が言葉を失った。
ミスティラポロは、なんとなくではあるがその感覚に似たものを察していたようではある。ペリドットとアリス・リシアには、まだ無縁な感覚だ。
「あの異形があの短時間で死んだ…?だとしたら、『オリジナル』との仲間割れでも起こしたのか…?」
「助けに来た相手に殺されたと?ですが、黒の異形は我々の結界の中を行き来できる能力を持っているという話でしょう?『オリジナル』とはまた別の力を持っている可能性がある個体とみたほうが…」
「うーん…」
ジャスパーと話ながら進むヘリオドールは難しい顔をして考え込む。それに対して、ミスティラポロは『オリジナル』の気配の動きに着目した。
「なぁ。『オリジナル』ってやつの気配、なんか変な移動してねぇか?ウロチョロウロチョロ…どこ行ったらいいのかわかんねぇって感じで」
「!確かに。王族貴族の避難先へ行こうとして、それを躊躇しているような動きだね」
「狙いは公式愛妾だってんなら、避難先へ向かおうとするのはわかる。躊躇してるのは、多分、こっち側を警戒してか」
「まぁ、挟み込みに行っているから、行先は限定されているんだけども」
「ざっぱに建物をぶち抜いていかない辺りが上品なもんだ」
「その辺りはレッド姉の『オリジナル』って感じがするねぇ…『オリジナル』の個性と私たちの個性が似通っているかはわからないのだけれど」
『オリジナル』のいる場所へは近づきつつあった。ヘリオドールはひとつ仕掛けてみることにした。
「リチェ。この位置から結界を大きく展開できないかい?」
「やってみる!」
ヘリオドールがアリス・リシアに【結界展開】を行わせる。結界の中に捕えるというよりも、展開した結界の気配で『オリジナル』がアリス・レッドベリルたちの元へ向かうように仕向けるための行動だった。