黒衣の異形
「…この子は、私の子…私と、夫の子です…」
「!…夫?おーさまのじゃなくて?」
「…」
「ちっ、だんまりかよ」
アリス・ゴーシェは舌打ちすると、あとからやってきたペリドットのほうを見た。
「これ…どういうことですか、ゴーシェ姉さま」
「どういうことも何も。この人の言ってることをそのまんま受け止めるとしたら、以前生んで死んだ子どもが、おーさまとの子じゃなくて、自分の旦那との子どもだったってことじゃん」
「で、でも、ロディア特公の髪色はグレイコーン国王の髪色です。それってお父さまも作成するときに確認したってことでしょう?死んだ御子の髪色は王族の色だったって」
「自動人形師としてプロ意識高いパパが、注文を違えるわけない。…これ、もしかすると、厄介な事情を背負わされてたってことじゃんね、この人」
「厄介な事情?」
「三派閥のバランスってやつ。あの第二王子もそれがあったから王位継承権を放棄してんだし」
「バランス…」
ペリドットは、アリス・レッドベリルの援護を受けながら的確な斬撃を繰り返すイリスカルン第二王子を見やる。
能力の底上げと元々の資質で『アリス・レッドベリル・オリジナル』と拮抗しているが、圧倒できているわけではない。
「さて…この『赤夜光』の欠片をどうやって引き離すか、だけど…」
「ティルトさまの腕が取り込まれかけてる…このままじゃ…」
「ターゲットを取り込みかけてるから、欠片はこっちを攻撃してこないって感じだね。あー…もう一体くらい【結界展開】の得意な自動人形がいたら楽なんだけどー」
「…ごめんなさい」
「!ああ、ペリドットのことを責めてるわけじゃないし?その辺りは、ほら、製作者のパパに責任放り投げときゃいいって。できることできないことはパパが決めたんだもん。あーしらのせいじゃないから!」
『楽園シリーズ』の自動人形たちは、一定の信頼と一定の失望をシャヘルに抱いている。それは、どことなく人間の親子にも似通ったものがある。
と、そのときだった。
カルセドニーが歌うのをやめて、【結界展開】を解除した。
「待たせた!レッド!無事か!?」
「?!お兄さま!!」
「リチェ、カルの代わりに【結界展開】!カルはゴーシェたちの補助!」
「「!了解!!」」
モルフェームを背負ってやってきたらしいアクアマリンは、一緒にやって来たアリス・リシアと、【結界展開】を解除したばかりのカルセドニーに指示を出す。
それから、モルフェームをその場にゆっくりと下ろすと、アリス・レッドベリルの隣に立った。
「トリュースさんをおぶってきましたの??」
「初めて会ったときには気にならなかったんだが、あの人は体力が壊滅的なんだ」
「あら…ということは、能力値を同期しても解除したあとが恐いですわね」
実際、おんぶされてきたはずのモルフェームはまだ肩で息をしている。
「まぁ、今のところは僕が頑張ればいい話だし」
「今のところ…」
アリス・レッドベリルはどこか遠い目をした。考えたくないことに思い至ってしまったからだ。
自動人形として、愛されるために生まれてきた自分たちが、いつまでこのように戦闘に駆り出されるのか。
少なくとも、シャヘルが死ぬまでにはこの『赤夜光』の件になんらかの終止符を打っておかなければ、『楽園シリーズ』が修復不可能なほど破壊されたり、その契約者であるオーナーが死亡したりする可能性がでてくる。
「レッド。第二王子を援護しなくていいのか?集中しろ」
「!そうでしたわね…【怒涛雷】!!」
運命でも何でもない相手と仮契約はしたものの、相手は王族であるし、これはアリス・レッドベリル自身に課せられた使命だ。
兄の言う通り、再び集中してイリスカルンの援護へ回る。アクアマリンもまた、イリスカルンの体を避けるよう操作して無数のカードを飛ばして『アリス・レッドベリル・オリジナル』の体を切り刻む。
「ところで、あの子の運命は何をしていますの?」
『アリス・レッドベリル・オリジナル』からの攻撃は主にイリスカルン第二王子に集中しているのを良いことに、アリス・レッドベリルはアクアマリンに問いかけた。
「ほぼ同じタイミングで『赤夜光』の欠片が別区域に出現したので、そちらの対処を終えてからこちらに来ることになっている」
「!だから、ジャスパーがいませんのね。…それって、『オリジナル』が欠片と連携しての動きだと思いまして?」
「どうだろうな。『赤夜光』独自のネットワークでコミュニケーションを取っているのなら、『赤夜光』を大量投入してくる方向性でこちらへ仕掛けてきたほうが効率もいいだろう?『死を喰らう太陽』を目覚めさせることが大前提であるのならな」
「何か目的がある、と…?」
「今回のターゲットがティルトさまだからな…」
アクアマリンの視線がちらりとティルトを囲む兄弟自動人形たちのほうを見る。
アリス・リシアがやってきたことで、ティルトの体から『赤夜光』の欠片を引き離す役割に切り替わったカルセドニーが小さく【結界展開】を行っているのがわかる。
結界の中に子どもの姿をした『赤夜光』の欠片を封じ込めた瞬間、ティルトが引き離されることを拒絶して暴れ出した。
それを思い切りアリス・ゴーシェが見た目からは考えられないほどの力で抑え込む。
「だから!それはあんたの子どもじゃないんだってば!!もぉおおお!!ペリドット!!」
「はい!」
ペリドットが結界に包まれた『赤夜光』の欠片をティルトの腕から引き抜くようにして取り上げる。
ずるり、と取り込まれかけていたティルトの腕から『赤夜光』の欠片が離れていった。
「カル!」
「【結界格納】!!」
大きな反撃が来ることもなく、ティルトを取り込もうとしていた『赤夜光』の欠片はキューブへと変換された。
「ぁあああああああ?!」
「ちっ、まだ洗脳下だ」
アリス・ゴーシェはティルトの暴れ様に舌打ちした。それを見たカルセドニーは、今度は【結界展開】とは違う歌を歌い始めた。
「っ…っ…」
「おやすみなさい…」
「…」
「よかった。寝てくれたみたい」
カルセドニーは眠ったティルトを支えているアリス・ゴーシェに微笑んだ。
「流石、カル。あーしなんて、どこ殴っておとなしくさせようか迷ってたくらいなのに」
「相手は公式愛妾だから!一応!」
「はいはいはーい。わかってるって」
「もぉ…」
「キューブ、拾っておきますね」
アリス・ゴーシェとカルセドニーがじゃれ始めたため、ペリドットは地面に落ちているキューブを拾おうと身を屈めた。
ところが…
シュッ…
タンっ、タンっ、タンっ
「「「!!!」」」
どこからか射られた矢に、ティルトを庇いながら三体はその場から飛びのいた。
矢が飛んできた先を見やると、『深海の間』の窓際に、顔まで覆うような黒衣を纏った大きな何かが立っている。人にしてはあまりにも大きい。そのサイズに見合った、大きな石弓を持っている手はごつごつとしていて不格好だ。
「なに、あれ…?」
アリス・ゴーシェはティルトをカルセドニーに任せると、ペリドットも含めて背に庇いながら、じりじりと後退した。
妙な存在がアリス・リシアの結界の中に入ってきたことは、アリス・リシア本人や『アリス・レッドベリル・オリジナル』と戦闘しているアクアマリンたちも気付いていた。