特公
「わたくし…?」
アリス・レッドベリルは警戒心を露に、胸元へ手を当てた。
「魔力が揺らいでいる…いや、二重に見える」
「どういうことでしょうか?」
「許せ。少し鑑定の真似ごとをしていた。一番似た魔力を持っている自動人形であれば、オーナーに選ばれる可能性も高くなるかと思ってな」
「…」
「しかし、どういうことだ。揺らぎも不規則で、重なっている魔力が点滅している…あと、そこの黄緑色の自動人形は、他の自動人形たちから…いや、なんでもない。お前はおそらくオーナーとする相手が決まっているからだろう」
「!」
イリスカルンのスキルか魔法か。どうやら、ペリドットにかけられていた過保護バリアは見抜かれていたらしい。
「相手が決まっているのなら、来ずともよかったものを。クオレも酷なことをする」
「…」
相手が決まっているとはどういうことだと問いただしたいのだろう。
シャヘルが物凄い形相でペリドットのほうを見やってくるが、父から末っ子を隠すようにアリス・レッドベリルは話を続けた。
「わたくしは自分の魔力の揺らぎというものに対して、自覚がございません。それは、いったいどういう類のものだとお考えですの?」
「おそらく…」
イリスカルンが何かを言いかけたそのとき、謁見の間に一人の近衛兵が駆け込んできた。
「何事だ?」
「イリスカルン第二王子!!避難をお願い致します!!王宮内で『赤夜光』の発生が確認されました!!」
「?!父上や母上は無事か?避難遅れしている王族などは?」
「陛下たちは既に屋外へ退避しております!ですが、ティルトさまと『特公』がいらっしゃらないことにお気づきになられたエメサ第三王妃が、お二方を探しに戻られてしまい…」
「は…エメサ母上の軽率な優しさは相変わらずか…しかし、ティルト殿と特公が見つからないとはどういうことだ…ずっと、離宮に引きこもっていたのだろう?」
「『赤夜光』の発生時、突然庭園にお出になるとおっしゃられたようで…」
「…」
イリスカルンはゆっくりと立ち上がる。
その間に、連絡用リングにミスティラポロたちからのメッセージが入ってきていたシャヘルもまた立ち上がった。
「申し上げます、殿下。現在王宮へ『赤夜光』の討伐を任せているノイネーティクルとその一行が向かっている模様。また、もう一人…モルフェーム・トリュースという薬学治癒師と、彼と契約している『楽園シリーズ』もこちらへ向かっていると、連絡がありました。ですので、殿下も速やかに外へ退避を…」
「いや、その必要はない」
「…は?」
シャヘルの言葉を真正面から拒絶したイリスカルンは、アリス・レッドベリルへ視線をやった。
「そこの赤の『ご令嬢』」
「…はい」
「俺と契約しろ。…いや、仮契約でもいい」
「?!」
「事前に読み込んでいた資料と先ほどの鑑定の真似事から導き出した結果、俺にとってお前が一番使い勝手の良い自動人形だと判断した」
「…」
「加えて、おそらくだが、今回の『赤夜光』発生とお前のその魔力の揺らぎには関係性がある」
イリスカルンの言葉に引っかかりを感じたアリス・レッドベリルは、目を閉じて王宮内の気配をできるだけ遠くまで探った。
「!!…まさか…この王宮に現れたのは、わたくしの、『オリジナル』…」
「『オリジナル』…お前の中身の元になった『赤夜光』だな。どうりで…」
「とにかく、色々腑に落ちましたわ。殿下のおっしゃる通り、仮契約いたします」
「話が早くて助かる」
「おい、レッド…!」
「お父さまも早めに避難を」
シャヘルが一瞬何か言いたげだったが、アリス・レッドベリルはさくさくと話を進めた。彼女は立ち上がると、仮契約用の契約鍵をイリスカルンの元へ行き、渡した。
ペリドットが他の兄弟自動人形の契約ごとに関わるのはこれが二度目である。
アクアマリンのときには戦闘に集中して注意深くその様子を観察することが出来なかったが、本来の契約というものは、どうもペリドットがミスティラポロと仮契約を行ったときとは様子が違った。
アリス・リシアの契約の際には、ペリドットはその場にいなかったため、それを行ったときに姉がどのような反応をしたのかを知らない。
だからこそ余計に、アリス・レッドベリルの契約する際の反応が気になった。
カシャン…
「っ…ぅぁあああああああああっ!!!」
アリス・レッドベリルは仮契約鍵が入りこんだ左腕を抑えて悲鳴をあげた。
どうやら、その身に走ったのは激痛であったようだ。だが、気の強さがあったためか、絶対に膝をつかなかった。
「…大丈夫か?」
「ええ…」
アリス・レッドベリルの左腕にある球体関節は、どくどくと脈打ち、打撲痕のようにやや赤くなっていた。
相性が悪かったのか、それとも、イリスカルンの魔力が膨大であったのか。どちらにせよ、彼女に耐えられない激痛と引き換えに何らかの力がもたらされたのは間違いない。
ドンッ!
得物である長い杖がアリス・レッドベリルの手に現れ、彼女はそれを謁見の間の床へ重々しく突いた。
それを見たイリスカルンは「行くぞ」と促した。
「はい。…フローラとインカローズはお父さまの護衛を。それ以外はわたくしについてきなさい」
アリス・レッドベリルはこの場にいる兄弟自動人形たちへ告げる。それぞれが返事をして、二手に分かれた。
「さぁ、シャヘル。行こう」
「フローラ…しかし、この状況はやはり」
「いいから!」
シャヘルはアリス・フローラに手を掴まれて引っ張られるようにして外へ出て行く。
「ああ!フローラお姉さま、お父さま!お待ちくださぁああい!」
その後ろを、インカローズがオーバーな動きで追っていった。
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王宮内に残った面々は、人々が避難していくのを逆流して王宮の奥へと進んでいく。その際中、ペリドットはアリス・レッドベリルとイリスカルンの背中を見つめた。
(多分、イリスカルン第二王子は、ボクたち兄弟自動人形とは相性が良くないのかもしれない。誰も、ピンときてなかったみたいだし。大丈夫なのかな…)
一種の付け焼刃状態が今のアリス・レッドベリルとイリスカルンの仮契約だ。この先にいるらしい『アリス・レッドベリル・オリジナル』と対峙するには、いささか一抹の不安が残る。
だが、それを考えると、どうしてもペリドットはミスティラポロとの初対面や仮契約期間での出来事についても考えねばならなくなるのだ。
そもそも、ミスティラポロに対しては良い第一印象ではなかったし、運命的な何かを感じたこともない。
ただ、いつの間にか大好きになっていただけで。
(うーん…運命のオーナーって何なんだ…????)
そうこうしているうちに、女性が何かを叫んでいる声が聞こえてきた。いや、女性だけでなく、子どもが泣いているような声も聞こえてくる。
「エメサ母上と…特公の声か、これは…だが、だとすると、ティルト殿はどこに…」
特公とは、公式愛妾であるティルトがグレイコーン国王との間に出来た子どもを亡くした際、王命依頼されてシャヘルが作った子ども型の自動人形のことだ。
正式名称は、シンク・カラレスダイヤ・ド・ロディア特例公爵。
ニマエヴの世界において唯一、特例で設けられた爵位を持っている自動人形だ。
この国のグレイコーン国王には、三人の王妃と一人の公式愛妾がいる。別にグレイコーンが女好きだからというわけではない。
権力中枢にいる三つの派閥のバランスを取るために、やむを得ない事情で王妃を三人持つことになった。
公式愛妾のティルトは三つの派閥とは全く関係のない立場の人間だ。元々、ルプト男爵家に嫁いだ女性で、貴族ではあったが、グレイコーン国王に目通りすら叶わないような存在だった。
だが、エメサ第三王妃とは遠い親類で幼なじみということもあり、彼女が王宮へ嫁いだ際に侍女として王宮へ上がることになった。その縁で、グレイコーン国王とも顔なじみになり、結果として公式愛妾の地位につけられた。
彼女の夫であるルプト男爵の地位も低かったため、公式愛妾になれるかどうかも危うかったのだが、エメサ第三王妃というバックがついていたことが今日のティルトに大きく影響している。