ニマエヴ世界管理運営部
『静の森を焼け』
ヤケ混じりに言えば、悪い意味でここまでホーク第二皇子についてきた部下たちだけあって、迅速に彼の命令は遂行された。
対して、彼に一矢どころか何矢も報いたが故に、森の外で魔石操作を行っていたプシュケとサガ以外のクオレ一族は、森林火災によって全滅することになってしまった。
仮に、プシュケがブレーム皇帝との面会を行っており、その証言のためにクオレ一族が帝国の保護を受けて静の森から出てさえいれば、避けられたかもしれない悲劇であった。
静の森が焼かれている頃。
ザイの元にとある人物が現れた。性別不明のその人物は、”ニマエヴ世界管理運営部一般職員のササヤマ”と名乗った。
ササヤマはザイの前に、損傷したリリスを差し出した。
羽根を失い、賽の荒野の崩落部に飲み込まれたはずの彼女は、ササヤマによってある程度修復されていた。
ザイはそこでリリスという天使がいかなる存在であったかを知り、また、ホーク第二皇子になぜ彼女がついて行ったのかについても知った。
『…リィは元に戻ったんですか?』
『身体のある程度はね。記憶は死の直前までのことを保持したままであり、羽根も失われたままだ。もっとも、記憶については、君に関することと、ホーク第二皇子に関することはきちんと判別できるはずだよ。羽根が失われて、天使の役目を降ろされた今なら、彼女も自身のしでかした間違いにちゃんと気付く』
酷なことだったが、ザイとホーク第二皇子を区別できるようになっているのは、まだ救いだった。
けれども、とあることに思い至ったザイは重ねて問いかけた。
『彼女の愛は今、誰にあるんですか?』
『本来の契約主である君のモノだよ。ただ、この子の記憶に混濁が生じるほど…君とホーク第二皇子を誤認する程度には魔術回路を侵害されていた。そのせいで今、彼女は目覚めることが出来ない。完全な修復は自動人形師のプシュケ・クオレに頼むといい。リリスをこの状態まで修復したのは、彼女を創った親である僕の独断だ。これ以上のサービスはできない。僕にも上司がいるのでね』
ある意味で、リリスは世界管理運営部が用意した人形に過ぎない、と言われたのと同じようでもあった。
それでも、ザイはリリスのことを諦めることができなかった。
プシュケに会うため、彼はリリスの身体を抱き上げると、転移魔法で静の森を目指した。その身体にはどこからかゆらゆらと魔素が纏わりつき始めていた。
その頃、プシュケとサガは静かの森が焼けていることを帝都民の叫びから知り、鬼気迫る表情で静の森へ戻った。
ホーク第二皇子は部下やミーユと共に、ある程度焼けて魔素がでている箇所がわかりやすくなった森に、氷魔法を打ち込みながら進もうとしていた。
タイミング悪く、ザイはプシュケとサガよりも先に燃え盛る静の森の前に到着した。そのため、クオレ一族がプシュケを含めて滅んだものと思い込んで激昂した。
リリスを完全に治せるかもしれない人物が、よりにもよってホーク第二皇子のせいで消えてしまった。
徐々に魔素が蓄積されていたザイの身体は一回り大きくなり、頭には二本の角、口元に鋭い牙が生えた。リリスが褒めた彼の目は、瞳が黒からさらに仰々しく恐ろしいギラギラとした金色に変化した。この世界にやって来た頃の面影はあるものの、だいぶ様変わりしたようだ。
リリスを抱えた魔王のような風体は、その場にいたホーク第二皇子一行の恐怖心を煽りたてた。
ミーユは命の危険を感じて、ホーク第二皇子を見捨てて帝都側へと逃げた。彼女からしてみると、帝都にはホーク第二皇子以外にも贔屓にしてくれた客は大勢いる。帝都民に悟られることなくそこまで逃げおおせれば、どうにかなるだろうと踏んでのことだった。
彼女のその後の動向は諸説あるが、いずれも不幸なものばかりであることは筆舌に尽くしがたい。何故ならすべてを"神々"は見ていたのだから。
ザイは逃亡したミーユには目もくれず、森を燃やす命令を下したであろうホーク第二皇子を標的にし、魔素で包んだ。
命乞いするホーク第二皇子の声を無視して、できるだけ長く苦しむように少しずつ魔素を増やしていく。
『お待ちください!!』
『まって!』
あと少しで息の根を止めようというところで、プシュケとサガが到着した。
『その男へ手を下すのは、私と私の末裔にさせてほしい!』
『おねがい!』
プシュケとサガは膝をついて懇願した。
『君たちは…?』
見たことがないほどに美しい性別不明の人物と、灰銀色の髪に赤い瞳の小さな少年。少年のほうには、ふわふわとした尻尾が生えていた。
『静の森に住まうクオレ一族の長、プシュケ・クオレ』
『おなじくクオレ一族、サガ・クオレ』
『!そうか、貴女がプシュケ・クオレ!…ならば約束してほしい』
『何を?』
『この子を…リリスを、元に戻してほしい』
今のザイにとって必要としていたものは、自分を愛してくれるリリスだけだった。