表向きのひと段落
例えば、神が定めた物語、なんてものがあったとして。
自分はその物語の主人公ではない、なんてどれだけの人間が思うことなんだろうか。
少なくとも、ミスティラポロはそう思ってきた側の人間だった。
彼にとっての主人公は、彼の師匠であったし。
彼の親友のジェリコであった。
どうしてそんな風に考えていたのかはわからない。
でも、確かに彼らにはそう思わせるだけの何かがあった。
けれども、彼らはミスティラポロよりも先に死んでしまった。
物語を彩る脇役のつもりでいた彼にしてみれば、面白くない話だ。
ところが彼は今、目の前で、また新たな主人公が生まれたことを悟った。
いや、最初からそれが予定調和であったのかもしれない。
ミスティラポロにとっては、それが彼の目に映る世界の理だった。
モルフェーム・トリュース。
ミスティラポロはシャヘルの周辺を探っていたときに入手した情報を思い出した。
モルフェームは過去に、シャヘル・クオレが極めて異常なほど固執していたと思しき美少年だ。
異常なほど固執していた、ということに対する理由づけは単純なことだ。
人間に興味の無いと専ら評判のシャヘルが、数年前までモルフェームを監視し、その動向を逐一チェックしていたからだ。
加えて、そうした行動もモルフェームが青年期に入った途端にぱたりとしなくなった点でも、シャヘルの嗜好が絡んでいるからだろうと関わった人間たちは思っていた。
ミスティラポロもまた、シャヘルの情報を集める過程でそうした色眼鏡を通した見解しか持てなくなっていた人間の一人だ。
だが、今目の前のこの光景を見るにつけ、それは誤りだったのではないかと考えている。
「あいつ、前にもクオレさんのところで自動人形と契約したのか?いやにスムーズに仮契約できてた気がするが…」
「…そういえば、妙だね。過去にうちの顧客だったなら僕らもその情報を組み込まれているから知っているはずだし。そもそも契約を必要とする自動人形なんて、クオレの自動人形以外には存在しないんだから、奇異といえば奇異だ」
「聞いたところで、クオレさんが簡単に話すわけもなさそうだしなー…」
「調べたいのかい?」
「ああ。でも、それよりも前に、この外側の結界をぶち壊して加勢してやるべきかな。早くあの子を迎えに行かねーと」
そう言いながら、ミスティラポロは体に魔力を巡らせ、空間から黒い傘を一本取り出した。同じように、ヘリオドールもまた黒い傘を取り出して、結界を見やる。
実は、この黒い傘がヘリオドールの得物だ。こう見えて、遠隔武器であり、仕込み武器の刀を近距離戦で使用することも可能だ。そして、彼と能力値を契約鍵と調整鍵で同期しているミスティラポロもまたそれを使うことができた。
「何かアイディアでも?」
「んー…内側と外側の結界が干渉しあっている箇所でも外側の結界寄りの部分に、攻撃でも加えてみる?」
「まぁ、それが妥当かな」
「ジャスパーが中にいるのがなー…」
ミスティラポロは普段、ジャスパーの魔銃を好んで使っている。近距離では傘に仕込んである刀を使うのだが、やはり手っ取り早いのかジャスパーの魔銃を真っ先に装備する。
「ラポロくんは銃に頼り過ぎだよ」
「いや、お前の遠隔誘導操作で動く傘のがよっぽど使いづれーよ!微調整大変なんだよ!お前、俺と似たような筋肉系の癖して、なんで得物がビーム出てくる傘なんだよ!!それも一度に動かせるのが最多で十本とか多すぎんだよ!!」
「それ、最初に使い方教えたときも聞いてきたじゃないか。父の趣味だよ」
「わからん!!お前の親父の趣味がわからん!!」
爽やか系騎士マッチョに大量の傘を遠隔操作させて戦わせる。しかも、その傘からはビームが出る仕様。
確かに、少々ニッチな趣味かもしれない。
「ツッコミ入れてる暇があったら、手を動かしてよ」
「だああああもう、はいはい!」
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仮契約を行った途端、爆発的にアクアマリンの能力値が上がった。
ペリドットには気配だけでそれがわかった。戦闘中、微かに振り向けば、長兄の身体から立ち昇るほどの蒼き力の奔流。
これで、仮オーナーであるモルフェームとその能力値を同期させれば、相乗効果によって、ある一定の能力値まで高め合うことが可能なのではないだろうか。
ミスティラポロとの自身の仮契約を思い起こし比べて、ただ恥じ入った。
自分は彼を守ることができるだけの力を与えることができなかった。
そのことに気づいて落ち込みかけたとき、『アクアマリン・オリジナル』がペリドットの喉元へ向けて、赤く透明なエネルギー体のトランプを大量に飛ばしてきた。
「危ない!」
アクアマリンはペリドットよりも先に飛び跳ねて、その前に着地すると、自らのトランプを飛ばしてそれらを相殺した。
それから、真っ直ぐに『アクアマリン・オリジナル』の前に近づくと、ステッキで思い切り殴打し、また距離を取る。
「速い…!」
ペリドットが感嘆する声を背に、アクアマリンは勢いをつけてトランプで何度も『アクアマリン・オリジナル』の体を切り刻みにかかった。
徐々に『アクアマリン・オリジナル』の体は細切れになっていく。
ビシッ…バキッ…バリィイイイン!!!!
それと同時に、アリス・リシアの結界の外側に合った『アクアマリン・オリジナル』の結界にひびが入り、大きな音を立てて割れていった。
「リチェ!!」
「うん!!【結界格納】!!」
アクアマリンの呼びかけに、アリス・リシアは応えて結界を収縮させた。
薔薇の形は少しずつ正六面体の形を取り始め、やがてこれまでとは違うキューブを形成した。
「青い…アクア兄さまの色だ…」
アリス・リシアの手の中に納まったキューブの色を見たペリドットは思わず呟く。
「この差も、父上に調べてもらう必要があるだろうな。今回の件について、報告することが山のようにある」
アクアマリンは、自己修復中のアリス・レッドベリルを抱え起こしながら言った。ペリドットもまた、自己修復中のジャスパーに肩を貸す。
何もかもがイレギュラーな出来事で、各々が混乱していた。
白髪の女性を抱えたモルフェームは「俺は、この人を療養室へ連れていく。詳しいことを教えてくれるんなら、また今度にして」と言い放って、国立治癒魔法魔術院へと去っていった。
そして、ペリドットは結界の外にいたミスティラポロとヘリオドールのほうをちらりと見たが、すぐに視線を外し、ジャスパーを連れて歩き出した。
「…俺なら歩けるが…」
「…」
「しょうがない奴だな。転送で帰るか」
「はい」
ジャスパーは、ペリドットとの小声のやり取りで、この子はなんとなくミスティラポロと顔を合わせづらいのだと悟った。
そこで、少しだけ声を張る。
「アクア兄上。ペリドットと先に転送で工房へ戻っております」
「ああ、わかった。それなら僕とレッドやリチェもそうしよう。ヘリオ!すまないが、ノイネーティクルさんと徒歩で帰ってきてくれ」
「「え」」
残念ながら、ミスティラポロには転送能力は身についていない。
工房へ転送で戻っていく『楽園シリーズ』たちに取り残された一人と一体の間に、思い切り肌寒い風が吹きこんだ。
「…とりあえず、工房行くか」
「そうしよう」
一時的に戦闘場所と化したその一帯は、何事もなかったかのように静かで穏やかな時間が流れ始めた。
第五章 終
第五章読了お疲れ様です。ここまで読んでいただきありがとうございます。
この話に出てくるオーナーやオーナー候補、仇討ちの武士みたいなキャラが多めなんですが、モルフェームだけはちょっと毛色が違うということだけわかっていただければ幸いです。
次章かその次の章にはリディちゃんも素直になるかな、と思います。
ここまでの話『大丈夫だったよ』『読んでる読んでる大丈夫』と思ってくださった方、高評価やブクマ、いいねなどよろしくお願いします。
ではまた。