第1自動人形の契約者(オーナー)
その不気味さに気をとられかけている間に、『アクアマリン・オリジナル』がグッと距離を詰めてきた。
ダッ!スン…ダッ!スン…
ジャスパーが短銃を構えて何発も弾をそこへ撃ち込む。一発一発、弾が撃ち込まれる独特の音が辺りに響く。
「まぁ、無駄撃ちか」
彼が先に使用していたのは、国からの支給品で普段使いの短銃であるため、すべて使い切ったら次は自身の得物であるサブマシンガンを模した魔銃へ持ち替える。
パタタタタタタタタ…!!パタタタタタタタタ…!!
牽制しつつの銃撃だが、連射が可能である分、先ほどの短銃よりも威力は大きい。
そこに加えて、アリス・レッドベリルが長い杖を振り込む。
「【激水流】!!【氷槍華!!】」
病人が多く療養している国立治癒魔法魔術院がすぐそこにあるため、火属性を主流とした攻撃魔法や魔術は使えない。王都の1番街で火事を起こすことだけは避けたい。
【激水流】で起こした水流で『アクアマリン・オリジナル』を結界の際まで追いやり、【氷槍華】の無数の氷の槍で刺しにかかる。通常の人体と違い、どこが急所であるのかわからないことがネックになるため、標的全体にまんべんなく突き刺していく。
「煙幕で対象が見えなくなるのはマズいからな。確実に被弾しているとわかるように調整しろ」
アクアマリンの手の中で踊るようにトランプが舞う。彼の魔力で無数に増加したそのトランプのカードたちは寸分違わずに『アクアマリン・オリジナル』の体へ切り込む。
「…!!」
『アクアマリン・オリジナル』は声も挙げずにその場へ倒れ、ずるりずるりと体を這わせた。
「ちっ、しぶとすぎる…どこかに魔力源があるのか。…レッド、ジャスパー!そのまま攻撃を続けておいてくれ!」
「「了解!!」」
アクアマリンはどこからか杖を取り出した。アリス・レッドベリルの持っている杖と比べると、とても短い。それから、彼はシルクハットを脱いだ。
杖でとんとん、とシルクハットのツバを叩けば、そこからボンと大きな青色の鳥が姿を現して、「クゥクッドゥー!」と高く鳴いた。もっふりしたその豊かな羽毛と鋭い目つきからは、そんなに可愛らしい声が出てくるとは思えないというギャップがある。
「はいはい、クゥちゃん。この魔道具を付けて上空を旋回していてくれ。できるな?」
「クゥ!!」
アクアマリンが取り出したのは、録音録画が行える魔道具だ。これは、アクアマリンのしている眼鏡に映像を転送することも可能で、彼は上空から『アクアマリン・オリジナル』の魔力源を探ろうとしていた。
クゥちゃんと呼ばれたその大きな青い鳥は、しっかりとした返事をして飛翔した。
ところが、アリス・リシアの結界をすり抜けていったまではよかったが、その先にある何かに阻まれて落ちてきた。
「?!クゥちゃん?!」
「クゥ…」
「ああ、いいよ。戻るといい。しかし、いったい何が…」
「アクア兄さま、あれ」
涙目のクゥを一撫でして、シルクハットの中にもふもふと押し戻しながら、アクアマリンはペリドットに示された先を見やった。
「?ヘリオ?どうして、結界の中に入ってこないんだ…?」
「ラポロさんも、こっちへ入ってこられないみたいなんですよね」
見やった先では、ミスティラポロとヘリオドールが結界を外から叩いている。
「…まさか…?!」
アクアマリンは『アクアマリン・オリジナル』の体を凝視する。その体からは魔力の帯が伸び、アリス・リシアの結界の外で漂っている。
「アリス・リシアの結界の外側に、『オリジナル』が張った結界がある…」
「え?!なんで?!」
「そもそも、俺たちの張った結界に『赤夜光』を閉じ込めることができるということは、その逆も可能なわけだ」
「でも、それならどうして姉さんの結界の外側に?」
「おそらく、アリス・リシアの結界が張られる前に展開してたんだろう。これまで『赤夜光』の欠片を狩っていたのはノイネーティクルさんとヘリオだからな。邪魔が入らないようにしたんだ」
「…これって、もしそれに気付かないでラポロさんとヘリオ兄さまを中に入れるために姉さんが結界を解いていたらどうなってました?」
「…僕ら全員、『オリジナル』の結界に圧殺されていた可能性があるな」
「あー…ってことは、外にいるラポロさんたちはここに呼べないから、ボクたちで倒さなきゃダメってことですね」
「そういうことだな。だが…」
「きゃあああああああ?!」
「ぐぅ…っ」
「オーナーなし、調整なしの我々では…」
戦闘を任せていたアリス・レッドベリルとジャスパーがほぼ同時に弾き飛ばされて、アリス・リシアの結界に激突する。目に見えた損傷はないが、気絶してしまったようで動けそうな様子はない。
「オーナーと…調整…」
ペリドットは結界の外にいるミスティラポロを見た。
末っ子の心がどこにあるのかを知っている長兄は、それを見たあとズレてきた眼鏡を直した。
「ペリドット、しばらくアリス・リシアの歌唱に気を配りながら、『オリジナル』を相手してくれ。死なない程度に持ちこたえてくれればそれでいい」
「え」
「いいから。はい。位置についてー。よーい、ドン!」
「!!はい!!」
ペリドットを『アクアマリン・オリジナル』へ向かわせたアクアマリンは、白髪の女性を介抱しているモルフェームの元へ近づく。その際、マントと上着は脱ぎ捨てる。
「!何?」
警戒した色をグレナーデンカラーへ浮かべたモルフェームは、白髪の女性を背にアクアマリンを見上げた。
そんな彼に、アクアマリンは左腕の袖をまくり、手を差し伸べる。
「球体関節…クオレの自動人形か!お前」
アクアマリンはモルフェームが自動人形の存在を知っていることにホッとして頷いた。説明は省けるところは省きたかった。
「『赤夜光』を倒すために、僕と仮契約してくださいませんか」
「『赤夜光』って、あの赤いの?」
モルフェームの視線は、ペリドットが戦闘を開始した『アクアマリン・オリジナル』を捉える。
「ええ。人間の願いを聞いておきながら叶えずに、最悪の形で踏みにじった上で対象を消滅させる、最悪の新種精霊です。おそらく、貴方かそちらの女性を標的としていたのでしょう」
どちらが標的となっているのかは、猶予がない今、アクアマリンの気にするところではなかった。
「なるほど。それで、なんで、俺と契約したいの?」
「貴方にもわかったはずです。初めて僕らが目を合わせた瞬間のあの感覚」
「…あの鈴の音ことか?」
「そうです」
「あれがなんだっての?」
「貴方は、僕の運命のオーナーである可能性が高い」
「オーナー…俺にそんな資格あるわけが…」
オーナーという単語に何か思うところがあったのか。モルフェームの表情が険しくなり、アクアマリンから目を逸らす。
「時間がありません。僕の弟が粘れている間に決めてください。このままでは全滅します」
「選択肢なんて、あってないようなもんだろ、それ」
「お願いします!」
「…『鍵はあるのか?』」
「はい!」
モルフェームはアクアマリンが取り出した契約鍵に、魔力を込める。彼は、何も説明せずとも契約の方法を知っていた。まるで、過去に自動人形と契約したことがあるようだとアクアマリンは思ったが、急いでいたために何も聞かなかった。
「左腕?心臓部じゃなくてか?」
「仮契約はここなんです」
「へえ…」
カシャン…
「っ」
アクアマリンの左腕の鍵穴にモルフェームの魔力が込められた契約鍵が入っていく。
冷たさを感じさせるモルフェームの魔力が、彼の体を巡るうちに徐々に温まり、やがてだんだんと馴染んでいった。
「大丈夫なのか?」
「ええ」
どくん…どくん…
アクアマリンの耳に自らの鼓動が聞こえてくる。
想定以上の自身の活性に、彼の口角は自然上がっていった。
友人から「別の生き物を連想させるから、クゥちゃんの鳴き声を変えなさい」と叱られたため、調味料を連想させる方向で修正しました。