オリジナル
「レッド」
「ええ。この気配は…」
はじめに妙な気配に気付いたのは、長兄と長姉だった。
「『赤夜光』…」
「え、これが?」
『赤夜光』と戦ったことのあるペリドットもまた気付き、続いてアリス・リシアは妙な気配の正体を知った。
「僕たちにオーナーはいないが、これは見過ごしてはならない」
「アクアお兄さま、参りましょう」
「ああ、ヘリオたちも向かっているかもしれない」
四体はその気配を辿りつつ、駆け出した。
白光会館から国立治癒魔法魔術院のほうへはやや段数のある階段を駆け上がらなければならない。
その階段の上から、ややハスキーな叫び声がした。
「ああああああ!!どいてくださああああいい!!」
「「「「?!」」」」
白髪の女性を抱えたモルフェームが、『赤夜光』から逃げるために飛び降りてきたところだった。
「ペリドット!!」
「はい!!アクア兄さま!!」
アクアマリンの呼び声に、ペリドットは白髪の女性ごとモルフェームをキャッチした。
ズンッ…
重い音と共に、キャッチした衝撃で地面がやや割れる。
「よくやった」
「えへへ」
長兄に褒められたペリドットはそのまま二人を地面へ下ろした。
白髪の女性は気絶しているが、彼女を連れて飛び降りてきたモルフェームは心臓に手を当てて、肩で息をしている。久しぶりに走ったことと、自身でも思い切りが良すぎた行動を取ってしまったことが原因だろう。
「大丈夫ですか?お嬢さん」
アクアマリンがまだ呼吸の整わないモルフェームの顔を覗き込みながら言った。
「「…」」
そのとき、どこかで懐かしい鈴の音色が響いたような気がした。その刹那のみ、アクアマリンとモルフェームの視線が交錯する。
しかし、呼吸を整えることに必死だったモルフェームはすぐに視線を外した。
「あの…はぁっ…俺、男です…っ」
「「「「え?」」」」
四体の声が揃った。
無理もない。これだけ女性的な顔立ちをしていれば、誰だって一瞬思考がフリーズする。
「って、お前!!さっき追いかけてきたやつ…っ」
「え?」
アクアマリンに似た姿の『赤夜光』に追いかれられて階段を飛び降りてきたモルフェームは明らかに怯えて地面で後ずさりした。
「アクア兄さま、知り合い?」
「いや、まったく。これだけ美しい人間なら、忘れようがないと思うが…」
ペリドットの問いかけに、彼は首をかしげてモルフェームのほうを見る。
「っざけんな!さっき追いかけてきただろうが!そのシルクハットとマント!それにタキシード!!まったく同じだったぞ!」
「おやおやおや。顔に似合わずかなりお口が悪い。まぁ動転しているからだろう。…しかし、僕と同じ姿のやつが…?」
アクアマリンはモルフェームが飛び降りてきた方向へ目をやる。それから、モルフェームの傍に倒れている白髪の女性を見やった。
「なるほど…僕の『オリジナル』か」
「アクア兄さま…?」
ペリドットが問いかけようとしたそのとき、再び『赤夜光』の気配がした。
階段の上から、たくさんの赤い光が降り注ぐ。そこにいた面々は咄嗟に目を覆った。激しい光を感じなくなると、全員何が起こったのかと周りを見回す。
すると、白髪の女性のすぐそばに、アクアマリンによく似た姿の『赤夜光』が立っていた。
「っ、レッド。歌えるか?」
「ええ。でも、『オリジナル』であるのなら、おそらくわたくしも加勢したほうが良い相手でしてよ」
アクアマリンは末の双子を見る。【結界展開】を行うためには、どちらかに歌わせる必要がある。ペリドットのほうは不具合持ちであることは兄弟自動人形たち全員が知っていることだ。
「…リチェ。ヘリオたちが来るまででいい。歌えるか?」
「!!うん!!」
「ペリドットはそこの二人を連れて後方へ!」
「はい!!」
「ジャスパー!!出てこい!!猫の手も借りたいくらいなんだ!!」
「…承知した。アクア兄上」
ぬるっと、ペリドットの影からジャスパーが浮かんでくる。
「ぅわぁ?!ジャスパー兄さま、ここにいたの?!」
「護衛の護衛をしていた」
「えええ…」
ペリドットは自分の影をぱたぱたと叩いてみたりしたが、ジャスパーと同じようなことはできないようだった。
「自分の影には沈めない。あとで教えるから、今はあいつを片付けることに集中するぞ」
「…はい!」
白髪の女性に近づいてこようとするアクアマリンの『オリジナル』に、ジャスパーが装備した短銃の弾を撃ち込みながら言った。その弾丸は瞬時に避けられており、『アクアマリン・オリジナル』はやや少し離れたが所へ退避する。
ペリドットは返事をしながら、白髪の女性を回収し、モルフェームの手を引いて後方へ下がる。
「リチェ!!」
「うん!!【結界展開】!!」
契約しているオーナーがいないため、アリス・リシアの体から漂っているピンク色のエネルギー体がそのままスピーカーや楽器へと変換されていく。
ギターがエネルギー体の球体関節の手によってかき鳴らされ、ドラムが激しく鳴り響く。さらにキーボードが加わって前奏が始まると、様々な音が重なった。
ペリドットはミスティラポロとの仮契約時、練習用の曲しか歌うことが出来なかった。だが、アリス・リシアは元々歌舞がメインの自動人形であったため、習得している楽曲は他の兄弟自動人形たちの比ではない。
「楽曲!!【矛と盾】!!」
アリス・リシアが歌い始めると、辺りにはピンク色の結界が薔薇の花が咲くように張られた。
ペリドットは自身の【結界展開】とはまったく違う姉の【結界展開】に、ただ見とれた。
「「綺麗だ…え??」」
思わぬ声の重なりに、この子はそちらを見やる。すると、同じようにこちらを見てくるモルフェームのグレナーデンカラーと目が合った。
(そういえば、この人どこかで…)
「ペリドット!!よそ見をするな!アリス・リシアの歌が中断すると、結界が無くなる!!」
「!はい!!」
アクアマリンから檄を飛ばされ、ペリドットはモルフェームから視線を外し、空間魔法を駆使して、盾拳刀を装着した。
すでに他の兄弟自動人形たちは自身の得物を装備していて、じりじりと再び近づいてこようとする『オリジナル』をけん制している状態だった。
「肯定せよ。否定せよ。我らの母『死を喰らう太陽』の目覚めのために…」
顔の見えない『アクアマリン・オリジナル』がどこから声を出しているのかはわからなかったが、長兄の穏やかさと冷たさが両立したような声音とは違い、幾多のギスギスした音声を洞窟で響かせているような声だった。
緊張感が漂う中で、『アクアマリン・オリジナル』のほうがゆらりと体を傾かせた。あまりにも人体の構造を無視したその傾け方は不気味さがある。
おそらく、自動人形たちとは違い、物質的な外殻を持たないためにその形の使い方がわからないのだろう。とある世界では、不気味の谷現象と呼ばれるような違和感が『アクアマリン・オリジナル』や『赤夜光』の欠片が取る人間の形にはあった。