幾度目かの邂逅
王宮の廊下を四体連れ立って歩きながら、アリス・リシアはペリドットの手を握った。
「ごめん」
「え?」
「全然、華やかな晴れ舞台でも、なんでもなかったの。リチェね、自分で陛下たちにお断りしたかったの。ほんとは陛下たちが何か企んでるってわかってたし、それに対してシャヘルが何かしらの手を打つってわかってたんだ。でも、ペリドットは私の契約のことを喜んでくれているみたいだったから言えなくて」
「…知らなかったのって、ボクだけ?」
ペリドットが暗い声を出す。
すると、アクアマリンが「違う」と答えた。
「僕もレッドも父上からここに送られるときに知ったんだ」
「え」
「リチェが予定にない資料を父上のところから持ちだしたからだろうな。父上が『あの子の性格からして、とても嫌な予感がするから行ってほしい』と。あの人、自分の身の回りの物品の些細な配置に敏感だから。それで気付いたんだと思う」
「あー…」
ペリドットは納得するような声をあげた。なんせ、シャヘルの神経質なところは兄弟自動人形たち全員が知っている。
「しかし、これでまた王族貴族から害される心配は少なくなったわ。あの方たち迂闊でいらっしゃるのよ。今回は非人道的発言も頂けたから、お父さまも殺されずに済みそうね」
「また…?今回は…?レッド姉さま。それって…」
「お父さまはクオレ一族の末裔。物語や間違った歴史書のせいで、さっきみたいに変な実験に付き合わされる危険性と戦ってきたのよ。お祖父さまの代からね」
「そうだったんだ…」
「私たち自動人形のことを理解していないにしても、ちょっとかわいそうなのよ」
アリス・レッドベリルは少し寂しげな声音で言った。
ペリドットは、シャヘルが『楽園シリーズ』を手元に置き続けたい理由が、ちょっとだけわかったような気がした。
「…ところで、こうして外に出てきてしまってもよかったの?部隊編成のためにノイネーティクルさんとの顔合わせもあったはずなのに」
アリス・リシアが上の二体へ問う。
「ああ、それなら白光会館に集合しろと父が連絡しなおしたはずだ。ヘリオがちゃんと連絡を見ていれば、先についているはずだが」
「まぁ、連絡を見ていなくても、王宮側の判断であんな状態の上層部のところへ通されることもないでしょうよ」
アクアマリンもアリス・レッドベリルも、事もなげにのほほんと言い放つのだった。
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「白光会館って、アレじゃん?国立治癒魔法魔術院の隣にある、あのめちゃくちゃ豪華な公共施設」
「そう、アレだね」
ミスティラポロとヘリオドールは王宮の裏手門で、本日の王への謁見が中止になったことを知った。そして、シャヘルからの連絡で、行先を白光会館へ変更する。
「なかなかあの子に会えないもんだね…」
「そこはまぁ、しかたないよ。そもそも今回の謁見は必要なモノだったのかどうか…」
「え?」
「アリス・リシアだけが第二王子との契約に望まれていたからね。何か少し含むものが、王宮側にあったのかもしれない。もしくは、父のほうか」
「うへぇ…なーんかそれって化かし合いの最中に放り込まれそうだったってこと?」
「おそらくね。うちの父はアレでも、クオレ一族の末裔だから、色々とあるんだよ」
「…ふーん」
「『赤夜光』と関係の無いところでも、あの人はあの人で苦労しているから」
「だからこそ、国が噛んだ状態での特殊部隊の再編、か」
「国の後押しがなければ、先立つものや伝手がないからね」
「そりゃあそうだ」
なんとも気の重い話である。
そのときだ。
「ああああ!!待って!!待って!!」
「…」
ミルク多めのホットチョコレートを思わせる色の柔らかく短い髪がふわふわと揺れていた。クリアなグレナーデンカラーの瞳がぱっちりとした二重まぶたがせわしく瞬きすることで、慌てているのがわかる。
一人の美しい少女が青い刺繍の入った真っ白なローブをひらひらさせながら、どこかぽんやりとした状態の白髪の女性を追いかけているのが見えた。
「駄目ですよ!まだ外に出ちゃ!お薬の時間過ぎちゃってます!ちゃんと飲んでください!」
「…あら??トリュース薬学治癒師??…私、また、外へ出てしまったのね」
薬学治癒師とは、魔力量が少なかったり、魔力に『クセ』のあったりする治癒術師が薬学を学んで取得する資格である。治癒魔法や治癒魔術は使えるが、魔力の質や量でその治りに影響が出てきてしまう。そのため、魔法薬を補助的に使う。
魔力に問題のない治癒術師ももちろん、この資格は取れるのだが、これを肩書に添えるだけで若年層患者の数が極端に減る。患者からしてみれば、苦痛は長引くことのないほうがいい。
対し、中高年層患者は薬学治癒師を頼る。治癒魔法や治癒魔術では加齢による内臓や血液の不調や関節痛は治せないからだ。
「発作とはまた違う症状ですね。使っている薬に夢遊病を引き起こす作用なんてないはずですし。…とにかく、療養室へ戻ってください」
「そうね。そうするわ」
トリュース薬学治癒師と呼ばれたその美少女は、女性の体を支えながら国立治癒魔法魔術院へ入っていく。
「綺麗な子だったね」
「あー?うん。てか、『トリュース』ってどっかで…」
ミスティラポロはその名前の既視感に記憶を巡らせた。
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国立治癒魔法魔術院の敷地は、実は隣接した白光会館を内包している。元々は院に勤める職員たちの寮施設のようなモノだったのを改築した。
トリュース薬学治癒師、こと、モルフェーム・トリュースは、患者の女性を療養室へ連れて行く近道のために院の渡り廊下を抜けて、白光会館側を通っていく。
彼はその顔立ちのせいで間違われがちだが、実際は男性である。喉仏や意外にがっちりとした腕を隠してはいないため、たいていの人間は違和感を持つのだが、気付かない人間は本当に気付かない。
「あ、また…」
「どうしました?」
「赤い、光が…」
「赤い光…??」
患者の女性が見上げる先に、透明で小さな光がいくつも漂っている。モルフェームの背中を寒気のようなモノが走った。
彼はこの赤い光を知っているような気がした。
多分良くないものだ。本能的にそれを悟り、彼は女性の手を引いた。
「トリュース薬学治癒師?」
「逃げましょう!あれは、良くないものです!!」
「でも…」
何故か渋る彼女に、赤い光たちは徐々に集まるようにして迫ってくる。
まるで、彼女が呼び寄せているようだ。
「早く、療養室に…?!」
モルフェームが振り返ると、そこには透明な赤い光で構築された『何か』が立っていた。
シルクハットにタキシード、それから、翻るマント。見る者が見れば、その『何か』の姿は、『楽園シリーズ』の第1自動人形、アクアマリンの形に似ていた。
だが、その顔にあたる部分は不安定に揺らぎ、確かな形を持っていない。
モルフェームは言葉を失いながらも、患者の女性の体を支え、白光会館のほうへ走り出した。