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青き奇術師の独壇場


「国王陛下。『楽園シリーズ』第一自動人形、アクアマリンさま、第二自動人形、アリス・レッドベリルさまが登城されました」


 絶妙な間で思わぬ来客の名が告げられ、グレイコーンや重鎮たちはアリス・リシアに何を言おうとしていたのか、一瞬でその内容が全部飛んだ。

 部屋の奥に伸びるような縦長のテーブルの最奥にグレイコーン国王がいて、そこを上座にして左右に重鎮が身分ごとに振り分けられて座っている。姉と共に扉側に座っていたペリドットは、彼らが一揃いに呆気にとられる様子を見ていた。

 グレイコーンはつい惰性で「通せ」と答えてしまっていた。

 アクアマリンとアリス・レッドベリルが中に入ってくると、二体はかしこまったお辞儀をした。


「今日はアリス・リシアとこちらの末っ子殿が来られると聞いていたが、何の用件だ?」


 どんな感情で二体を迎えていいのかわからなかったグレイコーンは、やや不機嫌な様子を前に出している。


「ご無礼をお許しくださいませ、陛下。我が父が方針を変えたため、我ら馳せ参じました」


 アクアマリンは礼を崩さぬまま答えた。


「方針を変えた?」

「『赤夜光』のレプリカの完成度が高いものを封入しているのは、我々を含んだ第四自動人形、ヘリオドールまでです。そのヘリオドールはすでにミスティラポロ・ノイネーティクルと契約しているため選択肢にはできませんが、一度我々三体とイリスカルン第二王子の顔合わせをお願いします。王族や要人を前線に立たせることの危険性は、陛下や第二王子御自身が知っているはずです。我々であれば、比較的生存率は上がるかと思われます」


 イリスカルンの婚約者であったフェリルが前線で命を喪ったという事実をちらつかせながら、彼はグレイコーンのほうへ上目遣いで視線をやった。


「しかし…」

「アリス・リシアでなければならない理由がございますか?」

「…」


 グレイコーンが黙ったのを見るに、どうやら図星であるらしい。


「もしも、我が父、シャヘル・クオレへの人質や抑止力として、父の鍾愛であるアリス・リシアをご所望であるならば、見当違いも良いところでございます。そんなことをせずとも、すでにクオレの技術の大半はこの国のために提供されています。加えて、我が父の最高傑作である我々『楽園シリーズ』を『赤夜光』対策として前線へ出そうともしている。この国はこれ以上、我々家族に何をお望みですか?」


(もしかして…姉さんは…)


 長兄が淡々と話している内容にペリドットは姉のほうを見やった。何も言わない彼女からは、どうやら何かしらの事情を知っていたらしい雰囲気が見て取れた。

 目を泳がせたグレイコーンは、隣席にいた宰相のシュラゼンを見やった。

 何かしらの発案は彼であるらしい。だが、国王から視線を向けられたことに気付いているはずであるのに、彼は特に反応しない。


「陛下?」

「…クオレ一族に継承されるレアスキル『転魂魔術』についての研究に協力を願いたい」


 アクアマリンからかけられた圧に、グレイコーンはアリス・リシアの本契約という隠れ蓑を外した状態の本音を吐露した。途端に、アクアマリンの綺麗な眉が吊り上がった。


「なるほど。それが目的でしたか…ですが、陛下。我が父は『状態保存』スキルから『転魂魔術』へのスキル進化へ至っていません。『状態保存』スキル持ちは職人には多いスキルです。そちらからのアプローチを行ってはいかがですか」

「だが、スキルが進化する可能性もあるのだろう?天才自動人形師である彼なら」

「父には、プシュケ・クオレのように自身へ理想美を落とし込む気がありませんからねぇ。難しいと思います。必要がないことですから」

「我々には、必要だ」

「と、申されますと?」

「屈強な外装の人形兵を作り、そこへ『転魂魔術』で人間の魂を封入する。そうすれば、自動人形との契約がなくとも、戦力は増強される…と、宰相のシュラゼンが…」

「おやおやおや。そんな非人道的妄言を宰相殿が…?彼は『転魂魔術』がなんたるかをご存知ではないようだ。もっとも、知っていておっしゃっているのなら、父は我々を連れてこの国を出て行くでしょうがね」


 アクアマリンがグレイコーンと話している間、アリス・レッドベリルがそっとアリス・リシアとペリドットを手招きしてその後ろへ下がらせた。

 名指しされたシュラゼンは「『転魂魔術』は人間の魂を自動人形へ封じ込めるスキルであるのでは?」とアクアマリンへ問う。


「『転魂魔術』はスキルを持っている本人の魂にしか使えぬもの。我々自動人形のように人工精霊や精霊そのものが封入されるパターンとは根本的に違うのですよ」

「本人のみ…?しかし、あの文献には…」


 淡々と説明するアクアマリンに、シュラゼンの様子が明らかに動揺へ変化した。独り言の中に文献という単語がでてきたことから察するに、この数百年の間に派生したプシュケ・クオレの記録の中でも誤ったものを読んだのかもしれない。


「その様子だとご存じなかったようですね。そして、そのレアスキルを発動したが最後。その人間の魂は自動人形の中で摩耗していく。そんな魂に来世があるとお思いか?」

「それは…」

「そもそも、生きている人間の身体から人間の魂を取り出して、それを組み込んだ人形兵などという発想が出てくる時点でドン引きですよ。我々の場合は、物質的な体を持たぬ身が、物質的体を持つようになるだけなので、幸せと言えば幸せなのですがね。精霊そのものであればどうなのかは知りませんが、人工精霊であれば味覚なども得ることができますし、画期的と言えば画期的なのです」

「アクアマリン殿。あなたが話されていることは本当のことですか?」

「もちろんです。プシュケ・クオレの記録をお持ちしましょうか?それでも信じられないというのであれば、ここで国王陛下が話されたことを特ダネ待ちの新聞記者にでもばら蒔いて回りますが」

「いえ。よくわかりました。この件に関しましては今後一切触れないでおくことにしましょう」

「そうしていただければ、父も喜ぶと思います」


 『楽園シリーズ』の長兄は、にっこりと微笑むとアリス・レッドベリルへ手で合図をした。すると、アリス・レッドベリルはカーテシーをしたあと、末の双子の手を引いて退出していく。

 アクアマリンはその場で一礼すると、それに続いた。

 その背中に、シュラゼンが声をかける。


「アクアマリン殿」

「はい」

「本日、シャヘル殿は?」

「ああ、父は新作の量産型自動人形の宣伝のために、現在新聞社各社からの『取材中』です」


 そう答えながら、アクアマリンは手の中にある魔道具をシュラゼンたちへちらつかせた。その魔道具はアクアマリンの眼鏡に繋がっていて、また、音を拾う機構も見受けられる。


「その魔道具は…!」

「よかったですね!特ダネにならずに済んで!」

「っそれを…」

「無駄ですよ?この魔道具を壊したところで、すでに録音録画した情報はすべてあらゆる場所で保存されていますから。また、我々に危害が及んだ時点で、王国中に先ほどの会話が再生されるように設定してあります」

「…」

「くれぐれも、『クオレ一族』を刺激なさらぬように。歴史の教科書や物語で知られるチイイダリムネ帝国のようになりたくなければね」


 アクアマリンのマントが音を立てて大きく翻る。

 あとに残るのは、弱みを握られて顔面蒼白となったこの国の上層部だけだ。



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