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柘榴の魔女


 アリス・リシアはいつものようにシャヘルが渾身のデザインをした真っ白な甘さのあるふわふわのドレスを着せられたあと、薄い化粧が施された。

 麗しさの増した彼女とともに、ペリドットは馬車へ乗り込んだ。

 今日のペリドットは寒くないように全身黒のかっちりした礼服の上に、お出かけ用のロングケープを羽織っている。ケープの裾は所々尖っており、見ようによっては蝙蝠の翼のようにも見えた。


 二人が今から会うのは、この国の国王であるグレイコーンをはじめとした重鎮たちだ。


 王宮へ着くと、二人は謁見の間まで通された。そこで、すぐに彼らに挨拶を済ませると、会議室へ移動し、指定された席に座った。

 実は、今回のこの謁見自体はアリス・リシアが申し出たことなのだが、兄弟自動人形たちは全く知らないことだった。


「よく来てくれた。それで、アリス・リシアよ。今回の謁見はどういった要望だったのだい?」

「はい、国王陛下。まずはこちらで作成しました資料に目を通していただけると幸いです」


 アリス・リシアが用意した資料には、『対『赤夜光』部隊編成素案』と書かれていた。

 現時点での『赤夜光』へ対抗できる手段は、標的となった人間を引き離して『楽園シリーズ』と契約したオーナーが戦闘を行う以外にない。

 オーナーとなるには、一定以上の戦闘能力を持ち、術式を扱える魔術師か騎士であること。それから『楽園シリーズ』との相性の問題だ。


「やはり我が息子では、『楽園シリーズ』のオーナーになるのは難しいのだろうか?」

「相性次第です。としか申せません。加えて、イリスカルン第二王子はこの国の王族ですので、我が工房主であるシャヘル・クオレは当初からの声明通り反対の意を示しております」


 普段のアリス・リシアからは想像がつかぬほどしっかりとした振る舞い。


(姉さんが、姉さんじゃないみたいだ)


 ここにはペリドットが見たことのない姉の姿があった。


「誠に勝手ではございますが、探し出したい人間がいます」

「探し出したい人間?誰だね?」


 第二王子であるイリスカルンよりも優先すべき人材がいるということだろうか、とグレイコーン王は身を乗り出した。


「通称『柘榴の魔女』」


「『柘榴の魔女』…?聞いたことのない二つ名の魔女だが…」


 グレイコーンが側近たちを見回すが、彼らもぴんときた様子はない。その空気を断つように、アリス・リシアは話を続けた。


「十年ほど前、クオレの自動人形とよく似た贋作が闇の市場に出回ったことがありました」

「贋作?」

「贋作と言っても、完全なる自動人形ではありません。契約をトリガーに自壊する術式が組み込まれた普通の人形です。現物が残っていないため、関係者の証言しかありません。しかし、その造形美はクオレの自動人形に劣らない、むしろ、それ以上の出来であったと…」

「そんなものが…」

「それを製作したのが、『柘榴の魔女』と呼ばれる存在です。『柘榴の魔女』が作り出した贋作には、自壊した後に紙に書かれたメッセージが現れるようになっていました」

「メッセージ?」


 アリス・リシアは資料の最後のページを指さす。そこには、メッセージを転写したものが添付されていた。


「『貴方との約束を果たすことで、私たちの愛は永遠となりました。私は貴方を愛するがゆえ、貴方だけのモノであるがゆえ。【柘榴の魔女】』」


 彼女の声音から無邪気さの部分が消え、低く温かさを持った声音が、その言葉をなぞる。


「どういう意味だね?」

「…自動人形である私には、『柘榴の魔女』のこのメッセージが非常に、私たち寄りの考え方であると思いました」

「自動人形寄りの、考え方?」


 その場にいるすべての人間たちが、たった一体の少女自動人形の言葉に聞き入っていた。


「私たちは、たった一人の運命のオーナーのために存在します。オーナーを愛するがゆえ、オーナーだけのモノであるがゆえ、約束を果たし、永遠の愛を完成させる。その証明が自壊という形だとしても」


 まるで『柘榴の魔女』の言葉そのままの自動人形たちの本能。

 彼らは人間に作り出された身であり、その所有者を選択することなどできない。起動して目覚めて初めて、契約したオーナーを所有者と認識する。

 それでも、そのオーナーとの永遠を望むというのだ。


「…なんとも重い執着だ…」

「ええ。だからこそ、私たち『楽園シリーズ』は私たち自身で、私たちだけのオーナーを見つけたい」

「それは…君たちの父上は…」

「この想いや本能を理解しないのです。我が父は。ゆえに、私たちのオーナーにはなりえない」

「アリス・リシア。君は…」


「私は『柘榴の魔女』と契約したいのです」


 しん…と部屋の中が静まり返った。

 もうすぐ婚約者の敵討ちのために帰国する第二王子よりも、本当の名も素性も知らぬ『柘榴の魔女』を選ぶと彼女は宣言した。


(この様子だと、お父さまはおそらく、姉さんのオーナーをイリスカルン第二王子にしようと決めていたのかもしれない。そうじゃなければ、この場に姉さんとボクを送り出したりはしない。いや、もしかすると、姉さんとの契約を求めたのは、イリスカルン第二王子のほうか?お父さまからしたら、先にボクと第二王子を仮契約させて、相性が良ければ、そのまま本契約させる。そうすれば、姉さんをまた自身の手元に置いておく理由にできる…)


 ペリドットはグレイコーンたちを見回しながら、嫌な汗が背中を流れていくのを感じていた。姉の態度は充分不敬だ。このままでは、ミスティラポロにもう一度会う前にアリス・リシア共々捕まってしまうかもしれない。


「我が息子との契約は不満かね?」


(ほらぁあああ!!なんか不穏になってきたぁああ!!)


「いえ。しかし、私は何よりも一番に私を優先してくださるオーナーを求めております。イリスカルン第二王子は王位継承権を放棄されているとはいえ、正式な嫡子が必要となる御身分。それに、あの方にとって私との契約は、言うなれば、あの方の『赤夜光』への復讐のためであり、他に優先すべき人間のためです。私は断固として、イリスカルン第二王子との契約は拒否いたします」


(いや、拒否してる時点で、不満じゃん?!姉さん!!どうすんの、この空気…)


 ペリドットは顔には出さなかったが非常に焦っていた。

 このままアリス・リシアの手を引いて逃げ出してしまおうか、とこの子が考えたところで、執務室の扉が開いた。



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