人形令嬢と兎
フリデリケ・リーリエ・ヴェスト。
316年現在、28歳。
前国王の王弟の庶子である。母は男爵家の令嬢で、フリデリケは一応、貴族としての身分を持っていた。
王弟は彼女が9歳の時点で亡くなり、後ろ盾となってくれるような存在も無かったこともあり、政略結婚などには利用されずに成人した。
元々彼女には膨大な魔力や術式構築の才能があり、結婚で利用できずとも身を立てて生活していくだけのことはできた。
だからこそ、310年以前より発生していた『赤夜光』に対抗するための特殊部隊『星見人の百合』の隊長を任じられていた。
けれども、310年のある日、突如として起こった『赤夜光』の大発生により、部隊は彼女と彼女の自動人形であるハーゼ以外は壊滅。
その中にイリスカルン第二王子の婚約者であるフェリルが配属されていたことが災いし、彼女は責任を追及されて部隊長の任を解かれ、貴族としての身分を失った。
現在は体の大半を自動人形のパーツで補い、表向きは王都1番街の邸宅でひっそりと暮らしている。
そんなフリデリケのもとをミスティラポロとヘリオドールが訪れたのは、314年の春。黄色の月だった。
ミスティラポロは、自動人形のパーツを人体に組み込む外科手術を行える治癒術師を紹介してもらうために彼女との面会を求めた。
フリデリケは金次第でそうした治癒術師を紹介する仕事を影で行っていた。
『誰からここを聞いた?』
覇気のある低い声の女性だった。
全身の大半を自動人形のパーツで補っているためか、フリデリケは肌を一切見せないように作られた長袖で紺色のロングドレスと白い手袋で身を包んでいる。
金髪と紺色の髪が入り混じった肩までのロングをひとつに束ねたその雰囲気は無造作。眠そうな幅広い二重のたれ目。瞳の色は紺色で、瞳孔は普通の人間と同様に丸い。鼻の印象からか優しそうな雰囲気を持っている。口元は少し不機嫌に見えるような形をしていて、紅を引くことでそれをどうにか隠しているようだ。
美人は美人だが、ミスティラポロの好みではない。
ぱいんぽよーん
好みではない…のだが…
フリデリケの胸部は彼のそれまでの人生で遭遇した人間の女性のそれと比べると、断トツで一位を飾るほどたわわに実っていた。それこそ、変な効果音がどこからか聞こえてきそうなくらいには、彼女の最高峰はその身体的特徴の中でひときわ輝いていた。
そのせいで彼はほとんど、フリデリケとの会話は乳と会話をしているような状態だった。
不躾だと分かっていながらも、気付けばそこと会話しているのだから、視線を引きつける吸引力が恐ろしい。
だが、その視線があからさま過ぎたのだろう。
ゴッ
不意に後頭部に重い一撃を食らった。
『?!』
『勝手に見んな!!減る!!フリデリケの乳はハーゼの乳だぞ!!』
みーみーとした高音の怒鳴り声が響く。
ミスティラポロが振り返るより前に、フリデリケの胸部を覆うように抱き着く少女が彼を睨みつけた。どうやら、彼の頭にひと蹴り入れた後、フリデリケのほうへ移動したらしい。
少女はシャヘル・クオレの作品『獣シリーズ』の兎に該当するハーゼという自動人形である。モチーフはチェスナットの可愛らしいロップイヤーだ。髪色とうさ耳だけがそれに準じているだけで、他は可愛らしい人間の少女にしか見えない。
獣人と人間のハーフにも見えなくもないが、球体関節が彼女の正体を示している上、うさ耳のほかに人間の耳もついている。
おそらく、その筋のマニアや性癖の持ち主が見たら、シャヘルにクレームを入れるレベルの問題作と言える。
『おうおう、お前の乳でもないな。私の乳は私の乳だ』
『んむぅううう!!やぁあああああ!!離したらやぁあああああ!!』
胸にめり込む勢いで抱き着いているハーゼをフリデリケが引き離そうとする。見るからにまた独特な効果音が聞こえてきそうだ。
『客人の前だぞ。離れろ!』
『やぁあああああ!』
『あ、もうそのままでいいんで』
ミスティラポロは特にツッコミを入れることもせずに、ハーゼがフリデリケに引っ付いたままでいることを放置することにした。
『すまない。私の自動人形は少し我儘でな』
『いえいえ。んで、こっちは紹介無しなんだけどさ。一応、ここがそういう治癒術師と繋いでくれるって聞いたから』
『…どんな自動人形のパーツを組み込むつもりだ?』
『球体関節のほんの一部分』
ミスティラポロは持っていた鍵穴の隠された球体関節をフリデリケへ見せた。
『…まさか、お前、術式を体に組み込むつもりか?』
球体関節のパーツを一目見ただけで、彼女はミスティラポロのしようとしていることに気づいたらしかった。
『!…なんでそう思ったわけ?』
『…』
フリデリケは長袖をまくると、自身の左腕の関節を見せた。彼女がそこの認証を行うと、球体関節が反転して鍵穴が現れた。
『…嘘だろ…』
『私がアレと戦うには、必要なことだった。初戦で私は左腕を持っていかれてな』
『じゃあ、それはクオレさんが手配したパーツか…?』
『いや、この関節部分は私がハーゼのものを、見様見真似で作って埋め込んだ。腕自体はあの工房のモノだが』
『クオレさんに内緒で?』
『ああ。しかし、お前もシャヘル・クオレ絡みでここに来たということは、彼の自動人形の扱いに含むところでもあったか?』
『ん?』
『あの男は、自動人形を理解していない、というのがうちのハーゼの言い分だからな』
『…結構色んな自動人形にそう思われてんのねー、あの人。てことは、アンタはその子の言い分通りだと?』
『…あの男は信用できないからな。まぁいい。その程度のパーツ組み込みならそこまで高額にはならないだろう。これくらいでどうだ?』
かなり渋られるものかと思いきや、彼女はすぐに紹介してくれるようだった。提示された仲介料もそこまで法外なモノではない。
『思ってたより安い』
『それはそうだ。私は【ただの仲介業】をしているだけだからな。法外な値を付けるようなことはしないさ』
『ふーん』
『ところで』
『ん?』
『お前、余らせている鍵はないか?』
『え?』
『答えによっては、仲介料無料でもいい』
『…もしかして、アンタ、まだ『赤夜光』と戦うつもりか?』
隊長を解任されたときに、彼女は戦闘用の調整鍵を取り上げられている。今の彼女には戦うための力はない。体の大半を自動人形のパーツで構成しているから、多少は『赤夜光』に対抗できるのかもしれないが、それにも限度がある。
『…私には、私の手で成し遂げるべきことがある』
『部隊の敵討ち?』
『それが私の贖罪だ。乗っ取られた自動人形たちの解放も…』
『一応、今は俺がその任務についてるんだけど?』
『戦力は多いほうがいいと思うが?』
そこからは、鍵を渡す渡さない、仲介するしないでもめにもめた。
彼女に抱っこされていたハーゼがうとうとし始め、ぐっすりと眠りについた頃にようやく決着がついたほどだ。
『わかったよ。鍵を渡そう』
『よし、こちらもただで仲介してやる』
こうして、二人の交渉は成立と相成ったのである。
※貧乳パラダイスな本作において、フリデリケさんは女性で唯一の巨乳です