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墜落する天使


『静の森のクオレ一族を…あいつは…!!』


 時代が変移していくにつれて、静の森に住まうクオレ一族の扱いは慎重なものとなっていた。クオレ一族は搾取されることなく、静かで安寧な暮らしをしたいだけ。帝国の者たちはそれを尊重して、わざわざつつきに行くような真似はしなかったのだ。

 ブレーム皇帝はクオレ一族のプシュケに面会するために使者を送ったが、静の森に阻まれて中へ入ることができず戻ってきた。

 このときプシュケがブレーム皇帝との面会を拒否したこともまた、後々の最悪な事態へと繋がっていく。


『ホークは…ホークは今どこにいる?!すぐに呼び戻せ!!!』


 帝都で操作が進められている間、ホーク第二皇子のリリスに対する搾取や暴力は、浄化と補修を重ねるごとに露骨になっていった。

 ザイに向けられていた好意や全肯定が、すべてホーク第二皇子へ置き換えられている状態なのだ。真実を知っている一部の人間たちは、見ていて痛々しい気持ちでいっぱいになった。

 彼らからしてみれば、ホーク第二皇子は愛人や一部の信奉者を扇動して、神々から派遣されている天使を虐待している愚か者でしかない。


 そして…269年黄色の月最後の日。


『『チイイダリムネ帝国の民よ。これは神託である』』

『『橙の月の始まりの日』』

『『帝国領土すべてを巻き込んだ大崩落が起こる』』

『『勇者を”賽の荒野”へ向かわせよ』』


 その神託はホーク第二皇子に同行しているリリスと、帝都にあるすべての教会に降りてきた。


 "賽の荒野"とは、地図上では帝都からさほど遠くない位置にある。だが、それはクオレ一族の住む静の森を突っ切って行った場合のことで、森の魔素に阻まれしまう帝都民は迂回して、さらに小さな山を越えなければならない。


 ブレーム皇帝はこの大崩落にはザイに協力を仰ぐ他ないと判断し、サフィール皇太子にザイの説得を任せた。

 一方で、ブレーム皇帝から『戻ってこい』という連絡が入っていたにもかかわらず、ホーク第二皇子はそれを握りつぶして、行先を賽の荒野へ定めて出発。ここまで、借り物の魔力とリリスの羽根の力だけで浄化と補修を難なくこなせてきたがため、今度の大崩落にも対応できると踏んでのことだった。

 この大崩落に対処できれば、すべてが露呈していたところで、帳消しになるだろう。

 そんな浅はかささえ見受けられた。


 ホーク第二皇子は、地盤大崩落が預言された賽の荒野へとたどり着いた。

 神託によれば、その日の翌日が、橙の月の始まりの日に当たる。彼は急いでリリスを賽の荒野の上空へ旋回させ、その力を使わせた。

 しかし、下層から漏れ出てくる魔素の浄化は行えているように見えるものの、大地から生じている亀裂が消える様子はない。

 旅を終えた後のことのことを考えて、幼子から奪った魔力をこれまでの旅で温存してきたホーク第二皇子は、ここに来てその借り物のすべてを大放出することになった。


 ところが、そこまでしても大崩落は止まらなかった。

 勇者とされている人間が生きていて、無限に魔力を放出し続ける状態であれば止まったはずだ、というのが後年にこの事件を検証した魔術研究者の見解だ。


『リリス!!その羽根の力を全て寄こせ!!今すぐにだ!!もちろん、浄化の歌はやめるな!』


 すでに夜も更けている。日が変われば、帝国全体を巻き込んだ地盤大崩落が始まってしまう。

 見届け人もいる前で、ホーク第二皇子は大いに慌て、リリスに対してその羽根の力すべてを要求した。リリスはそのとき、ホーク第二皇子の指示に従って大崩落の進む大地の真上を飛んでいた。

 当然、羽根の力をすべてホーク第二皇子へ渡してしまえば、リリスは地面に叩きつけられて死ぬことになる。


『?!そんなことしたら、私が落ちちゃうよ!!ホークにだって、崩落補修のための魔力があるのに、なんで…』

『知るかよ!お前が羽根の力を寄こさなきゃ、俺たちが死ぬんだよ!!お前なんてどうせ造り物の天使だろ?!お前が死んだって、悲しむ奴なんかいない!!せいぜい教会の奴らが美談に仕立て上げる程度のものだ!』

『ホーク…私のことが大好きだって、言ってくれてたじゃない!!』

『造り物を愛するわけがないだろ!!』


 彼がリリスを造り物と断じたのは、彼女の契約の書き換えが不完全でも成功したのだと誤認していたからだ。それでも、ホーク第二皇子は彼女に真実の一端を悟らせるようなしくじりはしなかった。

 今は地盤大崩落を止めることが先なのだから。

 リリスが死んだら、また少年勇者のときと同じようにして、その魔力を奪えばいい。

 彼は気付かなかった。勇者を全肯定するはずの天使が、今、彼に対して微かな反抗を見せていることに。


『なんでそんなこと言うの…!!私は…っ』

『帝国を救う役目を俺が、俺だけの手で果たすために決まっているだろう?!お前が羽根を惜しむ間にも、帝国は魔素で染まっていくんだ!!早くしろ!!』

『そんな…』

『お前が死ねば、その魔力で帝国を救える!!早く死ねよ!!今すぐ!!』

『…わかった…』


 返事をしたリリスの背中から、みるみるうちに羽根が分解されて消えていった。

 リリスの涙は賽の荒野へと降り注ぎ、夜中にもかかわらず、辺り一面に光が溢れた。


『私…なんで貴方についてきたんだろう…』


 その言葉を最期に、彼女は浄化の歌を歌いながら墜落し、崩落しかけた大地へと飲み込まれていった。


 サフィール皇太子によるザイの説得も、また、ホーク第二皇子を帝都へ引き戻すための騎士団も、すべてが間に合うことはなかった。


 そうまでして、ホーク第二皇子が得た結果は、魔素の封じ込めには成功したものの、地盤大崩落に関してはあくまで疑似的補修に留まり、目下の問題解決を延期しただけに過ぎない。

 彼は見届け人に金銭と権力を約束し、帝都へ戻った際には全てが成功したと証言するように依頼した。


『全て記録できた。行くよ、サガ』

『はい!』


 一行の遥か後方に潜んでいたのは、復讐のタイミングを計っていたプシュケとサガであった。

 プシュケたちはここまでのあらましをすべて、映像として記録しておける魔石に入力していた。

 その魔石を持って、真っ先に静の森を抜けて、帝都へ引き返していく。

 ホーク第二皇子よりも先に帝都へついた二人は、夜が明けて人々が都中に溢れた時間帯を見計らい、帝都すべての建物の壁へその映像を照射した。

 帝都民は繰り返し再生されるホーク第二皇子やその愛人であるミーユの罰当たりな愚行に憤った。


『ホークさま!!お逃げください!!』


 人々がそれぞれに抱く怒りの坩堝。

 華々しい凱旋を夢想していたホーク第二皇子は、先行していた部下から帝都の民の様子を知らされ、来た道を一旦引き返すように進言された。

 だがすでに、ホーク第二皇子の部下が帝都に戻ってきたことは既に民たちも気付いている。ブレーム皇帝は、息子と今の帝都の状況は見逃がせるほどのものではなくなってきていることを理解して、騎士団ではなく軍を派遣した。

 これは、ホーク第二皇子が帝都民から危害を加えられる可能性が高いと判断して、彼を捕縛すると同時に、護衛の意味も兼ねてのことだ。しかし、派兵されている対象となった当人は親心をくみ取ろうとはしなかった。

 このままでは英雄ではなく、罪人として捕縛されるとしか考えなかったホーク第二皇子は逃げ出そうとする。

 彼に付けられていた騎士団や見届け人には帝都へ先行してほしいという理由をつけて帰らせて身軽な状態にした。

 移動する団体の規模を縮小はしたが、山を越えている間に、軍に追いつかれてしまうかもしれない。彼はそうした不安から、これまでとんでもない愚行を犯しても律儀についてきた部下たちに、ありえない命令を下した。



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