三年
「使われてるほうが誰だって楽だよ。俺だってめんどくさかったらそうしちゃう。でも、全部そうしてるわけじゃない。リディちゃんは、クオレさんの言ったことそのまんま鵜呑みにして、何も考えないで生きてるでしょ?」
「!」
「俺は、リディちゃんには、リディちゃんとしての考え方ができるようになって生きてほしい」
「…ボクとしての考え方…」
「だからね、もうここには来なくていい」
「でも!まだ、期間が…」
「それは、当人同士で解消しても文句ないはずだよ。クオレさんはね」
「…」
彼のそれは言外に『今のお前はお父さまの言うことしか聞けないんでしょ?』という意味合いが滲んでいて、ペリドットは言葉をなくした。
ただひとつだけ、ミスティラポロはこの子との繋がりをやんわりと残そうとしたところがズルいところではあった。
「三年」
「三年?」
「うん。あと三年、リディちゃんがちゃんと自分で考えて、それで、誰に対しても胸張って一人前の自動人形だって言えるようになったとき」
「…」
「リディちゃんに酷いこといっぱいして、酷いこといっぱい言った俺のこと、気の済むまで殴りに来ていいから」
「…」
「だから、もうここには来ないで」
ミスティラポロはにっこりと笑いながら言った。
昨晩、彼がヘリオドールたちに話したのは、ペリドットの内面が自動人形として成熟する三年後まではこの子との本契約を待って欲しいということだった。
どうしても、この男は『子ども』であるペリドットにだけは誤魔化しを使って一緒にいたくはなかったし、この子が何も知らない状態のままであるのに彼の好き勝手に付き合わせたくもなかった。
「…【ラポロさん】」
「んー?」
ペリドットからの呼ばれ方が変わり、彼はこの子に少しでも本心が伝わったことを実感した。
が。
「今ぶん殴っちゃダメですか?」
「Oh…」
ミスティラポロが思っていたよりも、この子はなかなか強かだった。
「顔にはいきませんので。ボディでいきますボディで」
そう言って拳を握りしめる。
絶対に今の彼には教えたくなかったが、この子は彼の顔が好きだった。
それに、彼にはこれだけがっしりと筋肉がついているのだから、自動人形の力で殴っても多少は持ちこたえるだろうという希望的観測があった。
「えええええ…マジで?」
「マジです。とりあえず、一発。残りは三年後に全部叩き込みに来るので」
拳を鳴らしているペリドットに、何発殴りに来る気だよ。と聞き返せるような勇気は流石になかった。
「えー…まー、しょーがないっかー」
そう安易な返答をした彼の意識は、一瞬でブラックアウトした。
結論から言えば、ミスティラポロは『三つ首塔』の二階の自室から窓ガラスを突き破りながら吹っ飛ばされ、転落。
『三つ首塔』の主人や近所の人々がその音に慌てて外に出てきて、思いのほか大事件になりかけた。そのため、ペリドットが近所の治癒術師を呼びに行き、すぐに治療したことで事なきを得た。
工房へ泣きながら帰ってきたペリドットは、ミスティラポロの治療費や『三つ首塔』の修繕費の請求書をシャヘルへ渡した。
その泣き顔を、シャヘルがどう解釈したかは知らない。
確実に言えることは、ミスティラポロとペリドットの仮契約は解消されたということだけだ。
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三大大陸共通暦316年。青紫の月。過ごしやすい気温の日と寒い日が不定期にやってくる不安定な季節。
ペリドットがミスティラポロとの仮契約を解消してから、三年が経過していた。
三年前のあの日。治療費と修繕費の請求書を持って帰ってきて、彼との仮契約が解消されたことをシャヘルへ報告したペリドットは、三か月間の謹慎を食らってそのまま年越しすることになった。
とはいえ、元から引きこもって生活していたようなものだったから、世界樹の幹を使った学習をこなしていればそれでよかった。
たまにミスティラポロへの恋しさから流れてくる涙や、相反する彼への怒りがあふれ出してくる以外は、至って平和だった。
あの日の帰宅直後、この子はそれはそれは荒れていた。そして、こっそり部屋へやってきたヘリオドールに勢いよく問いかけた。
『あの人はどうしてボクに三年なんて言ったの?』
ミスティラポロを一発殴っても足りなかった怒りから、いつもの敬語さえどこかへやってしまった有様だったけれど。
『あー…それは、自動人形の内面が成熟するまでにかかるのがだいたい三年だって、ラポロくんに教えたからだな』
治療費と修繕費の請求書を持って帰ってくるほどとは考えていなかったヘリオドールは、たじたじになりながらペリドットへ白状した。
思っていたよりも、おとなしい末っ子は激情型だった。
『どういうこと?』
『ラポロくんは…ペリドットのことを自動人形における未成年者だと定義したらしい』
『ボク、子どもじゃないんだけど?!?!』
『そう怒らないであげてほしい』
どれもこれも、ミスティラポロがペリドットとのこれからのことを考えて取った行動なのだから。
もう少しうまくできなかったのか、とは思わなくもないけれど。
『ヘリオドール兄さま、なんであの人を庇うわけ?!』
『うーん…怒らないで聞いてくれ』
『内容に寄ります』
内容に寄っちゃうんだ…とヘリオドールは内心ちょっと怯えた。
『うん。なんというか、ペリドットの様子といい、ラポロくんの様子といい、拗らせた恋仲のようだったので…』
ヘリオドールのその評価は、騎士団の仲間たちの話で学習した結果のものだったりするため、そこそこ平均値で間違いでもない。彼自身はまだ恋というモノを知らないため、『人間は大変だなぁ』という感想しかでてこないわけだが。
『そんなんじゃないです!!』
『怒らずに、最後まで聞いてくれ』
『…』
ヘリオドールに怒るのは間違いだとペリドットも理解しているし、怒ったところで彼がミスティラポロとのことをどうにかしてくれるわけでもない。
この子はむすっとして黙った。
『ラポロくんにまず、【私はペリドットの双子の姉のアリス・リシアよりもペリドットに似ていると、他の兄弟たちにも評判なのだが、君の好みに被っているかい?】と聞いた』
『ん゛んんん』
兄から予想外過ぎる言葉が出てきて、ペリドットはどんな顔をすればいいのかわからなくなった。
ただ、その情景を想像するだけで面白いので、これはズルい。
『そんな頬袋いっぱいにどんぐりを詰め込んだリス見たいな顔で笑いをこらえないでくれ』
『んふふふふふ…っ。んん゛っ。ちなみに、ラポロさんの反応は?』
『速攻で【被らない】と否定してきたね。そのあと、誤解を解きたいからと40分くらいかけてペリドットの魅力を力説されたんだ』
『…何してんのあの人…』
『嬉しいくせに』
『…』
『私やジャスパーとの契約で生存率が上がるのは嬉しいことらしいけど、彼にとってはペリドットしか考えていないみたいだったよ。お熱いね』
兄から聞かされたそんな話だけで、ミスティラポロのことを許してしまいそうな自分が嫌だった。