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そうして彼は腹を決める



「…それは、早めに破棄してほしいってこと」

「違う。できれば本契約を考えてほしいんだ」

「本契約を?そりゃあ願ってもないことだけど、なんで?さっきの説明からして、リディ…ペリドットは未成年だし、判断能力が無いでしょ。最初からそうだけど、あの子は親が同意したせいで望まない仮契約を結んでるわけじゃん?しかも、クオレさんが『必ず返却してもらう』って言ってたし。そもそもあの子、クオレさんと同じで俺には良い印象なんて持ってなかったはずだけど」

「そうだろうか。あの子の話す貴方はとても優しい印象だった。ペリドットの嫌がるようなことは一切しなかったとも聞いた」

「は?…買い被り過ぎるでしょ」


 嫌がるようなことは一切しなかった?

 そんな風に言えるのは、やはりペリドットがまだ善悪のつかない時期の存在であるからだろうか。だとしたら、自身のやらかしたことはかなり罪深い、とミスティラポロは思った。


「それに、貴方に死んでほしくないから、私に貴方と契約してほしいと」

「優しいんだか何も知らなさ過ぎるんだか」


 とうとうミスティラポロは頭を抱えた。欲よりも理性と罪悪感のほうが完全勝利した瞬間だった。


「大丈夫かい?」

「…俺に死んでほしくない…ってことは、あのときの戦闘でこっちの限界が見えてたわけだなー、あの子にも」

「限界?」


 ミスティラポロの指の隙間から見える狐のような目が諦念で満ち溢れている。

 ヘリオドールは、この一ヶ月にも満たない期間で構築されたミスティラポロとペリドットの関係性がどんなものであるのか知らない。けれども、その目に込められている複数の感情を単純にまとめてしまえば、それは執着だ。

 兄の目から見て、ペリドットは間違いなくオーナーに望まれている自動人形だった。


「いくらなんでも相棒庇いながら戦闘しろって無理があるってことー。それにー?普段から自動人形と同程度の能力値が保持できるわけでもない。相棒のほうが強いってんじゃ、その相棒に何かあったときにこっちは手も足も出ない相手とぶつかることになる。それじゃあどっちが護られてんのかわかんないだろ?」


 ミスティラポロは話しながら鼻の上の方に軽く触れてかいた。正直これはこの場で話そうと思っていたことではない。

 ただ、これから先も『赤夜光』退治をしていく身としては、シャヘルに恥を忍んで話すべきことだとは考えていた。


「…なるほど。ペリドットから聞いていた通り、貴方は優しい人間であるみたいだ」

「は?今の聞いてなんでそう思ったわけ?」

「ペリドットを護ろうと思ってくれているから、普段からペリドット以上に強くなりたいと考えているんじゃないか」

「…買い被り過ぎなところ、ほんとあの子そっくりだねー」


 にこにこと晴天のように笑うヘリオドールに、ミスティラポロは『うへぇ…』とした表情を浮かべた。

 ミスティラポロも陰陽でいったら、陽の属性ではある。ただ、このヘリオドールの陽の属性とは方向性が違った。


「そうだろうか。その様子だと、ペリドットに不具合があると聞いても、それをカバーする方法がないかと気に病みそうだ」

「不具合?」

「気付いていなかったのかい?」

「自分の戦闘だけに集中してたからねー。んで?あの子の不具合って何?」

「結界を展開すると頭痛、動悸、軽度の呼吸困難などが生じるらしい」

「はぁ?!だったら、尚更あの子は戦闘に出せねぇだろ?!」

「普通はね。でも、それを決めるのは私たちの父親なんだ」

「…ってことは…」

「貴方があの子を手放したところで、あの子は父の命令で次の仮契約者のチュートリアルに回される。同じことを繰り返すだけだ。上の兄弟自動人形たちの契約者たちが見つかるまでね」

「…あの人、ほんと、何?自分の作品に愛着ないの??」

「いや、愛着があるからこそ、というか…その愛着がひねくれてるというか…」


 ヘリオドールが言いよどむ。

 ミスティラポロは、何故彼ら自動人形がシャヘルの元にいるのか不思議でならなかった。何より、ペリドットがシャヘルの元にいることが気に食わなかった。


「何か、腹立つ…」

「それは…私からは何とも言えないんだよね…一応、あれでも父親だから」

「…あのさ、ちょっと協力してくんない?」


 そう切り出したとき、ミスティラポロの腹は決まっていた。


「協力…?」

「契約鍵と特殊鍵の媒体の作り方、教えて」


 にぃいっと口の片端をあげて悪い笑みを浮かべたミスティラポロは、ヘリオドールのほうに顔を近づけた。


「え?鍵の?」


 きょとんとした表情のヘリオドールは、ことんと首を傾げる。


「あと、実際に自動人形の起動に使っている契約鍵と特殊鍵を借りたい。出来ればクオレさんには秘密で」

「…一体何を…?」

「これをクオレさんに報告するつもりなら話さない。ただ、アンタらの末っ子だけでなく、アンタら自身にも悪くはない話だと思う」


「んんんんん…ジャスパー、どう思う?」

「そこでこっちに振りますか。俺は護衛でしかついてきてないのに…」


 窓辺に椅子を持っていってぼんやりしていたジャスパーがヘリオドールを見た。

 彼はあのままペリドットを追って帰っても何か良い言葉をかけられる自信もなかったし、兄を置いて帰宅するわけにもいかなかったため、残っていた。


「正直に言ってしまうと、今の私はこの人の話に乗ってしまいたいんだ」


 にっこりと笑うヘリオドールに、ジャスパーはなんとなくその気持ちが分かった。


「父上への当てつけか?」

「それもちょっとあるかな。あとは、ペリドットが今よりもマシな待遇を得られるかどうか」

「だとすると、俺もこの件に一噛みするしかないでしょうな。父上にバレたときのペナルティも分散されますゆえ」

「察しが良くて助かるよ、ありがとう」


 当然のことのようにジャスパーはヘリオドールと共にミスティラポロの話に乗ろうとしている。


「そんな簡単に決めちゃっていいわけ?俺、悪い奴かもしんないよ?」


 ミスティラポロが茶化すような口ぶりで注意を促したが、二体は「「ペリドットが懐いているなら問題はない」」と口を揃えた。


(自動人形の感覚ってよくわかんねーな…本当に大丈夫なの?信じちゃうの?マジで?)


 そんな風にこの二体を危惧している時点で、ミスティラポロもかなりお人よしだと言える。


「それで、どうして契約鍵と調整鍵が必要なんだい?」


 椅子に座り直したヘリオドールが興味津々といった様子でミスティラポロのほうを見る。


「んー?自動人形を見ていて、人体に似たような鍵穴ぶち空けて、調整用鍵で直接術式が書き込めないかと思ってなー」


「それは…危険じゃないかい?そもそも術式というのは物体に書き込むものだろう?」


「でもさー?アンタら自動人形は球体関節以外すべて人間と変わらないって話じゃん。だったら、調整鍵での調整は人間でも可能ってことじゃん」


「確かに、自動人形のパーツは人体にも転用できるが…かと言って…いや、ひとまず、ひとまず置いておこう。じゃあ、契約鍵は?」


「それについても考えたんだけどさー。契約鍵が自動人形とオーナーの契約以外に、能力値同期と戦闘時の装甲及び武器化を担うってことじゃん?ってことは、複製した契約鍵に自動人形の能力を複製して人体に使えるようにすれば…」


「それこそ、どう考えても危険じゃないか」


「でもさー。『赤夜光』との戦闘で『危機』ってもんを嫌ってほど実感したんだよ。異常なスピードとパワーで向かってくるうえ、通常武器がまったく効果なし。にもかかわらず、契約鍵解放による武器に切り替わったときのあのイージーモード。それ自体はホッとしたんだけどさ。もしもの場合を考えちまうんだよ」


「もしも?」


「仮に、そのイージーモードでも倒せないような『赤夜光』が現れたらどうする?その対処中に自動人形が歌唱不能になった場合、オーナーの武装が全解除されるってことだぞ。最悪、どっちの命も無い。それなら、オーナーの武装が保たれたまま、自動人形とその場から退避できたほうが後々の戦力温存にも繋がる」


「たった一回の戦闘でそこまで慎重になるということは、よほどのことか」


「こう見えても石橋は叩いて壊すくらいのビビりなんだわー。命あっての物種だし」


「わかった。どうにかして鍵の準備をしよう」


「マァジで?!サンキュー!!」


 ミスティラポロはヘリオドールの肩をぱんぱんと叩いて礼を言った。

 対するヘリオドールは苦笑いをして、声のトーンを落とす。


「それで、ペリドットとの仮契約を本契約にする件なんだが…」

「あー、それなんだけどさ…」


 ミスティラポロは頬を掻きながら、あることをもう一つ切り出した。



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