ペリドットとヘリオドール
「ああ、そうだ。大事なこと忘れていた!ペリドット、キューブの初回収おめでとう」
「あ、ありがとう、ございます。ヘリオドール兄さま」
ペリドットは体を固くした。他の兄弟自動人形たちと同様、ヘリオドールとはあまり喋る機会が無い。加えて、この兄はミスティラポロと本契約するかもしれない自動人形だ。
「仮契約とはどんな感じだい?仮と言えど、オーナーを持つって今までとは何か違ってくるのかな。ああ、それに今回の回収劇についても詳しく知りたいね!」
ヘリオドールの真っ白な歯がまぶしく感じるようなきらきらとした笑みと、悪気など一切無いからっとした矢継ぎ早の質問。
「あ、あの…」
この子はとても困ってしまって、アリス・リシアを見やったが、姉はうんうんと頷いていて止めてくれそうにない。
「是非、聞かせてくれないか」
「ヘリオ、やめなさい。ペリドットが困っている」
「アクアお兄さま…」
「まぁ、僕もものすごく気になってはいるんだ。だが、弟を困らせるのはちょっと違うだろう?」
ヘリオドールを窘めてくれたアクアマリンは『楽園シリーズ』で最初に創作されたため、まとめ役としての責任感を持っている。
だが、そんな彼でも自動人形のさがとして、自分と契約してくれるオーナーというものに興味があるのだった。
「ねぇ、ペリドット。姉さまは急かさないから、ゆっくり話してくれないかしら?わたくし、あなたとお話したことがあまりなくって…そういった面でもあなたのことが知りたいわ」
全ての自動人形の願い。
それは、いつか自分と契約して大切にしてくれるオーナーが名乗りでてくれること。
シャヘルはそうではないのか、というと、『楽園シリーズ』は全員、口をそろえて言うだろう。
父親ではあるが、運命のオーナーではない。と。
『楽園シリーズ』の中には、人間をやや軽視している自動人形もいるが、そうした自動人形も運命のオーナーという存在に興味がないわけではない。
「…そう、ですね。えっと…ボクの仮のオーナーさんは、優しい人です」
ペリドットは話せないことは伏せつつ、かいつまんでミスティラポロとの三週間のできごとをぽつぽつと話し始めた。
話の途中で、この子の言葉が詰まると、他の兄弟自動人形が「そのときはどうしたの?」など、話を促す助け舟を出してくれるのだった。
しかし、話していくにつれて、先ほどのシャヘルとの会話を思い出して、気に病む方向に思考が巡ってしまうようになった。
(娼館…『ユウガオ通り』…)
「ペリドット?どうしたんだ?とっても悲しそうだ」
ヘリオドールが、話の途中で俯いてしまったペリドットに問いかけた。
「いえ、なんでも…」
「そうかい?」
心配そうな兄に、この子はどう返すべきかまったくわからなかった。ふと、ペリドットは、明日からミスティラポロにヘリオドールの傘を使わせるという指令が、シャヘルから出されていたことを思い出した。
「あ、そうだ。ヘリオドール兄さま。お願いがあります」
「お願い?何かな??」
ことん、とヘリオドールは首を傾げた。
「ヘリオドール兄さまの傘のコピーをお借りしたいのです。ボクの仮オーナーさんのために」
「ペリドットの仮オーナーさんのため?いったい、どういうことだい?」
「お父さまが、ボクの仮オーナーさんが遠隔武器を使えるのかどうか試したいと。その際に、ヘリオドール兄さまの傘を指定されました」
「「「「「「「「「「!!」」」」」」」」」」
ペリドット以外の十体全員が、その発言の示すことに気づいた。
ペリドットの仮オーナーが、ヘリオドールの本契約のオーナーになるかもしれない。
「もしかして、お父さまは私にペリドットの仮オーナーさんと契約しろと言うのかい?そんな、なんでそんな残酷なことを」
「で、でも、仮契約のお試しですし、仮オーナーさんも、ボクじゃないほうが生き残る確率は遥かに高いんです…」
この子は自分で言っていて、だんだん目の前が熱くなって歪んでくるのを感じていた。
例え、ミスティラポロと本契約をしても、結界を展開したときの体にかかる負荷には耐えられそうになかったし、何より、彼を護るための歌すらまともに歌えない。
それが、あの光の甲冑の脆弱そうな外見に現れていた。
切実な想いを吐露しながら、ぽろぽろと泣きだしてしまったペリドットに、兄弟自動人形たちは言葉が出ない。
すると…
「ヘリオ、いきなりどうしたの?!」
アリス・レッドベリルが驚いてヘリオドールを見た。
彼はいきなり黙り込んだかと思うと、目の前に残っていた料理をすべてかき込んだ。いつもなら味わって食べるはずの、彼の好物であるチキン揚げもパンと一緒にすぐになくなってしまった。
そして、メイドが注いでおいてくれた水を一気に飲み干す。
「うん、美味しかった!さぁ、ペリドット!行こう!」
「え…?行くってどこへ…?」
「君の仮オーナーさんのところだ。行って、まず彼の考えを聞くんだ。このままペリドットでもいいのか、それ以外の自動人形がいいのか。話はまず、当人同士から始めるべきだ。お父さまが決めることじゃない」
ヘリオドールは立ち上がり、ぽかんとしているペリドットの傍までやってくると、その顔をナプキンでぐいぐいと拭いてやった。
「で、でも、こんな時間からじゃ、迷惑になります」
『だいたいあの男は調べてみたら、仮契約が始まっても娼館通いをしているようだ。お前が帰宅したあと夜の街で見かけると…』
シャヘルの言葉がどうにもペリドットの頭の中にめり込んでいた。
「本当は君自身がはっきりしたいはずだと思うぞ。そうでなかったら、そんな顔はしない」
「…」
「そもそも、お父さまが君に今回の仕事を与えたときから、私たちにも違和感はあったんだ」
「え?」
「今年生まれたペリドットは不具合を起こしやすいと言って、お父さまは君を隔離していた。私たちはこれまであまり君との接触ができなかったね?」
「…」
「いいかい、不具合を持ったまま仕事をするということは、人間で例えるなら病弱な個体に無理を強いることに等しいんだ。おそらく、君はそんなことも考えもしなかったし、君の仮オーナーさんはそのことを知らずに仮契約したんだろう。それは、お父さまの過失だ。今からでもきちんと話しておくべきことだ」
「でも…お父さまが…」
「自動人形とオーナーの契約は、そんなに軽いものじゃないんだ。自動人形側からしたら、尚更。一生に関わることなんだよ」
「…」
ヘリオドールはペリドットを立ち上がらせると、その手を引いた。
「ジャスパー。パジャマ姿で楽になったところ、大変申し訳ないんだが、仮面をかぶってもらえるか?一応、夜の王都だ。何があるかわからない。一緒にペリドットの護衛を頼みたい」
「…致し方ありませんな。ヘリオ兄上の仰せでしたら」
ジャスパーは体を橙色の発光体へ変化させると、いつもの仕事着の姿を取った。
狼の仮面に、全身真っ黒な軍服のような衣装。差し色はオレンジ色だが、あまり目立たないようになっている。
「え?護衛なんて、転送で…」
「私は仮オーナーさんのお家を知らないよ」
「あ、それなら、ボクだけで…」
「君の場合、一体だけで向かわせたら、言いたいことも言えない気がするぞ」
「…」
ヘリオドールはペリドットの手をしっかりと握ったまま、ジャスパーと共にダイニングを出ていく。
去り際に、彼は「フローラ、メイドに頼んでペリドットとジャスパーの食事を取っておいてあげて」と言い残した。
「わかってるわ。もう、自分だけ完食していくんだから、ちゃっかりしてるわね、ヘリオお兄さまは」
アリス・フローラはひらひらとヘリオドールへ手を振った。