兄弟姉妹の食卓・1
ショックを受けたペリドットは夕飯の時間にアリス・リシアが呼びに来るまで、部屋で呆然としていた。
別に彼が聖人だとか思っていたわけじゃない。
ただ、そういった欲を向けてくるのであれば、それはペリドットだけにしてほしかった。どれだけ言い訳を考えても、そんな風に結局は思ってしまう。
(あの手は…ボクの…っそうじゃなくて!!違う、違う…っ何考えてんのボク…っ)
「ペリドットぉおお!ごはんできたよ!!!」
ばぁああああん!!
「姉さん、ノック!!」
ベッドにふて寝していたペリドットががばりと起き上がり、アリス・リシアへ注意する。
「えへへへ、また忘れちゃった♪」
「もー」
「ペリドット!ダイニングまでだっこしてつれてって!」
「ボク、弟なんだけどな」
「おねがいおねがーい」
「困った甘えん坊さんだね、うちの綿菓子ちゃんは」
そう言って、ペリドットは小さな姉を優しく抱き上げた。
アリス・リシアを前にしていると、大半のことはどうだって良くなる。いつだってそうだった。
でも、今日はなんだかそういうわけにもいかない。
心が追いついてくれない。
ダイニングに着くと、すでに生まれた順番で第1自動人形から第9自動人形までが食卓に揃い踏みだった。
一番奥の上座にはシャヘルが座るのだが、そこに料理の用意はない。おそらく、あの持ち帰ったキューブに夢中になった結果、夕飯を食べないという選択をしたのではないだろうか。
「ねぇ、シャヘルは?」
「旦那さまは、お仕事に集中したいから部屋で食べると仰せでした」
「えぇええ?!リチェ、みんなでって言ったのに…」
ペリドットの腕から降りながら、アリス・リシアは頬を膨らませた。
「父上のことなどどうでもいい。早く席に着きなさい。アリス・リシア。夕食が冷めてしまう」
シャヘルより次席に座る、全体的に青や水色の色彩の印象が強く残る青年が言った。穏やかだが、どこか冷たさも感じさせる声音だ。
【青く透明なこの神秘の海へ】
第1自動人形、アクアマリン。通称、アクア。
ブルーシルバーのさらさらとして短髪。
目元は綺麗な二重ではあるが、冷たい感じがする。瞳はアクアマリンをはめ込んだような水色。瞳孔には海の波を思わせる揺らぎがあり、それを覗き込んだものが酔いやすくなるため、青い細フレームの眼鏡をかけている。
鼻筋はもちろん通っていて高い。
口元だけで微笑むときは、かなりシャヘルに似ているので、口元の造形は彼に近いと思われる。
普段は白いシルクハットとマント、手袋を付け、全体的に青色のタキシードの衣装を着用している。今はもう夕食時のためか、水色のワイシャツに深い紺色のスラックスというややラフな格好だ。いつもなら黒いネクタイもしているのだが、それもしていない。
多分、身だしなみに口うるさいシャヘルがいないからだろう、と兄弟自動人形たちは察していた。
簡単な言い方をすれば、細マッチョのインテリイケメン、といったイメージだ。
「はーい」
残りの空いている席に向き合うようにアリス・リシアとペリドットが座った。
「アクアお兄さま。今晩の食前のお祈りは、わたくしが主導いたしましょうか?」
気の強そうなのがにじみ出ている声音で、全体的に鮮烈な赤色を纏った女性が言う。
【赤き羊による晩餐会】
第2自動人形、アリス・レッドベリル。通称、レッド。
腰まで伸びた長くつやつやとした深紫色の髪。この色彩は、シャヘル譲りだ。
目元は獰猛だが華やかな印象を与える幅が広めの二重でツリ目。瞳はレッドベリルをはめ込んだような赤。美しい蝶の標本が貼り付けられているようなピンク色の瞳孔。
鼻は高いが、鼻先はやや丸い。この感じがうまく、にじみ出てくる気の強さを和らげている。
真っ赤なルージュを塗った唇は、やや薄い。
今晩は魔術師が着用する黒いローブを上着として纏っており、その下には赤いワンピースドレスを着ていた。シャヘルの創作した『楽園シリーズ』であるため、彼の美意識に沿って作られた衣装が美しく見える大きさの胸や尻を持ち、手足がとても華奢である。
「待たれよ、レッド姉上。今日の主役であるペリドットにさせるべきでは?」
生真面目で実直さがそのまま声に出ている青年は、全身が黒一色、といった風情だ。
【君へ黒の花束を】
第3自動人形、ジェット。
ベリーショートがつんつんと尖った黒髪。
眠そうなタレ目の二重にタレ眉、ジェットをはめ込んだような黒い瞳。けれども、瞳孔には白い王冠のような模様が浮かんでいる。
やや大きめの鼻は高く、男らしさがある。
しかし、全体的な黒のイメージを際立たせるような異様な色白肌で、この辺りがシャヘルの創り出す人形、という感じだ。
騎士団にいそうな体格であり、全体的にがっしりとしている。シャヘルはこの自動人形に関しては弟自動人形のヘリオドールと同様、筋肉美を真剣に追求したらしい。逆三角形のシルエットがとても美しく映えるようにデザインされている。
国の騎士団や自警団、さらには旅の冒険者たちの中でも筋肉自慢の者に三か月間みっちりと取材を重ねたことからも、その筋肉美創作への真剣さが伺える。
なお、シャヘルは当時のことを『どうかしていた』と懐古している。
また、彼はこの自動人形のフォーマル以外の衣装を、この国の騎士団の正規支給品で揃えている。
それはとある理由から、彼が普段は騎士団で仕事をしているからだったりする。
「うん、それがいいな!ナイスだ!ジェット兄!」
からっとした晴天を思わせる声を持つ好青年。全体的に太陽の持つ黄色い陽光のイメージが強い。
【Shining ray】
第4自動人形、ヘリオドール。通称、ヘリオ。
目下、シャヘルがミスティラポロとの本契約をさせようと候補に挙げている自動人形だ。と、ペリドットは考えている。
ペリドットとよく似た色合いの金髪であるが、やや色みは暗い。また、髪質もウェービーであり、この子とよく似ている。
目元は狭い二重でツリ目とツリ眉が特徴的だ。瞳はヘリオドールをはめ込んだような黄色で、瞳孔は丸く晴天のような水色だ。
鼻は綺麗な形をしていて高い。
彼も、シャヘルが筋肉美追求について『どうかしていた』時期に創作されており、ジェットとは違って下半身の筋肉ががっちりとしている。体幹がしっかりとしている、とでもいえばいいのか、ちょっとやそっとじゃびくともしない。
ジェットと同様、彼のフォーマル衣装以外の普段着は国の騎士団からの正規支給品だ。
彼より後に創作された兄弟自動人形たちは、みんなこの兄のことが色んな意味でそれぞれに大好きである。
おそらく、彼は一番『楽園シリーズ』の中で、兄弟自動人形たちのことを愛している。そのせいか、人間を優先することはあまりない。