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とある帝国の転落過程


『もう一度…?』


 "神々"の許可を必要とし、国庫から莫大な額が投じられる召喚の儀は頻繁に行えない。ホーク第二皇子はそれを理解していなければならない立場にもかかわらず、彼女の言葉で再度召喚の儀を秘密裏に行うことを決めてしまう。

 ニマエヴ史上、稀に見る愚行が始まった。


『再度、召喚の儀を行い、召喚された勇者から魔力と天使を奪う。俺こそが帝国を救済する勇者となるのだ』


 ホーク第二皇子は帝都へ戻ると、帝国魔術協会の鼻つまみ者、ネーヴェ・ヴァータを引き込んだ。

 禁術ばかりを研究していたネーヴェは『召喚の儀の際に勇者よりも早く天使と契約すればいいでしょう』と仮説を立て、さらには魔術を節約する方向で召喚の儀の準備を開始した。

 彼は秘密裏の召喚の儀が行われるまで、ホーク第二皇子には表向きでも良いから魔素浄化を中心に行動するようにと入れ知恵する。勇者の魔力でなければ補修はできないが、浄化自体は通常の者であっても、できないことはなかったからだ。劇的な浄化でないにせよ、皇族であるホーク第二皇子のパフォーマンスは、帝国の民たちをしばらく納得させることはできるだろう、との考えからだった。


 三大大陸共通暦267年、冬。

 雪深くなるこの季節にホーク第二皇子の魔素浄化は一時休止となり、帝都へと滞在していた。

 サフィール皇太子もザイとリリスの行方を掴むことができないまま冬を迎えたが、こちらに大した焦りは生じていなかった。勇者と天使の脱走は完全に伏せられていたし、ホーク第二皇子による魔素浄化というパフォーマンスが虚偽であれ真実であれ、民草には好評であったことが要因だろう。


 年明けて、三大大陸共通暦268年、春。

 ネーヴェによる召喚の儀が強行された。

 先に述べたように、"神々"の許可を得ることのない秘匿されたもので、必要な魔力は節約されている分、勇者となる者が安全に転移してくる可能性は低かった。ホーク第二皇子たちには勇者の持つ魔力さえ手に入れることが出来ればいいわけで、その点、転移してきた者が死体であろうが関係はない。


 劣化版といえるこの召喚の儀の気配を運悪く察知してしまった者がいた。

 ザイと暮らしていたリリスだ。天使である彼女が"神々"から何も知らされていないということは、彼らも知らない儀式が行われたということ。

 リリスはザイの制止も聞かずに、召喚の儀の最中にその場へと急行し、そこで不完全な儀式に巻き込まれてしまった。


 そもそも、"神々"に許可を取るのは、その許可が出た結果、召喚の儀の補助も行う勇者のための天使を派遣されるからで、最初から天使が不在の場合の召喚の儀は想定されていない。


 ホーク第二皇子は召喚の儀の間に現れたリリスを派遣された天使だと錯覚し、無理やり契約を行おうとした。

 それと同時に、召喚された勇者を控えていた騎士が殺し、アンデッド化を防ぐための魔力吸引の魔術を発動して、ホーク第二皇子へと注ぎ込んだ。

 このときに召喚された勇者は、まだ幼子であったという。勇者となるはずだった幼子を殺害した騎士は、そののち職を辞し、家族と共に帝国から出て行った、とのことだ。


 不完全な召喚の儀は、リリスの契約の書き換えをもたらすには至らなかった。

 代わりに、魔術回路を介して彼女自身の記憶の混濁を引き起こすことになった。ザイへの愛情はそのままに、ホーク第二皇子をザイだと思い込んだ上、感情のコントロールができない情緒不安定さを持つことになったのだ。


 ホーク第二皇子はブレーム皇帝に、ザイは死亡したため、リリスが戻ってきて新たな勇者である自身と契約し直した、と嘘をついた。

 記憶混濁を生じさせたリリスの言動は支離滅裂なものであったが、徹底してホーク第二皇子がその辻褄を合わせることで、多くの重鎮や民草を納得させた。


 最初のうちはホーク第二皇子も余裕があったため、リリスの記憶混濁に対応して優しい言葉を掛けることもできていた。

 崩落補修と魔素浄化も、奪った勇者の魔力とリリスのおかげで、滞りなくすすめられていて、すべて上手く行っているようでもあったからだ。


 けれども、ホーク第二皇子には愛人であるミーユという存在がいた。この女性は、ホーク第二皇子によりも八つほど年上で、帝都一の高級娼館の娼婦であり、彼女との交際はブレーム皇帝たちにはいっさい認められていなかった。

 彼が皇帝になりたがったのは、権力欲が大半だが、身分違いの彼女との結婚を強行するためでもあったといえる。


 次第に、ホーク第二皇子にとってリリスの存在は崩落補修と魔素浄化以外では重荷となってきた。

 ミーユは目障りなリリスへマウントを取りたがり、ホーク第二皇子に虚偽を申告しては、彼女への虐待と搾取を行うように唆した。


 時節は、春から夏にかけての過渡期。

 ホーク第二皇子は、帝国領土内の補修と浄化の旅を始めた。

 旅に同行したのは、勇者のための天使リリス、ホーク第二皇子の部下数名、ブレーム皇帝から与えられた騎士団、この旅におけるホーク第二皇子の働きを逐一報告するための見届け人三名、というのが帝国の公的記録として残っている。

 しかしながら、今日の三大陸や島国では、この公的記録にホーク第二皇子の愛人ミーユを加えたものが真実だと、研究と精査の上で歴史の教科書に記載されていたりする。

 皇族の愛人に過ぎない彼女が教科書にまでその名を記載されるに至ったのは、偉功のためではない。

 ミーユのしたことは、リリスへのマウント取りのほかに、虚偽による貶め、さらには他者の手による暴力暴行など、人間としては反吐のでるような下種の行いであった。もっとも、それら自体は皇族の寵愛を競い合う人間で生じがちなもので、普通であればスルーされがちな泥沼だ。帝国民に知れようものなら糾弾されるべき事象だが、かん口令の行き届いた狭い範囲で行われていることを誰が知るだろうか。

 ホーク第二皇子も"神々"から何も警告が無いことに驕り、ミーユのしたいようにさせていた。

リリスの親である"神々"が何も見ていないわけがなく、また、何も考えていないわけがなかったのに。


 そうした状態でも彼らの旅の過程は表向き順調で、『死亡した勇者に代わって務めを果たし始めたホーク第二皇子と天使リリスの仲は睦まじい』という噂が帝都に流れた。


 一方で、出て行ったきり戻って来ないリリスを心配したザイはその噂を聞いて、彼女が本来の役割のために自分を捨てたのだと考え、絶望して国境の拠点にさらに引きこもってしまった。

 仮に彼が、事実を自分の目で確かめに行っていれば、まだこの先に起きた事件は比較的穏便に終わったのかもしれない。


 サフィール皇太子が、ホーク第二皇子から死んだと報告されていたザイの居場所を突き止めたのは、この頃のことだ。ザイと直々に対面して会話することが出来たことは、サフィール皇太子にとって大きな収穫だった。


『彼女は、召喚の儀に似た気配を感じたと言っていた。僕じゃなくても、勇者は簡単に補充できたんでしょう?』

『召喚の儀?まさか!貴方を召喚するのに、どれだけの手間やコストをかけたとお思いで?勇者は、その時代に一人、大切にされるべき存在です!』

『じゃあなんでリリスは出て行ったんだ?!なんでホーク第二皇子の隣にいる?!』

『…召喚の儀の気配…リリスさまは確かに、そうおっしゃったのですね?』

『ああ』


 ザイは三回目の召喚の儀で連れて来られた勇者だ。

 四回目の召喚の儀が仮に行われていたとしたならば、どこかに痕跡が残っているはずだ。

 サフィール皇太子は連絡役である自身の小姓二名をザイの元へ残し、自身は部下たちと帝都へ戻って調査を開始した。

 ホーク第二皇子たちが旅によって不在にしていたことは、サフィール皇太子たちにとってタイミングも良かった。

 事態のあらましを勘付かれたことで、劣悪な召喚の儀を行ったネーヴェは、後始末をする暇もなく国外へ逃亡。彼が残していった証拠品がサフィール皇太子側へ押収され、ブレーム皇帝も知ることとなった。

 捜査が進むにつれて、少しずつ、彼らはその心臓が冷えていく心地に身を震わせた。

 ホーク第二皇子は恐らく、禁忌に触れている。


 “神々”の許可を得ずに、劣悪な召喚の儀が行われたこと。

 それによって、召喚されたはずの勇者が見つからず、何故かホーク第二皇子が収まっていること。

 ネーヴェが記した計画書から照らし合わせ、召喚の儀が行われた時期に、一人の騎士が家族と共に国外へ出奔していたこと。

 その騎士が帝都の外れにある教会に、少年の遺体を運び込み、弔いを依頼していたこと。

 その少年は、このニマエヴの世界には存在しえない髪色を持っていたこと。


 点と点が一つの線で結ばれていく。


 さらにその教会には、狼の獣人の血を引く夫婦の遺体も運び込まれていたことが、司祭の口から明らかになり、ブレーム皇帝たちは頭を抱えた。



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