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キューブ

「リディちゃん!やっぱ普通のナイフに特殊効果だけじゃ無理っぽい!!【仮契約鍵解放】!!」


 何度かの得物であるナイフの攻撃もすべて無駄に終わり、ミスティラポロが叫んだ。確実に対象を攻撃できたところで、きっちりとダメージを与えることができないのであれば、すべて無駄でしかない。


 前もって一人と一体には、シャヘルから『通常武器による攻撃で効果があるかはわからない。そのため、【仮契約鍵解放】を行って『赤夜光』に対抗できる武器を装備する必要がある。『赤夜光』には『赤夜光』の力で対抗するしかない』と説明があった。


 だが、シャヘルとしても、通常武器で倒せるのならそれに越したことはなく、試す価値というのは大いにあったのである。通常武器で事足りるのであれば、彼の最高傑作である『楽園シリーズ』を戦闘用に登用する必要はなく、すべて国の騎士団などに丸投げできるからだ。


「はい!受け取ってください!」


 ペリドットの体から、仮契約用の銀色の鍵がと似た形をした黄緑色の大きな発光体が飛び出した。弾けるようにそれは形を変えながらミスティラポロのそばへ向かう。

 ちょうどそのときに、『赤夜光』の欠片がミスティラポロへ迫ってきていた。ところが、その近くに飛んできた黄緑色の発光体にぶつかって、大きく跳ね飛ばされた。明らかに、その発光体による攻撃は『赤夜光』の欠片に効果がありそうだった。


「あ、盾拳刀か。ちょっと使いにくそう」


 黄緑色の発光体が徐々にその光を弱めていくと、彼の両拳には小さな盾のような銀色の円盤が二つ装備されていた。円盤の周りには一部を除いて刃がついている。

 ニマエヴの世界において、この武器は盾拳刀じゅんけんとうと呼ばれている。殴りつけるだけの攻撃はもちろん、対象を殴り斬ることもできる武器だ。

 だが、この盾拳刀は通常のモノとは少し様子が違う。


「ごめんなさい!ボクの得物のコピーなんです!!それ!!」

「あー。そういうことね」


 おそらく、契約した『楽園シリーズ』の自動人形の得物が契約者に装備される仕様なのだろう。だとすると、なかなかペリドットの得物選びはマニアックなのだが、そこにツッコミを入れている暇はない。

 ミスティラポロは『赤夜光』の欠片からの攻撃を避けながら、盾拳刀の持ち手を握り込んだ。


「使いにくくても、多分、相手をタコ殴りにすればなんとかなります!!」

「やだリディちゃん、結構脳筋ー」


 ペリドットの言うことに軽く返しつつ、彼は再び向かってきた『赤夜光』の欠片へ拳を一発叩き込んだ。


 ゴシャァッ


「ぴぎっ」


 子どもの形をとっていた赤く透明な発光体が、高く声をあげた。

 あっけなく『赤夜光』の欠片は粉砕され、辺りにその構成物が飛び散った。そのたった一発の殴打によって決定的なダメージを受けたことで、その本体は動きを止めて地面に落ちる。


「は?はぁ?嘘でしょ?!あれだけ苦労してたのが一発で…」


 武器を変えたからと言って、まさかそんな劇的に効果があるとは思わなかった。

 それこそ、ミスティラポロはしばらく戦闘が続行するだろうと考えていた。彼は両手に装備されている盾拳刀と地面に落ちた『赤夜光』の欠片を見比べる。

 あれだけこちらを翻弄してきた対象がまったくぴくりとも動かない。


「回収します!!【結界格納】!!」


 辺りに展開されていた結界が小さく縮小されていく。すると、結界は『赤夜光』の欠片を包んだキューブ状の赤い物質へ変換された。ペリドットは地面に鎮座しているそれを拾い上げる。

 ぱっと見しただけでは、正六面体の赤い飴のようだ。口にする気はないけれども、まず間違いなくイチゴ味だろうとペリドットは思った。


「成功したの?」


 そう問いかけるミスティラポロの体からは光の不完全な甲冑が消え、両拳からも盾拳刀が消えた。感覚的にそれに気付いた彼は、咄嗟にその両手を見やる。


 自動人形の歌が止むと戦闘装備や効果が消えるこの仕様。


(不便、ってリディちゃんに言ったら、めちゃくちゃ怒んだろうな)


 これから先も『赤夜光』の欠片や『赤夜光』そのものを相手にしていこうと思っている彼にとっては、ある意味で不安定な仕様過ぎて危険であると感じた。

 相棒の自動人形の歌や音楽を絶やさずに仕留められるような相手であるならいい。けれども、それ以上の相手となったら、先ほどの自身の戦い方を振り返ってみても無理がある。


(もっと自動人形に頼らずに人間側の能力を底上げする方法があればいいんだけど…)


「はい。これを帰ってお父さまに渡して、最終的には国の研究機関で解析してもらいます」

「…もうこれ動かねーの?」

「そうですね。封印したことになるので」


 ミスティラポロはペリドットの手の中にある『赤夜光』の欠片をつんつんと突いた。この子の言うとおり、そのキューブはまったく微動だにしない。


「?これ、なんか変な模様ついてる。…術式か?」

「え?あ、ほんとだ」


 赤く透明に輝くそのキューブ。そこに浮かんでいる白い靄のような模様は細かい文字で構成されている。ミスティラポロの言うように、それは何かを表した術式のようだ。


「これの解析も国がするわけか」

「…もしかして、やってみたいんですか?」

「…ちょっとだけねー。なんでわかったの?」

「なんと表現したらいいのかはわかりませんが、ミスティラポロさんの術式を見てると、そんな感じがしました」

「俺の…?」

「ええ。実はかなり術式を組むのお好きでしょう?ボクの調整も毎日してくれていますし」

「…リディちゃんは結構俺のこと買いかぶり過ぎだと思うよー」


 ミスティラポロはわしゃわしゃとペリドットの頭を撫でた。

 欲で汚している真っ最中の対象から自分への信頼が、考えていたよりもずっと高い。そのことがどうも、気まずかった。

 もしかすると、この子は彼が善意で調整の際のあの有様をシャヘルに黙っているとでも考えているのだろうか。


「買いかぶりでしょうか?ミスティラポロさんは最初に思っていた印象より優しいですし、いい人だと思います」

「いい人かー…いい人ねー(相手が俺じゃなかったら、この子、三日と持たずにもっとえげつない目に遭わされてんだろうなー。やっぱ俺ってそういう点、良識あるほうか)」


 この男が何を根拠に良識あると自身を評したかはさておき、第一段階の目的は達成されたことになる。


「…じゃあ、ボクは報告もあるので、これで失礼します。あ、今回のキューブ回収の報酬についてなんですけど、父が明後日には準備してくれると思います」


 ペリドットは以前と打って変わって、彼から頭を撫でられて嬉しげな表情を浮かべるようになった。そして、彼の手が離れた瞬間に寂しげな目をするようにもなった。


「ん。了解。クオレさんによろしくなー」

「はい!また明日もよろしくお願いします!」


 キューブを持ったペリドットが転送で帰宅していく。


(騙されやすいリディちゃんがなんで外を出歩けるのかわかる能力だよなぁ。あれがなかったら、外を三歩歩くだけで変な男に声かけられて連れてかれるんじゃねぇか…?)


 既にこの変な男に目をつけられているため、その思考の説得力はかなりある。



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