これでもまだ軽い執着だと彼は言う
一人と一体は目的の教会近辺へやってきた。すでに夕方に差し掛かり、辺りは街頭の明かりがつき始めていた。
だが、それらしい発光物はどこにも見当たらない。
「そういやさ。俺自身、結構この時間帯から出歩くタイプなんだけど、特に『赤夜光』みたいなやつって見たことないんだよな」
「確かにそうかもしれません。騎士団や自警団の人たちの一部にも協力を要請して巡回してもらっているらしいのですが、遭遇率は低いそうですし」
「一部?」
「国王陛下直属の影ってやつですね。『赤夜光』に関しては、国立の研究機関各所が絡んでいて国家機密みたいなものですから」
「それもそうなるか…」
結局、一日目はどこにも『赤夜光』の欠片を見つけることができないまま終了し、ペリドットは工房へ帰宅していった。
それから二週間は『赤夜光』の欠片捜索に時間が当てられたが、空振りが続いた。
結局どこにも、手がかりらしい手がかりすら見当たらなかった。
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「困りましたね…もう二週間目も半ばです。早く戦闘してみないと、貸出期間が過ぎてしまいます」
「それってさぁ。延長できないもんなの?」
「…それは、そのときになってお父さまに聞いてみないことにはボクにも…」
「リディちゃん、そればっかねー。なんで自分からクオレさんに『お願い、お父さま♡仮オーナーさまが大好きになっちゃったから、貸出期間永久延長してー♡』って言えないわけ?」
「は?!大好きじゃないですけど?!」
「えー?でも、いっつも調整のときに気持ちよさそうにしてんじゃん。この前なんて『あたまなでなでされるのしゅきでしゅー』って言ってたし」
「それは別に貴方じゃなくても、お父さまにされても好きですもん!!」
「はいはい、そういうことにしといてあげる」
「最っ悪!!」
この二週間、ペリドットには刺激の強すぎる日々が続いている。
と、いうのも、ミスティラポロからの提案という名の私欲で、調整用特殊鍵は一日に一回はこの子の左腕から出し入れされている。
つまり、その度にペリドットは蜜毒のような熱による酩酊状態を味わう羽目になっていた。
ミスティラポロには、じわじわとこの子の体の熱を煽っては悪戯に弄ぶ楽しみがあったわけで、ここのところ娼館へ通うことも少ない。
この男の欲は、どうやら彼好みの存在を徹底的にその手で乱すことで発散されるようである。ある意味一途な男とも言えなくもないのだが、そのやり口があまりにも病的でねちっこい。
何が病的かと言えば、普通ならペリドットの貸出期間が満期を迎える前に何かしら決定的な間違いを積極的に起こしそうなところを、逆に徹底してそうしたことは避けている点だ。
あれだけ触れておいて、ペリドットの衣服を剥いで素肌には触れようとしない。彼のほうからは絶対にペリドットの着衣を乱しすらしない。着衣の乱れがあるとしたら、ペリドットのほうが熱さから胸元のボタンを二つほど外すくらいだ。
なんというか、人によっては、とても悪質寄りの偏執だと捉えられなくもない。
また、彼にとって好都合だったのは、このやり口をペリドットがシャヘルへ話さなかったことではなく、いくら乱してもペリドットはバテることなく最後まで耐えきることができてしまう、という点にあった。
例えば、ミスティラポロの馴染みの娼婦であったサリスは誰かに性的行為によるダメージを譲渡することで耐えていたが、ペリドットはその身に蜜毒のような熱によるダメージを蓄積したまま彼からの弄びに付き合えるのである。
人間と自動人形の違いは、球体関節くらいしかない。
これは制作者のシャヘルも認めていることだ。それだけ人間に近いものを創り出すことに固執した結果、人間のほうからでも自動人形のほうからでも、望めば情をかわすこともできる。
そんな前提もあり、彼はこれから先の人生、娼館通いをするよりはこの自動人形一筋でもいいような気さえしていた。彼の肉欲における在り方に合致するような存在がいたことは幸運だ。
ただし、それを彼が自覚している上、恥ずべきことだと考えず、やたらとオープンであるところが厄介だ。
父や兄弟自動人形という他者しか知らなかったペリドットには、ミスティラポロからの接せられ方はあまりにも中毒性が強すぎた。
それがこの子にとって悪いことだと分かっているはずのミスティラポロは、ペリドットをシャヘルへ返すのが惜しくなってきている。
この際、男型だとしてもいい。
そのくらい、ペリドットはミスティラポロの心を惹きつける容姿であるし、触れたときの反応や痴態はツボでもあり、極めつけが相性のいい耐久性を持っている。
彼にとっての目下の問題は、ペリドットの思考からはどうしてもシャヘルが出ていってくれないことのみであった。何を話していても結局は父親へ帰結するペリドットのその依存が邪魔だった。
ミスティラポロもミスティラポロで異常ではあったが、ペリドットもペリドットで異常だった。
ある日、ほぼ日課と化した調整用特殊鍵の出し入れを行った際に、シャヘルが連絡用リングでペリドットへ何かしらの『おつかい』を頼んできたことがある。
「お父さま…っはい!!すぐご用意してお届けします!!」
「ちょ、リディちゃん何やってんの?!」
この子は気持ち良さに打ち震える体を無理やり元に戻すために、装備している暗器を自らの太ももへ突き刺してわざと傷つけて、痛みで正気に戻した。
ペリドットは、父親からの命令を遂行するためだけに自傷を選べる。
いや、他に方法があったのかもしれないが、焦りで混乱する頭で選択した方法がそれだった。
そして、いつものように体を黄緑色に発光させたあと、元通りにその箇所を直して父親のところへ出かけていってしまった。シャヘルからの用事を済ませるとすぐに戻ってはきたが、この出来事はミスティラポロの中で最近にあった面白くないことに分類されてトップに鎮座している。
そんな出来事も含めつつ、ペリドットと過ごした三週間目の半ば。
彼にとって一番の本来の目的に関する事態が動き出した。
その日はいつも通り調整を行っている途中でいつもと色の違う鳥がペリドットの連絡用リングに止まった。
それを見たペリドットは、快楽に震える体を無理矢理起こし、その鳥が持っていた情報をその場で再生した。
『第五区画、『ヒナタ通り』のメッシーニ司祭管轄の教会だ。急げ』
「っ…行きましょう。ミスティラポロさん」
「そんな足が生まれたての小鹿みたいな状態で言われてもなぁ。無理すんの良くないって」
「っ!!お父さまが!!急げと言っているんです!!行きます!!」
ペリドットは何かに怯えるような表情で、震える脚を無視して立ち上がろうとしたが、体から独特の甘さが抜けていってくれず、倒れかけた。
「あっぶね!だから、無理すんなって」
「行かなきゃ…すぐ行かなきゃ、お父さまに…」
「…」
この三週間でミスティラポロには嫌でも理解できていることがある。
それは、ペリドットという存在は父親から、ある種の恐怖で支配されているということだ。
ミスティラポロがこうしてペリドットの体をしっかりと抱えていなければ、この子はまた自分自身の脚を傷つけてから無理矢理元の状態へ戻して、動けるようになろうとするに違いない。