捕食的な遊び
「ぁ…んっ」
「その状態って、どのくらいで治まんの?」
「ぁ…まだ、っにかいめなので…わからな…っ」
「二回目ってことは、仮契約のときもそうなったの?」
「はい…っ」
「それ、クオレさんには言った?」
「…っ」
恥ずかしさで返事ができなくなったのか、ペリドットはふるふると横に首を振った。レモンスカッシュゴールドのうねりのある髪が汗で額にはり付いている。
顔が赤くなるだけでなく、人間の発汗まで再現された機構。こんなところまで精巧に作られているのか、とミスティラポロはシャヘルの天才自動人形師としての腕に内心感嘆した。関係ないところに思考をむけていなければ、ペリドットに手を出してしまいそうだったというのもあるが。
「なんで?」
「だって…ぇ…」
今のこの子の声は婀娜を含んだ甘ったれた声にしか聞こえず、彼の表情はみるみるうちに人の悪いものへ変化していく。ペリドットはあっという間に蜜毒のような熱にひと吞みされてしまいそうな状況であるというのに、何もかもを懇願する相手が目の前のミスティラポロしかいない。
「(はー、いいなー、これ)…まぁ、言えないか。そんな誰から見ても恥ずかしい状態」
「ぅ…っ」
わざと冷たい言葉を選べば、この子の体は気持ちよさそうに軽く跳ねた。
ペリドットの視界からは、茶髪の前髪に隠れた向こう側から見えるミスティラポロの猫や狐のような目がぎらっと見下してきているのが見えて、背筋がざわざわとして気持ちいい。その射殺してきそうな視線で自らが喰らわれる側だと思い知らされているこの状況が駄目なことだと理解していながら、ずっと浸っていたい。
不可抗力とはいえ、この熱をもたらしたのは紛れもなく彼であるとこの子の体すべてが知っていたからだった。
「言っちまったらどんだけ軽蔑すんだろうな、あの人。ご自慢の『楽園シリーズ』の中でも、特にリディちゃんを俺にオススメしてきたってのにさぁ」
「ぃ、いわないで…っ…おとうさまには…っ」
この子はそんな風に言って、ミスティラポロのほうを見上げる。
彼はごくりと喉を鳴らした。
この子の声のトーンひとつ取っても、その言葉選びひとつ取っても、シャヘルに似たあのいけ好かなさがすべて取り払われて、今にも泣き出してしまいそうなペリドットの表情がたまらない。
「えー?内緒にしてほしいの?」
「…はい」
「でも、特殊鍵を差し込むとそうなるってことは、今後もその状態になるってことじゃん?耐えられんの?」
「たえます…たえますから…ぁっ」
ペリドットはきゅっとミスティラポロの服の裾を力なく握った。
「ふーん?(まぁ、こっちとしてはその方が面白いからいっか)」
「おねがいぃ…っ」
「じゃあ、一つ貸しね。このことは、クオレさんには言わないでおいてあげるから。今後一回は、どっかで俺の言うこと聞いてもらう。それでいい?」
「はいっ」
「ちゃんとお返事できて偉いなー。いいこいいこ(一日だけで、こんな面白いのを手放すのは惜しいもんな…)」
「ひゃぁあっ」
頭を撫でるふりをして首に手を這わせれば、ペリドットは甘く啼きながら体を震わせた。ミスティラポロはそれが面白くて、長い時間をかけて、冷たい言葉で意地悪を言っては服越しにこの子の体に触れて遊んだ。
ただし、決定的な刺激を与えるような箇所には触れずにおいておき、首や指と指の間、耳に唇、背中や腰のラインといった『この子の父親に文句を言われるか言われないかスレスレ』の部分のみを触る。二の腕を人差し指だけでなぞったときには、ペリドットは声を我慢することができず、ぽろぽろと泣きだしていた。思わぬところがこの子のツボだったので、彼は思わず笑ってしまった。
途中、シャヘルの飛ばしてきた連絡用リングの鳥がペリドットの連絡用リングに止まったが、この子が内容を確認できるような状態ではなかったため放置するしかなかった。
その体の熱が治まってくる頃には、ペリドットはぐったりしていて、肝心な行為はおろか、服もしっかりと着ているものの、まるで淫らなことをしたあとのような有様だった。
「ははっ、汗だくじゃん。あ、この部屋のシャワー使う?『お家のお風呂』じゃなくて」
鼻で笑うようにミスティラポロがそう言うと、正気に戻ったペリドットはキッと目に力を入れて「大丈夫です!」と起き上がろうとした。けれども、体を支えている腕は小刻みに震えている。
「ていうか、クオレさんから連絡きてっけど?いいの?長いこと返事してなかったけど」
「…」
ペリドットはミスティラポロには何も返事をせず、飛んできていた連絡用リングの鳥に触れる。その際、音声は再生させず、文字だけが浮かぶように設定して内容を確認した。
『昼の定時連絡を過ぎている。こちらは、アリス・リシアと国立治癒魔法魔術院院長と会食へ行ってくるが、お前の夕食は無いと思え』
「…」
シャヘルからの文面に、ペリドットは『はい』と返事をし、『報告は帰ってからします』とだけ付け加えた。
「どしたの?暗い顔して」
ペリドットは今一番負の感情を悟られたくない男に気遣われてしまった。それなのに、縋ってしまいそうな弱気が心の中に満ちた。
「いえ…定時連絡を過ぎていることを叱られただけです」
「定時連絡?」
「ええ。昼に一度連絡を入れることが約束でしたが、あなたが組んだ特殊鍵の術式があまりにきれいだったので…いえ、確認に夢中になって忘れてしまいました…」
「…ふーん」
組んだ術式を褒められるのは、まんざらでもない。ミスティラポロはにぃっと笑って、まだ汗だくのペリドットの頭を撫でた。この子の体に熱をもたらすような触り方でも、いたぶるような触り方でもない。
「…」
ペリドットは慣れてしまったのか、彼の大きな手を振り払いもしない。ただ、蜜毒のような熱が過ぎ去ったからか、心地よさそうに目を閉じてそれを受け入れている。
彼の大きな手にこの子は頭を微かに押しつけた。
また一つ、ミスティラポロの中に、シャヘルに対する優越が生まれた。
「やっぱシャワー使えば?汗だくだって」
「…いえ。大丈夫です」
ペリドットには父からの『誰にもその裸を見せてはならない』という言いつけがある。ミスティラポロの前で服を脱ぐ気は一切無いが、この部屋のシャワーを使うということは、間違ってその言いつけを破ることになりかねない。そのため仕方なく、体を黄緑色に発光させると、汗だくとなる前の姿へ戻した。
ちなみに、術式を組んだ特殊鍵はこの子の中にあるため、効果まで戻ってしまうということはなく、キチンと根を張っている。
「そんな能力があんのに帰って風呂入んの?」
「…お父さまもボクも潔癖症なんです。だから、一日何回か入らないと落ち着かないんです」
「…クオレさんはなんとなくわかるけど、リディちゃんも?」
「ボクは、すぐ汚れてしまうので」
ペリドットは目を伏せて、手袋に覆われた手を何度かさするような仕草をする。
それを見て、普段、ペリドットがあの工房でどんなふうに生活をしているのか、ミスティラポロは少しだけ気になった。
(本当に潔癖症だってんなら、この部屋にこんなラグだけ敷いて座るなんてことしないと思うけど)
「あの、調整は完了しています。『赤夜光』の欠片の探索、どうしますか?」
「そーね。せっかくだし、行ってみようか」
ミスティラポロがそう返事をすると、ペリドットは頷いてから連絡用リングでシャヘルへその旨を報告したようだった。
「行きましょう」