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欲望と願いは紙一重

「そうです。生存欲、金銭欲、ありとあらゆる切実な欲が溜まる場所に、『赤夜光』は姿を現しました」

「欲…欲、ねぇ。そうすると、性欲は?ユウガオ通りとか、めちゃくちゃそういうのいるし」

「個人的な感想ですが、ただ気晴らしで済む性欲などが集まるユウガオ通りは彼らの対象ではなかったのでしょうね」

「ふーん。そういうものかねー」

「その点、ノイネーティクルさんは『楽園シリーズ』のオーナーには打って付けなのかもしれません」

「え?なんで??」

「情報屋という職業を差し引いても、自身の私怨と興味だけでここへたどり着きましたからね。その目的や願いへの執着心は、逆に『赤夜光』が忌避することでしょう」

「褒めてんのかディスってんのかわかんねーな」

「ふふふ。お好きなように解釈してどうぞ」

「俺、ちょっとアンタのこと嫌いだわー」

「それはそれは、光栄です」


 まず間違いなく、シャヘルのほうもミスティラポロのことは嫌いな部類の人間だ。


「んで?こいつ…ペリドットの使い方は?」


 ミスティラポロはペリドットと正式に仮契約を交わしたというわけでもないのに、すでに自身の管轄物にしている気でいるらしく、その体を引き寄せる。

 ペリドットもシャヘルも、それに対して似たようなムッとした表情をした。こういうちょっとしたところに、作り手とその創作物の繋がりを感じさせる何かがあるようだ。


「せっかちですね。…『楽園シリーズ』には、『赤夜光』を閉じ込めるための結界を張るための周波数が出せる人工声帯を使っています。要は、結界を張る歌を歌わせるんです。『楽園シリーズ』は自分たちだけでも『赤夜光』と交戦することもできますが、結界を張るための歌を歌いながらとなるので、必然的に連携が取れるオーナーが必要になるんです」

「歌…(そういや、さっき俺を捕まえたときも、歌ってたか。本能みてーなもんかな)」

「それで、どうします?ペリドットの貸出期間は一ヶ月。それまでに『赤夜光』の欠片に接触し、一度は戦闘をする必要がありますが」

「『赤夜光』の欠片?」

「…ああ、言い忘れていました。現在、『赤夜光』の活動はヴェストさまのおかげで停止しています。正確には、『赤夜光』の母なる存在『死を喰らう太陽』という精霊が休眠状態になっているのですが…」

「休眠状態…倒せないってことは、捕獲することも難しそうだ」

「ええ。辛勝でしたよ。負傷したヴェストさまは、その体の七割を人工パーツで補うことになりました。そうした犠牲と引き換えに休眠させた『死を喰らう太陽』は、『赤夜光』の欠片を現在もこの国の各地へ振り撒いています。おそらく、休眠状態から脱するためのエネルギーを人間から摂取するためでしょう」

「つまり、『赤夜光』の目的は、人間に対して願いを叶えると持ち掛けて、人間から何かしらのエネルギーを奪うことにあって、親玉が休眠状態の現状でもそれは変わらない」

「そういうことです」

「今、俺がこの自動人形と仮契約をしてできることは、その休眠状態の親玉を起こさないために『赤夜光』の欠片を退治することってこと?」

「はい、そうなります」

「んじゃ、契約するわ」

「わかりました。では、こちらの誓約書をお読みください。仮契約はそのあとに行いましょう。よく読んでサインをおねがいします」


 ミスティラポロのあまりにも簡単な返事に、シャヘルは面白くない表情を浮かべている。それを気にすることもなく、ミスティラポロは渡された誓約書へ目を通した。

 誓約書を読み進めるにつれて、彼の中には引っかかる点がいくつか生まれていた。

 『楽園シリーズ』という自動人形が、人間とそう変わらない生態のようなものを持っていたからだ。それに、シャヘルの口ぶりからしてみても、まだまだ隠していることはあるはずだ。


 ペリドットは、何も言わずにシャヘルとミスティラポロを見比べていた。

 一ヶ月もすればすぐに返却される身だということはわかっているし、アリス・リシアとしばらく会えなくなることに関してもそれほど抵抗感はない。

 仮契約というものはそれほど重いものではないから。


「仮契約はこちらの銀色の鍵を使用します」


 シャヘルは小さな銀色の鍵を取り出し、ミスティラポロへと渡す。


「どう使うの、これ」

「魔力を込めてください。それを、ペリドットの左肘関節の内側にある穴へ差し込みます」


 シャヘルのそんな説明を聞きながら、ミスティラポロは手の中の鍵を何か確かめるようにしていじる。


「ふーん…ちなみに、本契約との違いは?」

「仮契約の場合、私とペリドットの本契約は保たれたままですが、本契約はそれが上書きされて譲渡という形になります。その場合は、この鍵とはまた別の鍵を自動人形の心臓部にある穴へ差し込みます」

「例えば、この銀の鍵をこいつの心臓部に差し込んだ場合はどうなんの?」


 ミスティラポロがへらっと笑う。


「どうともなりません。鍵にしても、穴にしても、それぞれ術式がまったく異なりますからね」

「へー」


 シャヘルは気付かなかったが、『術式』という単語を聞いたミスティラポロの目が一瞬細められた。


「もっとも、心臓部の穴はどの自動人形も『自分が選んだ人間』にしか見せません。貴方はペリドットには選ばれていませんから、本契約の真似事も無理でしょう」

「おーけーおーけー、りょうかーい」


 ミスティラポロは緩い返事をすると、ペリドットへと向き直った。ペリドットは袖をまくって左腕の球体関節の部分を差し出す。


「穴なんてなくない?」

「その関節に親指を押し当ててください」


 ミスティラポロがシャヘルの言う通りにペリドットの関節へ親指を押し付けると、その部分がくるりと半分だけ回転し、鍵穴が現れた。


「厳重に鍵穴を守ってるわけか」

「一応、国家機密でもありますからね。そう簡単にたくさん仮契約させるのもおかしいので」


 カシャン…


 ミスティラポロの魔力が込められた銀色の鍵が、音を立ててペリドットの左腕の中へと取り込まれていった。


「く…ぁっ」


 ペリドットは左腕から取り込まれた新しい魔力に、ぐらりと酩酊した。父親から定期的に送り込まれてくる魔力とは違い、体の中心がカッと熱くなるような、ぞくぞくとして、甘い…味わったことのない魔力だ。


「ペリドット」

「っ…はい、お父さま…っ」

「初めて別の魔力を取り込むことになったんだ。痛みを感じて当然だ。一度、部屋へ戻りなさい。その間に私はノイネーティクルさんと今後のお話をせねばならない」

「(痛み…?)はい…」


 シャヘルの言う痛みは一切感じられず、ペリドットは違和感を覚えながらも、私室へとその身を転送していく。


「は?今日から持ち帰れるわけじゃないの?」


 仮契約が終わればすぐにでも、『赤夜光』の欠片と接触する気でいたミスティラポロとしては不満でしかない。


「あの子に必要な情報や能力の最終調整をしてからお渡しします。三日後にいらしてください」

「三日もかかんの??」

「必要事項なので」

「…」

「では、これからペリドットをよろしくお願いしますね、ノイネーティクルさん」

「ああ」


 その日はシャヘルへ促されるまま、ミスティラポロも帰っていった。



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