契約の素質
「自動人形って、そいつ、自動人形なわけ?!」
「おや、気付いていませんでしたか。流石私が作っただけありますね。…おいで、ペリドット」
シャヘルはペリドットを手招きすると、自身の傍へ引き寄せると、ペリドットがつけている白い手袋を外した。
「ほんとに、自動人形だ…」
どこからどう見ても人間にしか見えなかったペリドットの手に、球体関節がある。ミスティラポロはしげしげとその部分を眺めた。
居心地悪そうに眉をひそめるペリドットは父を見上げた。相変わらず、何を考えているのかさっぱりだ。
そもそも、『楽園シリーズ』のことは、工房の人間でさえもシャヘルの身の回りの世話をしている人間だと認識されている節がある。それをわざとミスティラポロに話したということは、彼の要望を飲む気なのだろう。
だが、それは、シャヘルがミスティラポロのことを有用だと考えたからではなく、『暇つぶし』として認識したからだ。シャヘルにはそういう歪んだところがある。
そもそも、ミスティラポロのようなタイプをここまで泳がせていたのが逆に意外だ。
「こいつは…でも、もう動いてる。契約は、アンタにあるんだろう?」
「ええ。大元の契約は私が持っています。ですが、仮契約であれば、貴方もこの子と契約が出来ます」
「仮契約…」
「それに、ヴェストさまにお渡ししたハーゼよりも、ペリドットのほうがノイネーティクルさんの要望に一番近いかと思いますよ」
「それってどういうこと?」
「ヴェストさまのハーゼは、『獣シリーズ』の量産型に彼女の好みでアレンジを加えた素体に、本物の風の精霊を封入した実験機なのです。対し、私が直に契約を行っている『楽園シリーズ』には『赤夜光』を元にした人工精霊が封入してありますから」
シャヘルはさらりととんでもないことをミスティラポロへと打ち明けた。
「は?!?!こいつが『赤夜光』で動いてるって?!危険極まりないだろ、そんなん!!」
ジェリコの死の要因となった『赤夜光』を元にして動いている自動人形。それがどれだけ危険なモノであるのかは、『星見人の百合』が擁していた自動人形たちが乗っ取られたという事実だけでもわかる。
「大丈夫です。レプリカみたいなものですから。詳細は省きますが、『楽園シリーズ』に封入した『赤夜光』は、本来の精霊と同様、人間に協力してくれるように調整されています。人間に害など与えるわけもない。きっと貴方の望み通りに役立つことを保証しますよ」
シャヘルが話すことは、ペリドットも初めて聞く話だった。
そもそも、『赤夜光』なんて存在も知らなかったから、余計に驚くことではあった。ミスティラポロが『危険極まりない』と評するだけの存在が、体の中にある。
しかし、シャヘルはそれを安全だと言い切っている。おそらく、父の言う通りだろう。だからこそ、『保証する』とまで言葉にしたのだ。
「でもボク、姉さんの護衛の役割もあるのに…」
「ずっと貸し出すわけじゃないから、安心なさい。ペリドット」
「…ずっとじゃない?」
「ああ、必ず返却してもらうさ」
「それなら、いいや」
父の言うことは絶対なペリドットに、拒否権はあってもないようなものだ。
ペリドットはこちらを厳しい表情で見てくるミスティラポロの目を見ないようにした。『赤夜光』を危険視している彼は、先ほどのシャヘルの説明でおそらく、『楽園シリーズ』も危険視するようになったのだろう。
対抗手段の力として渡されるとしても、上手く関係性を築けていける気がしない。
(姉さんを貸し出したくないから、だろうな…この人に貸したら、姉さんが可哀想だ…なんかちょっとこの人、怖いし…)
キュッと、ペリドットは自分の右手で左手を握り込んだ。
「というわけで、ノイネーティクルさん。この子を一ヶ月貸出して相性を見ます。それから貴方に合った自動人形を『楽園シリーズ』の上の子たちから選出しましょう」
「『楽園シリーズ』の上の子たち…?」
「『楽園シリーズ』は計11体。『赤夜光』のレプリカを封入できたギリギリの数です。先に創作した自動人形ほど、『赤夜光』の能力に近い。11体目で末っ子のペリドットは、一番その能力を引き出すには不安定です。けれども、そのおかげで『楽園シリーズ』すべての能力を組み込むことが出来ました。性格も、他の兄弟たちと比べて契約主に対しておとなしい気質ですし、目を覆うような悪戯をするようなこともありません」
シャヘルは意外にも、ペリドットのことを褒めるような口調でミスティラポロへおすすめしていた。これから貸し出される身だというのに、ペリドットはおすすめされたことが嬉しくなって、にやけるのをどうにか抑え込む。
「説明を聞けば聞くほど、こいつが一番マシって聞こえてくるんだけど」
「ふふふ。ちなみに、『楽園シリーズ』にはすべて宝石に因んだ名前がつけてあります。男型は宝石そのものの名前をつけてありますが、女型にはアリス・レッドベリルやアリス・ゴーシェなど名前の頭にアリスとつけてあります。ご参考までに」
「…てことは、こいつ男型?(マジで?)」
「そうですよ」
「ふーん…」
ミスティラポロは何か言いたげにペリドットの全身を下から上まで眺めたが、創作主のシャヘルが断言するのだから間違いはないのだろうと納得したようだった。
「さて、すでに『楽園シリーズ』の上の子たちにはすべて話していたのですが、今回のことでペリドットにも説明する機会ができました。元々『楽園シリーズ』は私が手元に置いておきたい自動人形として創作したものです。しかし、『赤夜光』と『星見人の百合』の壊滅の件によって国から協力を請われ、『赤夜光』対処用に転用されることが決まりました。そのために急遽、私以外の契約者が必要となったのです。私は戦闘向きではありませんから。現状、自動人形一体に対して、一人、戦闘向きの騎士や戦士、魔術師などを必要としています。ですが、その選別が難航していて、なかなかオーナーになりうる人間がいない…自動人形側が気に入ったとしても、相手の素質が足りなければ意味がない」
「素質…?」
単なる人工精霊が封入してある自動人形なだけなら、一般人でも契約はできる。むしろ、この工房が売り出している量産型には特別な意味を持たせる必要がない。
「簡単に言えば、自力で、自らの願いを叶えることができる人間であるか否かです」
穏やかな口調はそのままに、シャヘルは『自力で、』の部分をあえて強調して言う。
「自力で…願いを?」
ミスティラポロにはいまいちピンと来なかった。
「三大大陸に一人は、精霊のいとし子と呼ばれる存在がいますよね?」
「あー…ちょっと古い考えの国の神殿とかで保護されてる聖女みたいな?」
国によっては、聖女と精霊のいとし子を分けて、宗教の宗派分けのようになっているところもあるのだが、そうした違いをミスティラポロへ解説するのもシャヘルは面倒だった。
「そうです。あの類の人間たちでは駄目なのです。何をしなくても精霊に願いを叶えてもらえる側の人間ですからね。精霊に願いを叶えてもらえるのが当たり前になっている。だからこそ、かえって『赤夜光』に取り込まれてしまう」
「『赤夜光』に取り込まれる…?」
「『赤夜光』は新種精霊です。誰かに出会ったとき、最初にその人間の願いを問います。人間は相手が精霊だと思って、安易に願いを吐露してしまいますよね?けれども、それこそが『赤夜光』の思うつぼなのです。彼らは、その願いを了承しますが、叶えたりなどしません。むしろ、状況を悪化させるのです。そして、その果てに人間が絶望したところで、その体を乗っ取る。もしくは、取り込んで力にしようとするのです。あの当時、『赤夜光』に魅入られた人間たちの様子がおかしかったのは、自身の願いが叶うと思い込む、一種の催眠状態に陥っていたからだと推察されます。あのとき、『赤夜光』の被害に一番遭った場所がどこだか知っていますか?」
「…教会の懺悔室、あと、スラム街」
ミスティラポロの親友であるジェリコは、メリッサの死から度々教会へ通っていた。そこを、『赤夜光』に付け込まれた。そう考えれば辻褄は合う。