表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/97

対の薔薇


「姉さんは、今日もお使いかー…」


 ペリドットは少年特有の好奇心などを滲ませた声音で大きく独り言を発した。この居室は『人形の微睡』の地下の一角にあり、ここまでやって来るのは創作主であり、父であるシャヘル以外にいない。

 ここはペリドットの『仕事部屋』だ。

 窓のないここの内装は、出入り口のある壁を含んだ三方の壁が真っ白で、置いてある家具はペリドットが眠るためのベッドと、物書き机と椅子。


 それから、奥の壁には、何か白く発光する大樹の幹のようなものが生えていた。


 これは、合法的に複製された世界樹の一部で、王族貴族の息子や娘たちの教育の際に教科書や講師代わりに使われる。

 数学、生物、物理、古代言語、世界各国の主だった法律、資産運用管理、サバイバル術、など基礎的なモノからバラエティに富んだモノまで多岐にわたって学ぶことができる。


 つまり、ペリドットの仕事、とは勉学に励むことであった。

 日夜この世界樹の幹の洞へ入りこむと、そこから様々な情報を収集する。それがペリドットの日常だった。


 本来、シャヘルがペリドットへ課したはずの役割とは、ペリドットの姉…アリス・リシアの護衛だったはずだが、それを後回しにしても、あらゆる分野の学問を学ばせる必要が出てきたらしい。

 ペリドットがアリス・リシアに初めて会うことができたのは、人工声帯からの発声が安定してからのことで、それからは不定期に面会している。

 実際、彼女とはそれほど会うことはない。それは、他の『楽園シリーズ』についても同様のことだった。アリス・リシアとの稀な面会の機会には、護衛の役割なども関係なく、ただ彼女のお茶の時間に付き合い、『対の弟』としての役割を全うする。


 アリス・リシアは、シャヘルが『最高傑作』だと称賛するだけある可愛らしい自動人形だった。

 腰まで伸びたミルキーピンクカラーの髪を薔薇飾りのついたカチューシャで飾り、色白でうっすら桃に色づいた頬、子猫のようなまん丸の目に、ぷくりとした唇。

 ペリドットからしてみれば、当初そんな彼女のどの辺りが『対の姉』だと設定されているのか、わからなかった。

 その疑問を解消するに至ったのは、アリス・リシアの言葉に他ならない。


『あ!ペリドットも瞳孔が薔薇なんだね!!』


 顔を覗き込んできた姉の一言で、ペリドットは自身の瞳の瞳孔が薔薇のようであることを知った。

 アリス・リシアの瞳は宝石のクンツァイトのようで、瞳孔は真紅の薔薇が浮かんでいるようにも見えた。

 その際の、身長152センチとやや小柄の彼女が、174センチのペリドットを見上げてくる一生懸命な様子は言葉にできないほどで、胸が苦しくなるくらい愛くるしかった。

 おまけに、ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにしてペリドットへよじ登ろうとするのだから、毎日のように同じような感覚で接せられているだろうシャヘルが、どれだけ彼女のことを可愛くてたまらないと思っているのかもわかる。


 また、『対』を表しているのは瞳だけではない。彼女に着せられた白を基調としたドレスに黒いレースがアクセントに使われている点だ。

 白いドレスの胸元が下品に膨らんで見えないよう、黒いレースによる色覚効果でボリューム感よりもすっきりとさせているわけだ。

 ペリドットの胸部は平原になだらかな丘があるかないかくらいの膨らみ方をしているが、アリス・リシアの胸部は登山初心者でも気負わずに登頂できるくらいの山のような親しみやすい膨らみ方をしている。

 それをさらに魅力的に見せようとしてのドレスへの工夫であるらしい。


 ちなみに、そこにシャヘルの趣味が関係あるのかは謎だが、彼の創作する自動人形には、目に見えて巨乳という部類は存在しない。

 というのも、衣装も込みで彼の作品であるからだ。

 美しく見えることこそが第一なわけだ。


「人間の兄弟もこんなに会えないものなのかな?」


 自動人形とはいえ、せっかく『対』の『姉弟』という設定がされているわけだから、寂しさというモノを感じる。

 そもそも、ペリドットの『設定』はシャヘルが設定したものであるため、アリス・リシアやシャヘルに愛情や依存を持つようになっている。そのほうが、アリス・リシアの護衛としての役割やシャヘルの命令を忠実にこなせるからだ。

 ところが、そうしたシャヘルの当初の思惑とは大きく外れたところで、彼はペリドットにこの世界のありとあらゆる情報を収集蓄積、学習させているのである。


『どうしてボクは、姉さんを守るよりも、お勉強をすることが最優先なのでしょう?』

『お前には、私の考えていることの一割でも理解してもらわなければ困るからだ。私が死ぬまでに計画している人形創作はすべて終えてしまいたい。そのためだ』

『お父さまを…理解する…?』

『その顔を見るに、まだまだわかっていないようだな』

『ごめんなさい…』

『愚息め。お前にはこの工房を出て契約主であるオーナーを持つことなど、不可能だろうな』

『…』


 ペリドットはシャヘルから、口ではかなり辛辣なことを言われている。しかし、そういうときのシャヘルは決まって憐れみめいた視線でペリドットを眺めて、優しく頭を撫でてくる。

 父の行動が余りにもちぐはぐで、ペリドットはいつも混乱する。

 どういう反応を返すのが正解なのかすらわからない。


 おそらく、シャヘルからの、アリス・リシアにかけられている愛情と、自身にかけられている愛情めいた何かは、まったく違うベクトルでできているに違いない。

 愛されていないようで、愛されているようでもある。

 この不快感や安定しない気持ちをどんな風に表現したらいいのか、まったくわからない。


 聞くことも憚られるし、第一、そんなことをすればシャヘルの機嫌が悪くなる。


「オーナー…契約主か…。持つことが不可能なら、ボクには必要ないな。姉さんはオーナーが欲しいみたいだけど…」


 シャヘルの創作した『楽園シリーズ』という自動人形たちはすべて、シャヘルと特殊な大元の契約がされている。

 だが、彼はあえて世間一般の誰かに、『楽園シリーズ』の貸出や譲渡をしても構わない、というスタンスだ。厳しい審査や契約書や代価などがあるために、これまで誰もそれが叶った人間はいないというだけで。


『聞いてよ、ペリドットォオオオオオ!!!シャヘルったら酷いのぉおおおお!!リチェ、あのオーナー候補さん気に入ってたのにぃいいいい!!!』


 そうやってアリス・リシアが数回ほど愚痴を言ってきたので、おそらく、シャヘルは姉を貸出や譲渡するつもりはないらしいと察せられた。

 なお、リチェ、とはアリス・リシアが自身に付けた愛称である。

 彼女はどういうわけか、シャヘルのことを父親だと認識する意識が希薄で彼を呼び捨てにしている。


「…集中できないし…休憩しようかな」


 そう思って、木の洞の淵に手をかけた時だった。


「ペリドット」


 相手が誰だかはすぐにわかる。

 この部屋に入ってくる人間は一人しかいない。


「はい、お父さま」


 すぐにペリドットはシャヘルの前へ出ると、返事をした。

 自室に籠りっぱなしであったため、ペリドットは気だるげに髪や衣装を崩している状態だ。それも慌てて整える。


「気を抜きすぎじゃないか?『ユウガオ通り』で女性でも引っ掛けてそうな恰好をして…」

「すいません。何かありましたか?」


 案の定怒られたので、素早く謝罪してから用件を聞く。

 こういうのはもう、慣れっこだ。


「『来客』だ。お前がまだ感知していないということは、網かけのない箇所からの侵入か。もしくは、アクアマリンかアリス・レッドベリルの管轄で抜けが生じたか…」

「え?アクア兄さまとレッド姉さまは管轄に不在なのですか?」

「ああ。ほんの数分とはいえ、新聞記者の『案内役』を頼んだせいだろうな。ちょうどいい。お前の性能チェックも最近は行っていなかったな?」

「はい」

「『来客』が『胡蝶の夢』に近づきそうなら、丁重にもてなして連れてきてもらいたい」

「近づかなかったら?」

「職人たちにでも頼んで、騎士団や自警団の人間を連れてきてもらってくれ」

「…わかりました。行ってまいります」


 返事をしたあとお辞儀をすると、ペリドットの体はどろりと溶けるようにしてライムグリーンカラーの光体へと変化し、その場所から消えた。

 ペリドットはその身にいくつもの術式が込められている。そのうちの一つが、目的地までその身を転送する術式なのだが、結界侵入感知の術式と組み合わせればまず間違いなく侵入者の真ん前へ出るはずである。


(今回は、アリス・ゴーシェとヘリオドールの能力を元に複合してペリドットへ組み込んだ部分が、どう作用するかを重点的に観察するか…)


 一部の例外を除き、この人形工房には結界を駆使した監視装置を張り巡らしてある。シャヘルはペリドットの性能チェックを行うために、作業部屋も兼ねている自室へと戻った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ