自動人形工房『人形の微睡』
サガ・クオレの自動人形工房『静の森』…だった跡地。そのあとには、息子のシャヘル・クオレが新たな自動人形工房『人形の微睡』が大きく鎮座している。
建築資材に使用されているのは、釉薬で装飾されたレンガでもなければ、赤いレンガでもない。この工房独自の、青いレンガだ。
『静の森』だった頃よりも、規模は三倍となっていて、シャヘルがどれだけその手腕を振るったのかが明確だ。
若き天才としてもてはやされている彼は、最高の頂に到達する寸前まで来ている。しかし、彼の望む頂にはまだほど遠く長い道のりなのだ。
「ええ。来月には新作の自動人形を発表いたします。今回も、我が自動人形工房『人形の微睡』のブランドに恥じない作品であることをお約束します」
サガが行っていた事業の大半は一般的な職人たちに任せられていて、シャヘル自身は天才自動人形師としてそのブランド名を高めるために次々と新作の自動人形を発表中だ。
今この時間は、応接室で、王都でも有名な新聞社から取材の仕事を受けている。
「実に楽しみです。クオレ一族の創り出す自動人形と人間の違いは今や、球体関節があるかないかくらいの違いしかない。いや、あえて球体関節という違いを残されているのか…御父上の件もある」
記者のその発言がいかに醜悪なものであるかは、シャヘル自身がよくわかっていることだ。それを彼が態度や言葉に出した時点で、どれだけ面白おかしく書かれることか。
ゆえに、それに対しては、淡々と「それをどう取るかは、顧客の自由です」と返す。
「だが、シャヘルさん自身は故人やすでに存在する人間に似せた自動人形は創作しないという方針を明確にしていらっしゃる。一部の顧客にはその方針について嘆いている者も多い」
「俳優業や人気の高級娼婦などの職に就いている人間たちを模した自動人形を望むことなら、まだ目的がはっきりとしていそうな分、人間心理としては当然のことなのかもしれませんね」
「でしたら…!」
シャヘルの同調したような口ぶりに、記者が目を輝かせた。そんな記者を、シャヘルは腹の底でひたすら軽蔑した。
「問題は、王族貴族の人間に似せた自動人形を望む、極めて犯罪めいた要望があったことにあります」
「…」
王族貴族の存在をちらつかせば、記者は途端に黙った。けれども、そんなことは気にせずに話を進める。
「もし仮にその者の要望を飲んで自動人形を創作すれば、どうなるか。不敬罪になるだけではなく、要望主がその人形と実在の人間をすり替えて誘拐したり、また、実在の人間が行いもしないようなことを自動人形に行わせることも可能になってしまう。自動人形が行ったことで、モデルとなった人間の持っているモノすべてが台無しにされてしまう可能性しかないのです」
「それは…」
「信用や信頼の問題だけでなく、人間としての生活の安全性を保証するためには、絶対に誰かに似せた自動人形は創作してはならない。それが、私、シャヘル・クオレの絶対的方針です」
「…わかりました。では、あの、子どもの自動人形についてお聞きしてもよいでしょうか?あなたは確か、自身が所有している一体と、国王の公式愛妾であるティルトさまが所有されている一体のみで子どもの自動人形創作は打ち切りとする方針も発表されていました。その件に関して、不公平だ、という声も上がっていましたが、どうお考えですか?」
「まず、私自身が所有している一体は、習作に他なりません。それは、作品にはなりえますが、商品にはなりえない自動人形です。また、王命によってティルトさまに献上いたしました一体につきましては、あの御方がお子を亡くされた失意により、死を選ぼうとなさったからです。それを不公平だとおっしゃる人々は、私に、国王陛下の命令に背いて死ねと言っているということでしょうか?」
シャヘルは穏やかな口調を崩しはしないものの、態度としては『そんなこともわかりませんか?』と記者への嘲りを隠そうともしない。
かつて理知的な少女のようであった彼の美貌は、青年期となってはメリットもデメリットも享受せねばならなかった。
穏やかに見られる分、舐められやすいのだ。
だからこそ、彼は事実を淡々と強調して語る癖がついた。ついでに権力を大いに利用することも忘れていない。
「それは…仮に、王命で子どもの自動人形を一般にも創作して販売しろと言われた場合は…」
「そんな話していましたか?言っておきますが、国王陛下も、王族貴族の方々も、私の方針についてはきちんとご説明しておりますよ。子どもの自動人形というのは、とても、犯罪の温床になりやすいのです。例えば、その子どもの自動人形が偶然、どこかの貴い身分の男性とどこかの中流階級の女性との子どもに見えなくもない容貌をしていたらどうなると思います?それを使って、何かしらひと騒動起こそうとする者が出てくる。それが人間という生き物の業ですよ」
「…」
「貴方は私の仕事に敬意を持ってくださってこの取材を行ってくれているわけではなさそうです。非常に不愉快です。今後、正式に新聞社へ抗議を申し入れたいと思います」
「え?!あの…」
「お帰りください」
シャヘルがそう言うと、応接室のドアが開き、そこから大きなシルクハットを被った男性と長い錫杖を持った女性が現れた。
「「出口までご案内いたしましょう」」
男女はそう言って、記者の両腕をそれぞれ掴むと、外へと放り出すためにそこから出て行くのだった。
「まったく…宣伝にもなりやしない…」
シャヘルは応接室を出ると、工房の奥のほうへと歩き出した。