『登竜門』から出禁をくらった男
「ほんと、強情。いや、真面目なのか。16の頃から変わんないねぇ」
ミスティラポロが、彼の師匠にあたる人物や親友のジェリコと共にこの娼館に初めて客としてやって来たのは、16歳の頃だ。ただ、別にサリスが彼の最初の相手をしたわけではない。
彼女はその頃にはすでに、今のような情報の仲介業者まがいのことを始めており、ミスティラポロの師匠に当たる人物と会談するためにその担当となっていた。
残る弟子二人にはどんな娼婦を付けようか、と、見た目の印象から管理者が采配した。この娼館で『登竜門』というあだ名が付いていた中堅の娼婦がやんちゃそうなミスティラポロに付き、純情そうなジェリコにはのちに彼自身が身請けすることになる少女期のメリッサが付いた。
ミスティラポロの最初の相手となった娼婦が何の『登竜門』であったのかは、特筆するようなことでもないので伏せておく。
ジェリコとメリッサのほうは特に問題らしい問題は起きず、むしろ、結果的に惹かれ合う何かがあったらしくそこから交流が始まった。
対する、ミスティラポロは『登竜門』を先にへばらせて気絶させたが、彼はそのことに気付かず、彼自身の気の済むまでそのまま行為を続行した。翌日の退館時にそのことが発覚して娼館全体をざわつかせ、さらには所属している娼婦の大半をドン引きさせた。
この、事件にもならない事件に、ミスティラポロとジェリコの師匠は腹を抱えて爆笑していたが、ジェリコはちょっと引いていた。
これ以後、ミスティラポロはこの王都ラブロの一部で『あの『登竜門』から出禁をくらった男』という通り名で呼ばれている。本人は『青と糖蜜』から出禁をくらったわけではないので、まったく気にしていない。
ミスティラポロはそれから二週間に一回程度の頻度で『青と糖蜜』にやって来るようになった。彼はその流れでこの娼館のすべての娼婦を一周して、ここではサリスとの相性がベストであると気付いたようだった。
彼女としては、いい迷惑だ。できることなら、他の常連のように情報だけ仕入れたらさっさと帰ってほしい。
「まぁ、あの人形工房に行きついたってことは、国全体が関与してるってことくらいあの子も……ああ、そういうことか」
何かに思い至って起き上がったサリスは、ベッドサイドに置いていた連絡用リングに魔力を込めた。
「答え合わせついでに抱いてくの、やめなぁ?こっちは再来月には引退する身なんだから」
リングのモチーフである鳥から、ふわりと青色の光体が浮かび上がり飛んでいった。この程度のメッセージなら、万が一他の人間に見られても支障のあるような情報は入っていない。
しばらくすると、黄色の光体がサリスのリングに戻ってきた。いや、戻ってきたというよりは、ミスティラポロから返事があったということだ。
『気付いてたー?だって、昨日『桃の素肌』から出禁くらっちゃったんだもーん。てか、姐さん引退すんの?!俺これからどーすりゃいいの?!』
「『桃の素肌』?!アンタ、あそこは淫魔やハーフばっかのとこじゃないか!!何すりゃ出禁になるわけ?!どーすりゃいいのって知らんわ!『桃の素肌』で駄目だったんなら、相性の合う女を彼女にするか、アンタ自身が加減を覚えるかくらいおし!!」
淫魔やそのハーフでダメなら、最早そんな相手いないに等しい上、彼自身が加減を覚えることなど無理であろうことは、サリスにももちろんわかっている。
彼女は連絡用リングに叫び倒すと、痛む頭を押さえた。
「てか、昨日ってことは、アタシんとこに来る前に出禁になったってことか…??んんん??いや、ほんと、あの子何してんの…?!」
理解が追い付かない。
『なんかねー。お金はあってもあんまりご飯になってくれないお客は必要ないんだってさー。途中で何人か空腹でへばっちまって、『こっちは早撃ちマシンガン男子相手の商売なんだよ!!』とか『たいしてご飯くれないってどういうこと?!淫魔のプライドが傷ついたー!!』とか、滅茶苦茶に怒られて出禁だよ。ていうか、姐さん薄情ー。冷たーい。こっちは、たまに彼女って存在ができても『ついてけない!!いい加減にしてよ!!』ってすぐ逃げられるんだから、加減覚えるも何もないよ!!』
「…アンタ、一回、『対淫魔拷問特化』のスキルとか持ってないかどうか調べてもらった方がいいよ。冗談だけど」
ニマエヴの世界において、女性型淫魔のご飯といえば、男性の精である。それがあまり得られない、ということは彼の一回戦分と、それに付き合わされる淫魔たちの体力や彼女たちに支払う金銭などと天秤にかけても、まったく割に合っていない、ということだ。
サリスはスキルを冗談として引き合いに出したが、正直なところ、種族のほうを疑ったほうが早いような有様だ。
『てか、こんなにリングで話すくらいなら、朝までいればよかったー』
「…おやすみー」
『ええええええ?!そっちから話しかけてきたくせに!!』
お前はめんどくさい彼女か。と、連絡用リングには通さずにツッコミを入れて改めてベッドへ横になる。
このくらいの距離感がちょうどいいわけで、これ以上の甘えは許してはならない。
もうすぐ、この商売を辞めて『某高貴な御方』の元へ再就職する身としては、尚更。
別に婚姻関係になるとか、そういうわけではなく、彼女自身のスキルを活かした仕事になるわけだが。
彼女の『特殊ダメージ譲渡』のレアスキル。そのダメージの譲渡先はどこになるのか、という話にもつながってくる。ただ一つ言えることは、彼女のスキルは誰かへの拷問に使うことも可能だ、ということだけ。
「相手は、国を傘にしてる…気を付けなぁ…」
これもまた連絡用リングには通さない。
ただの独り言だ。
すでに欲しい事実の欠片を手にしているのだ。
再来月までに彼がサリスの元にやって来るかどうかはわからない。
ただ、あの年下の青年が、本懐を遂げることだけは願ってやることにした。