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ユウガオ通り


 三大大陸共通暦313年、紫の月も半ば。夏の猛暑が過ぎ去り、夜間にも涼しさが混じり始めた頃のこと。


 2番街と3番街を繋ぐ道の一つに『ユウガオ通り』という名の大通りがある。


 アギオラブロでは、この『ユウガオ通り』以外の大通りにはすべて昼や太陽にちなんだ名前が付けられている。ユウガオは、夕方から夜にかけて咲いて朝にはしぼむ花のこと。

 それがこの国では何を示すのかと言えば、早い話が、娼館込みの夜の街。

 白昼の大陸にあるいくつかの国も、だいたいこの法則で大通りや街の名前が決まっている。現地民だけでなく、この大陸にやって来る冒険者や商人たちにも常識化した通例だ。


 そんなユウガオ通りの中でも2番街近くに位置している娼館『青と糖蜜』。


 その豪奢な館内でも、比較的奥まった部屋。すでに客たちは今晩の相手と深い眠りに落ちている時刻だが、その部屋からは繁殖期の雌鹿よりも激しい女の嬌声が響いていた。

 それは最初、甲高いものであったのに、やがて何もかも堪えきれないといった様子で低いものとなり…

 しばらくするとひときわ大きく啼いてぱたりと聞こえなくなった。


 声の主である女性は、この娼館では最年長のサリスという娼婦だ。一番人気、というよりは通な常連客が好んで指名するようなタイプだった。その出自はアギオラブロより遠方に位置する国の貴族であったらしいとの噂があり、高度な教育がなされていた節もある。その上、話術も巧みときた。

 サリスを指名する客たちは、彼女と娼館で当たり前の行為をするよりも、何かしらの話題や情報はないかと会談することを目的としていた。


 今晩のサリスの乱れ様は珍しいことで、彼女をこんな状態にできるのは本命客である『某高貴な御方』と、それに加えてもう一人、の合計二人。


 ただ、彼女の今晩の相手が『某高貴な御方』である可能性は低い。その人物は日程を合わせなければ、わざわざこんな所にまで足を運ばないし、むしろ、サリスがその人物の元へ行くのがいつものことだ。

 そういうわけで、確実に今晩の相手が誰であるのかは絞られる。


「はぁ…っ…ああああ、疲れた!!アンタほんとねちっこいねぇ!!気持ちいいからいいけどもさぁ。普通の女なら失神して明後日の夜まで起きやしないよ!!」


 文句を言いつつ、ベッドの上で気だるそうに息をしながら、サリスは身体にシーツを巻きつける。出るところはしっかりと出ていて熟しきった身体のラインは非常に扇情的だ。しかし、その相手は淡々とした風情で「そりゃどうもー」と返した。

 声質にやんちゃな雰囲気が混じっているためか、素っ気ない態度もどこか許せてしまう。

 だが、散々彼の相手をしていたサリスは、ほとほと疲れていたのか、さらに文句を重ねた。


「もぉおおお!!アンタ、テクと持久力はあんだからさぁ。もっと他の女に貪欲でも罰は当たんないよ?というか、そうしておくんな!!」


 一見、娼婦特有の賛辞かとも取れる発言だが、サリスは本当に心の底からそう思っていた。


 サリスの相手である青年は、「俺、今それどころじゃないって知ってんでしょー、姐さん」と、その横に全裸でごろりと横になる。それがだらしなく見えないのは、彼の身体ががっちりと鍛えられていて筋肉美があるからだろう。

 身長179センチが持つがっしり詰まった筋肉分の重みで、ベッドが勢いよく沈む。その反動で、サリスの軽い身体が少しバウンドした。

 彼女はそれに対して、イラっとした様子を隠しもしない。


「はいはい。ジェリコの件をまーだ追ってんだからね、この子は!!今日アタシんとこに来たのだって発散半分、情報集め半分みたいなもんだ」


 サリスにとって、今晩の相手であるこの年下の青年は、身体の付き合いさえなければ、普通に友人になってほしいポジションの存在だった。

 というか、彼女の心は『某高貴な御方』専用なので、その辺りの線引きだ。おまけに、その『某高貴な御方』が、この青年が客としてサリスの元を訪れたことを知れば、おそらく無駄に張り合うことになるだろう。そうすると、一週間はこの仕事場には戻って来ることができない。そういった点でも、この青年との身体の付き合いはネックなのだった。

 サリスにはサリスの事情がある。


「んー。だってさー、姐さんは『特殊ダメージ譲渡』のレアスキルと『耐久』スキルで一応俺に合わせられるじゃん?あと、姐さんなら変な病気もらってこないって信頼があるし?」

「アンタ、それ他の娼婦なら侮辱だからね???というか、女の子にも言っちゃいけないよ」

「ごめんって」


 彼女がなんだかんだ許しているのは、彼が一部の女性から見ると可愛い部類の見てくれであることも理由としては大きい。


 この男、鼻は高く、口元や顎までのラインはとても美しい横顔の部類に入るし、それだけでモテる要素はあると言える。おまけに今、茶色の前髪越しに彼女へ寄こしている視線の目元は切れ長で、一重に見える奥二重で眼光鋭い。光彩の色は金色にも見えるレモンイエロー。瞳孔は猫のものに似ていて、色は濃いアクアブルーだ。


 サリスとしては、この陽気で態度の軽い青年が、『女性からモテるであろうに、そうではない』理由は、言わなくていいことを言ってしまうデリカシーの無さに尽きるのだろうと思っている。


 また、にぃっと笑う口元が狐を思わせるのが胡散臭さをプラスしているので、そういったところもモテない…というか、危機管理能力のある女性なら、まず近づかない危うさを持っているのは確かなわけだ。


 だが、本人にそれを言うと、三週間くらい落ち込むのだから面白い。中身は一応純朴というか、繊細というか、そういう面がある。

 この青年は非常にめんどくさい部類の年下の男だ。

 何より、サリスからしてみれば、基本的にすべての年下の男がめんどくさい。


「はー、まぁいいわ。それで、今回は私が渡した中に、めぼしい情報はあったかい?」


 この確認は、本当なら昨日の晩に『行為』が始まる前に聞いておきたかったことなのだが、結局日付を跨いで今日になってしまった。


「全然。まったくって感じ」


 しょんぼりする様子は、まるで叱られた大型犬のようだ。

 けれども、サリスは彼がわざとしょんぼりして見せていることに気付いているため、呆れた様子を隠そうともしない。


「だろうね…けど、この三年でわかったろう?おそらくアンタの探しているような情報の持ち主は、ここを利用するようなお貴族さまたちやお金持ちとは無関係ってことさ」

「…ほかの娼館からの情報も無しなわけ?」

「そうだねぇ…」

「そっかー…」


 青年は納得しきれない様子で、床に脱ぎ散らかした服を拾って着始めた。

 今日は日が昇るのを待たずに帰宅するらしい。

 サリスはベッドからは起き上がらず、その背中に声をかけた。


「なぁ、ラポロ。悪いことは言わない。早くジェリコの件は忘れて、また前みたいな生活に戻るか、もしくは、真っ当に生きてみたらどうだい?」

「…」


 わかっていたことだが、ラポロ…ミスティラポロからの返事はなかった。

 彼は服を着終えると、今晩分の代金に上乗せしたものと、情報料の代金をサイドボードへ置き、片手をひらひら振って、部屋から出て行った。



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