父以上の理解者
年も近いし、やはり見合いでは?
そんな疑問がまたも沸いたが、シャヘルは考えないようにして、彼女に挨拶を返す。
けれども、しばらく談笑していてわかったことだが、サガの狙いはどうやらシャヘルとアリスではなく、ミッテンのほうを引き合わせるためであったらしい。
このミッテンという男は治癒術師のローブを着ていることからもわかるとおり、国立治癒魔法魔術院で研究を行っている人物だった。
「え?国立治癒魔法魔術院で、魔術回路を研究しているんですか?」
「そうだよ。人間の魔術回路の欠損やそれに対する複製、魔素や魔力が魔術回路へ及ぼす影響…我々生物が生きていく上で魔術回路は大きな意味を持っているからね。君もそれがわかっているからこそ、自動人形に組み込む魔術回路を研究している。違うかね?」
「いえ、違いません。スキルを駆使しなければ可視化できないものにこそ、意味があるのだと思います」
それを皮切りに、シャヘルとミッテンの会話が議論に変化した。二人だけが白熱するので、シャヘルの両親とアリスは置いてきぼりをくらう形になった。
「そもそも、3回目の異世界転生者であり、今日の治癒魔法魔術学を構築したコウカ・クルムスは、その前世の知識で以てこの世界での人間を含む生物を救おうとした。だが、この世界における生物は彼の前世での生物学では説明できない構造で、彼はその壁にぶち当たることになった。異世界転生者やギフト持ちでも、解明できなかったもの。それが魔術回路だ。私は、この魔術回路という存在は単体で生存可能なのではないかという仮説を立てているのだが…」
「ミッテン先生!僕は今、『胡蝶シリーズ』に使われていた疑似魔術回路について調査研究をしているのですが、その過程で先生のおっしゃっている仮説の裏付けのような事象を…」
「アリスさん、これはしばらく止まりそうもありません。私どもと一緒に外で食事でもいかがでしょうか」
「ええ。そういたします」
チェリスに誘われたアリスは頷いて立ち上がる。
「シャフラワースさん、ちょっと娘さんと食事へ行ってきますね」
「!ああ、すいません、クオレさん。是非!そうしてください」
是非、を強調されて言われてしまったサガは、妻とアリスと共に応接室を出て行った。とはいえ、サガの目論見通りではあったようで、彼の表情は笑みで満ちていた。
三人が二人の元へ帰ってくる頃には、シャヘルとミッテンの論議も収まっているだろうと思われたが、そんな予想は簡単に覆された。
「お父さま、まだシャヘルさんとお話しているわ…」
アリスは困ったような表情でシャヘルの両親を見やった。サガもチェリスも、ここまで二人が意気投合するとは思っていなかった。
どうにか二人の会話を中断させた三人だったが、帰る間際にシャヘルとミッテンは連絡先を交換していた。
「これ、僕の連絡用リングです」
「わかった。ありがとう」
シャヘルの右中指には鳥のモチーフが刻印された指輪がはめられている。この指輪の情報をミッテンの右中指にはめられている指輪へ登録すると、互いにメッセージを届けたいときに鳥のモチーフが実体化してそれを伝えてくれる。
相当な下流階級でなければ、だいたいの人間が持っている魔道具だ。
上流階級や騎士団、魔法と魔術に長けた人間たちには現在、リアルタイムの映像を相手に送ることが出来る指輪が流通している。中流から下流階級へ流通するのもそれほど年数はかからないだろう。
これ以後、シャヘル・クオレはミッテン・シャフラワースとの交流を持つ。また、人形創作の仕事の傍ら、ミッテンの元で治癒魔法や魔術を学ぶことになる。
人間の形、と書いて人形。
それゆえに、シャヘルにとって治癒魔法魔術とは、彼の人形創作にとって大きな意味があった。
この出会いからおよそ二年後。
三大大陸共通暦301年。シャヘル・クオレ15歳。
14歳の頃から急激に伸び始めた身長は178センチを超えていた。まだまだ伸びる気配があり、手足だけでなく、内臓や背骨までが軋んで彼に痛みを与える。
少女を思わせたアルトボイスは、声変わりによって耳に心地よいテノールへと変化しており、そこに加えて物腰柔らかな雰囲気が同年代の少女だけでなく、年上の女性までも魅了する。
クオレ家の天才自動人形師という肩書も、シャヘルの女性人気を裏打ちしていたが、ここに加えて彼は更なる肩書を得ようとしていた。
「治癒術師試験、合格おめでとう」
「ありがとうございます、ミッテン先生!」
彼はスキル持ち術師も、膨大な魔力持ちの術師も臨む難関試験を比較的年少でパスした。
シャヘルには関係のないことだが、治癒術師試験合格最年少は10歳。この年齢を越えると治癒術師の仕事に差し支えることのほうが多い。そのため、10歳以下の子どもは受けられない試験となっている。
比較的年少での合格とは言え、シャヘルよりも年下で合格している者は数人いたため、やっかみを受けることは一切無かった。むしろ、スキル持ちではない彼がその知識とミッテンの元での経験のみで合格したという点では尊敬を受けることになった。
「だが、私はこれから君が人形創作のみに邁進していくことが残念でならないよ。君は治癒術師としても、充分やっていける。引く手あまただろうに」
「治癒術師の資格は、一定の基準として持っていたかっただけなので…でも、ミッテン先生との研究は続けていきますよ。『例の件』のこともありますし…」
「確かに。『例の件』か…」
治癒術師のローブに身を包んだシャヘルは蜂蜜や砂糖をたくさん煮詰めたような甘い笑みを浮かべている。だが、その甘い笑みにはどこか猛毒を秘めたような危うさがあった。
ミッテンはこの二年で、彼がどれだけ危険な存在であるのかに気付いていた。
気付いてはいたが、一切止めることは無かった。シャヘルのしようとしていることが、自身のしようとしていることに大きく関わっていたからだ。
「同じ穴に住む狢ってやつですかね」
「我々は…蛇だろうがな…」
「確かに、ぴったりかもしれません」
父親以上にミッテンは、シャヘルにとってこれ以上ない理解者だった。