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『死を喰らう太陽』


 その声は、モルフェームの声とそっくりだった。

 シャヘルとしてはこの少女自動人形に対してさほど興味を持てなくなってしまい、この色彩からイメージも湧かなかったため、使用した人工声帯から発される声は、モルフェームの今の声とそっくりにしておいた。


「えっと、モルフェームです。願いは…その…」

「はい」


 少女自動人形の口角がゆっくりと上がる。

 その微笑みは、モルフェームが想像していたとおりの母の微笑みそのものだった。


「っ、ぼくのお母さんになって!!」


 モルフェームは勢いのままに願いを告げた。


「…はい、承知いたしました」

「ほんと?ほんとうに??…わぁい!!」

「…」


 少女自動人形の了承に歓喜の声をあげたモルフェームだったが、次の瞬間…




 ビシッ、ばきっと硬い音がして、少女自動人形の身体が胴で真横に二つ折りの状態になった。




「え…?」


 少女自動人形の様子をよくよく見ると、特殊素材で出来ている肌がどんどんひび割れを起こしている。

 そう思ったときには四肢がバラバラになって、灰のような粉状になって突風に攫われていく。


「なんで…どうして…」


 自壊していく少女自動人形の様子と、ショックを受けて青ざめていくモルフェームの表情を、シャヘルはにこにこして見つめていた。


 やがて、少女自動人形の中から、『死を喰らう太陽』と同じ禍々しい赤色の光が、人型になって破るようにして出してきた。

 モルフェームにはそれが、鮮血であるように思えて心の底から怯えた。



「ふふふふふふふふふふふ」

「あ…あ…」



 迫りくるその赤色の光の人型に、ぺたんとその場に座り込み、シャヘルに助けを求めようと視線を辺りにやるが、彼はどこにもいない。シャヘルは影の中へ沈んで、その様子を微笑みながら眺めていた。


「シャヘルおにいちゃ…?どこ…」


 恐くて怖くてしかたがないのに、シャヘルが見当たらない。

 涙すら出ない恐怖に震え、幼子は真っ赤な光の中で意識を手放した。


「否定せよ…肯定せよ…否定せよ…肯定せよ…」


 赤色の光は、そのまま意識のない幼子の中へと入っていく。

 どこからか心臓の鼓動のような音が、一人巻き込まれぬように自分の影の中へ退避していたシャヘルの耳に聞こえた。



「まだ…まだダメだ…願いを…叶えねば…私が、僕が、俺が、奴吾が…身体を…身体を…完全を…不完全を…完全に…」



 モルフェームとも、少女自動人形とも取れる声が、そう呟いた。そして、モルフェームの身体はその場に倒れた。

 シャヘルはそうなってからようやく自分の影の中から出てきた。


「ふーん。寄生するのか…この精霊。精霊?違うな…これは…」


 倒れたモルフェームを見下ろしたシャヘルは、そう言ってその身体に触れた。

 危険な魔力は感じられないし、嫌な予感もしない。

 けれども、モルフェームの身体からシャヘルへ伝わってくる情報の奔流が、とあることを確信させた。


「魂…新たな生命だ…」


 シャヘルはひとまず、少女自動人形を運んできた木箱と、その場に散らばった少女自動人形の破片などを全て自身の影の中へと隠した。

 それから、モルフェームの身体を抱える。

 眠っているだけのようだ。

 すやすやと寝息を立てているモルフェームは、シャヘルが数度会っただけのモルフェームの印象となんら変わらない。


(とりあえず、あの二人組を起こしてどうにかしてもらうか)


 シャヘルはモルフェームの身体を玄関へそのまま横たえると、引っ越しの荷積みを行っていた男たちの元まで行って起こした。


「子どもが倒れてるよ!」


 慌てた様子でそう言えば、二人組の男たちは血相を変えてトリュース宅へと入って行った。シャヘルは二人組を見届けたあと、再び影の中へ沈んだ。

 男たちに介抱されているモルフェームの様子を見に、影を伝って再びトリュース宅の敷地へ入りこむ。


「ぼっちゃん、ぼっちゃん!」

「どうする?キヨルさんに報告するか?」

「馬鹿言え!今あの人に連絡したら、めちゃくちゃ怒鳴られるぞ。あんだけ今回の新しい仕事に浮かれていたんだから」


なんとなく、その会話だけでキヨルがどういう人物なのかの一端は知れた気がする。

 シャヘルはジッとモルフェームの様子を観察した。


「ん…」

「ぼっちゃん!気が付いた!!」

「あれ…?ぼくはどうして…?」

「ここに倒れてたんですよ!近所の子どもが教えてくれましてね」

「そうなんだ…」


 てっきり、シャヘルの名を出すかと思えば、そんな気配はまったくない。

 むしろ、恐怖で記憶が飛んでしまったのか、混乱しているようだ。


(あれはモルフェームなのか、それとも『死を喰らう太陽』なのか…なんにせよ、この事態に至った原因は僕なのだから、思い出せば僕に会いにくるはずだ。囲める魔術式はもう組んである。あれが接触してきたときに、もう一度『死を喰らう太陽』を回収しよう)


 そう思ったシャヘルは、そのまま工房へと帰宅した。

 ところが、それっきり、モルフェームは接触してこなかったのである。




 夕飯時、サガと顔を合わせることになったシャヘルはそれとなくトリュース家の引っ越しについて聞いてみた。


「ねぇ、パパ。モルフェーム…トリュースさんのお家が引っ越したらしいんだけど」

「ああ。しばらくあの家には戻って来ないだろうね。いや、おそらく次はもっと良い家に引っ越すことになって王都に戻ってくるだろうさ」


 父は何か含んだような言い方をした。

サガが今回のキヨルの新しい仕事とやらに関与して研究所に働きかけたのか、それとも、ただ噂話程度の情報を知っているだけなのかはシャヘルにもわからなかった。


「…モルフェームのこと、何か知らない?」

「友だちのことだから気になるのか?」

「…(友だちだとは思っていない。むしろ、モルフェームの中の『死を喰らう太陽』がどうなっているのかを確認したいだけなんだが)」

「それとも、もっと別のことか?」


 問いかけてくるサガの表情はシャヘルにそっくりだ。そのことに気付いているのは、二人のやり取りを微笑ましい家族の団欒として捉えているチェリスだけだ。


「さぁね」

「…シャヘル」

「何?」

「クオレ一族の自動人形師が自動人形を作る上で、大事なことがある」

「…」

「例え己が創作したものではない人形のパーツであったとしても、その手で最後まで組み上げてやった人形であるのならば、愛情と責任を持たなければならない。プシュケ・クオレはどんな人形であっても、最後まで愛していた」


 父にはやはりどこかで勘付かれていたらしい。それも仕方のないことか、と思う。

 シャヘルは自動人形に関しては、集中し始めると周りを気にしなくなるからだ。そして、あの少女人形の顔パーツに向き合っていたモルフェームの集中力も似たようなものだった。

 仕方のないことというか、諦めていることでもあったか。父の詮索には慣れてきているつもりだ。だが、それでも不快極まりないことは確かだ。

 加えて、プシュケ・クオレの名を出して煽ろうとしてくることも不快だ。


「自壊する魔術式を組み込むような真似をすることが作品への愛情なの?」

「形あるものはいつか壊れる。物も、そして、人間もいつか死ぬ。その形を留めておけるモノが存在するのだとしたら、それは神以外にいない」

「だとしたら、僕は神以外で永遠に残る自動人形を創り出した最初の人間になる」

「…バカげたことを…その永遠を証明する存在などいないだろう」

「それこそわからないでしょう?永遠のその先に生きている存在が、僕の人形を永遠だと証明するかもしれない。それにもし、魂が永遠で不変であるのなら、不完全な人工精霊を魂とする人形たちは契約が切れて自壊した時点で終わりなんだよ。それのどこが人間と人形の心中だというの?」


「二人とも、そこまで!そこまでにして!!」


 チェリスが声を大きく張り上げた。


「「!!」」


 シャヘルとサガは互いに、今にも殺意をぶつけ合おうとしていたことに気付いた。

 親子喧嘩なんて生易しいものではない。二人の魔力がいつの間にかぶつかり合い、夕飯の食器はすべて罅割れていた。


「すまない、チェリス」

「ごめんなさい、ママ」


 チェリスの手前、二人はそのあと無言で片付けを行ってから部屋へと戻った。


「いつか殺してやる」


 それは、息子の言葉だったのか、父親の言葉だったのか。

 少なくとも母親であるチェリスは聞かなかったことにしたかった。



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