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金色の鍵と契約


 出来上がった自動人形は、通常の顧客の元へ配達するときと同様に、起動させずにモルフェームの元へ運ぶつもりだ。

 自動人形の起動は契約者との契約によるもので、シャヘルには最早、自らの手を離れてモルフェームが創った人形という括りになった作品と契約する気は毛頭ない。これはモルフェームと契約させるためだけに組み上げた自動人形だ。


(契約者との契約でしか起動せず、契約者の死によって自壊する…それがクオレの自動人形だ。プシュケ・クオレの代から続くこの仕様は、祖である彼女が創り出した魔術式故だ。自身の死後も残しておきたいほどの傑作も『胡蝶シリーズ』以外にはあったはずなのに。プシュケ・クオレは『胡蝶シリーズ』以外の作品が後世に残らなくとも平気だったのだろうか?僕にはそれが理解できない。彼女には自ら生み出したモノへのプライドはなかったのだろか…)


 シャヘルは自身の作品に永遠性を求める芸術家のような性質や考えを持つ人間だった。彼には、プシュケ・クオレのその魔術式が『契約者が、愛し執着した人形と心中したい』という願いを叶えるためのものだと父から教えられても、その考え方を理解することはできなかった。

 シャヘルにはおそらくその考えが、どういう感情の発露があって、どういう過程を経て、どうしてその考え方に至ったのか、という説明があれば、最終的に『そういう考えをする人間がいる』と理解することはできるだろう。

 だが、その考え方を受容することはできない。


(パパは許さないだろうけれど、顧客の要望によって、従来の契約方法や仮契約ができるように変更した魔術式を創り出すことが急務だな。あとは魂に該当する人工精霊などが抜けてしまったとしても人形が自壊しないようにできないものだろうか)


 シャヘルは考えを巡らせつつ、少女自動人形に下着や靴下、機能的な白いブラウスと、紺色のロングスカートを着せて、革靴を履かせた。

 この工房の顧客は上流階級から中流階級なわけだが、そこに渡す自動人形に着せる最初の衣装はその階級に見合った衣装を着せる。モルフェームの家は、国立施設の責任者もしている研究者だ。中流の位置づけで良いだろう。


(人間の願いを叶える精霊と、願いを叶えることはできないが人間に従順な人工精霊の複合体…それらを組み合わせたことで、どんな反発が起こるのか…)


 そして、その反発をまともに受けることになるのは…


「よし、完成だ」


 少女自動人形の腰に、軽くて丈夫な素材で出来た鎖の装身具を巻きつける。これは、シャトレーヌという装身具で、鎖でできたストラップの先に裁縫道具やメモ帳、ペンなど小型で必要なものを吊り下げておくことができる。

 このストラップの先に、シャヘルは小さな金色の鍵を下げた。


「女性はみんな『収納』スキルを持って生まれたら幸せだろうにな」


 そんなことを言いつつ、シャヘルは運搬用の大きな木箱の中に少女人形を入れて、自分の影の中へと沈めた。

 これまでに人形創作の過程で損じたパーツや素材、衣装などはあるため、在庫が一体分行方不明になったところで問題はない。



 約束の日の昼。



 シャヘルはモルフェームの家を訪ねた。2番街のトリュース宅は、高い木の塀で囲まれており、そのなかで小さくぽつんと建っていた。

 塀の外の道には貸し荷車が停めてあって、中にはトリュース家の引っ越し荷物が積みかけだった。道端には残りの荷物らしき木箱や家具が置いてある。その荷物の積み手兼御者らしき男二人が、木箱に腰かけてそこでうたた寝しかけて首を揺らしていた。手には昼食なのか、腸詰めとサラダ菜を挟んだパンの食べかけを持っている。昼休みであるらしい。

 出発は夕方だと言っていたから、さほど荷積みを急がなくてもいいのだろう。


(寝ていていいのかは疑問だが)


 改めてモルフェームの家へと向き直る。

 この辺りは全部貸家なので、モルフェームの家もおそらくそうだろう。周囲の赤レンガの建物よりも少しぼろぼろで、窓硝子も薄汚れた印象を受けた。

 塀の木戸を開いて敷地内に入る。それから、家の扉をノックする前に影の中から大きな木箱を取り出した。


「こんにちは、モルフェーム」

「こんにちは!シャヘルおにいちゃん」


 家の扉を開けたモルフェームはにこにこと笑って外へ出てきた。

 扉の向こう側にちらりと見えたのは、薄汚れた壁や掃除をしたことがないのを疑いたくなるほど傷んだ木の床だった。

 シャヘルは一瞬顔をしかめたが、すぐいつもの柔和な笑みを浮かべた。

 モルフェームは汗だくで、手には雑巾を持っていた。


「掃除してたの?荷造りは済んでいるし、清掃業者や修繕業者も入るんでしょう?」

「うん。でも、お父さんが帰ってくるまでやることもないし。ずっと住んでいた家だから」

「…父親にもさせたらいいよ」

「え?」

「いや、なんでもない。それより、これ」


 持ってきた箱の蓋を開き、モルフェームによく見えるように少女自動人形を見せる。


「あ、あ、それ!!ぼくが途中まで作った…!!」

「これで途中…いや、まぁ、途中だったんだろうけど、一応、組んでみたよ」

「え、え、これ、え?!シャヘルおにいちゃんが??!」

「うん。組んだよ。プレゼントだ」

「いいの?!」

「うん。それよりも、早く契約しなよ。そうすれば、この子が起動するから」


 喜色満面のモルフェームの表情に、菫色の瞳がすぅっと細められた。

 シャヘルの声は、『何も悪くない』と言わんばかりに誘うような穏やかなものだ。


「でも…お父さんに言わなきゃ…こんなに大きな人形…」


 父親から荷物になると言われて、少女自動人形を置いていかれてしまうかもしれない。

 そういう不安がよぎり、自然と言葉になる。


「起動すれば、モルフェームの魔力だけで動くし、邪魔にはならないし、言うこともちゃんと聞くよ。起動しちゃえば、モルフェームのパパもしかたないって思ってくれるよ」


 にっこり、と逆さの三日月が二つ、シャヘルの目元に作られる。

 見るからに優しい笑顔であるのに、どこか違和感がある。それでも、既に乗り気で、幼いモルフェームの心を揺らがせるには充分だった。


「…そうかなぁ」

「そうだよ。それに、このお人形がモルフェームのママになってくれるかもしれないよ?」


 ひと押しするように、シャヘルはおそらくモルフェームの心の中にあるだろう希望をちらつかせた。


「ママ…お母さんに…」


 グレナーデンカラーの無垢な瞳は、もうすっかりシャヘルから少女自動人形のほうへと向けられている。


「契約はね、この鍵に自分の魔力を込めて、胸の心臓部分に空いている鍵穴に差し込むんだ」


 ねぇ、とっても簡単でしょう?

 とでも言うように、シャヘルは優しくモルフェームの耳元で囁く。

 そして、シャトレーヌに吊り下げていたあの小さな金色の鍵を外し、モルフェームへと渡した。


「…」


 モルフェームが手のひらに乗せた鍵をじっと見ている間に、シャヘルは少女自動人形が着ているブラウスの胸元を少し開き、心臓部の穴が見えるように胸元を覆う布を下へずらした。全てが露になっていない分、少女自動人形の胸の谷間には妙な色香が生じる。

 傍から見れば、二人が少女に対して何かやましいことを行っているように取られかねない光景ではある。


「はい、モルフェーム」

「…うん」


 いいんだよ、と微笑むシャヘルの中性的で綺麗な顔。

 胸元の服をはだけた美しい少女自動人形の姿。モルフェームは、工房で見た人形たちのボディはパーツという区分でしか見ていなかった。こうして組み上げられて完成された状態で目の前に晒されているのを見るのとでは明らかに条件が違う。


 頭のどこかで冷静な部分を残していたモルフェームは、とてもいけないことをしているような気持ちになって動悸が激しくなるのを感じた。


 喉が渇いて心臓が痛いほどドキドキする中で、彼はその手に握った金色の鍵へ魔力を込めた。

 シャヘルはモルフェームの身長が届かないのを見越して、少女自動人形を彼の方へ傾かせた。

 モルフェームと同じ色をした人形の長い髪がふわりとなびく。


 風が吹いていた。


 カチャ…


 金色の鍵が心臓部の穴へと差し込まれた。


「!!!!」


 しばらくして、少女自動人形の閉じられていた瞼が開き、グレナーデンカラーの瞳が同じ色のモルフェームの瞳と合った。


「…おはようございます。ご主人様。どうぞ、あなたのお名前と最初の願いを教えてください」



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