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嫉妬と怒りのその先で


 そして、シャヘルの心の整理が終わらないうちに、翌日を迎えた。

 約束通り、モルフェームはやってきた。

 けれども、がっかりした表情で、だ。


「シャヘルおにいちゃん。ぼくね、スキルを調べてもらったの」

「らしいね」

「『薬草学』だって」

「そうなんだ」


 何をどう返していいのかわからない。ただ、黙ってモルフェームの言葉を聞いていた。


「シャヘルおにいちゃんみたいに、すごいスキルじゃなかったの。ぼくも、お人形を作ることができたらよかったのに」

「…」


 モルフェームは人形が作ることができないわけじゃない。ただ、スキルとして表示されないだけであって、その腕前や素質は本物なのだ。

 そう言ってやればいいのに、シャヘルにはそれを教えてやれるだけの余裕がない。

 作りたいなら、作ればいいのに、何を言っている?

 そんな嫉妬を混ぜた内心のどろりとした汚泥が素っ気なくさせた。


「シャヘルおにいちゃん」

「何?」

「シャヘルおにいちゃんが作ったお人形が見たい」

「…うん」


 シャヘルは最近作ったばかりの原型人形をモルフェームに披露した。年頃を14歳に設定しているため、その人形はシャヘルの身長よりも大きい。

 それは、とある光の精霊をモチーフとして少女型に落とし込んだもので、愛らしさを全面に押し出したものだ。作品名はまだつけていない。

 モルフェームはそれを見て、とろりとした笑顔を浮かべた。


「きれい…ぼく、シャヘルおにいちゃんが作ったお人形、大好き」

「ありがとう」

「うん」


 シャヘルの作った人形を綺麗だという賛辞も、好きだという言葉も、人形作りを始めてからは聞きなれた言葉で、いまさら心の琴線に触れることはない。


「モルフェーム」

「なぁに?」

「君だったら、この人形にどんなひと手間を加える?」

「…うーん…」


 乗り気ではなさそうな声音のモルフェームに、シャヘルはそっと道具の入った菫色の巻きポーチを渡した。

 受け取ったモルフェームは、少々戸惑った後、シャヘルの作った原型人形にヘラを取り出して所々に当てて、余分な粘土を取り去った。背伸びをしても届かないところは、踏み台を使わねばならなかったが、その行動を終えるのには、さほど時間はかからなかった。


「…」

「こう、かな…」


 モルフェームのひと手間を経た原型人形を見たシャヘルの心を、鞭打つような痛みが襲った。

 だって、モルフェームのこれは、シャヘルと同種の才能だ。


「…っ」


 だからこそ、苦しくて、悔しくて、憎くて、羨ましい。

 スキルで最初からその能力が底上げされていた自分とは違う。

 そこに本物がいる。

 泣き出してしまいそうなのを、ただ堪えた。


「シャヘルおにいちゃん、あのね」

「…うん」


 この少年はここまで打ちひしがれている自分に何を言ってくるのだろう。それすら予想出来ぬほどの一時的な混乱にただ頷くしかできない。

 モルフェームのほうからしてみれば、シャヘルの表情は見知った柔和な笑顔のままであったため、そのような葛藤をしているとは到底思い至らなかった。

 なぜなら、少しだけ年の離れたこの少年たちは、会うのはこれが三度目で互いの気質や腹の底の本音など予測できようも無かったのだから。


「ぼく、明後日お引越しするの」

「え?」


 モルフェームのそれはあまりにも突拍子なく、シャヘルには理解が追い付かない告知だった。


「お父さんが『精霊風』の研究で、国中を旅するんだって」

「…作りかけのお母さんの人形はどうするの?」

「もうここには来れないし、ぼくにはスキルもないから…」


(これだけの才能を見せつけておいて、たかがスキルや引っ越しを理由に投げ出すなんて)


 シャヘルの中の汚泥の波が左右に揺れるような怒りをもたらした。

 けれどもここに、シャヘルがまだ理解できない明確な違いがあった。


 シャヘルは生粋の自動人形師であったし、ただの人形師としても、12歳でありながらプライドを持てるほど裏打ちされた創作量があった。

 その創作量はシャヘルの粘着質といえるほどの熱意で蓄積してきたものであり、職人向けの性質であるが故だ。

 モルフェームのように経験の蓄積なくサッとできてしまう点は天才と言っても差し支えない。だが、彼が人形に興味を持ったのは、母親をモチーフとした人形を作りたいという一時的な目的のためだけであり、先ほどのように他の人形へ手を加えたりすることを渋ったことから、性質は人形師として向かない。

 彼はその違いに気付けなかった。


 だからこそ、モルフェームとその才能を憎む、という選択肢しか取ることができなかった。


「ねぇ、モルフェーム。君に、プレゼントをあげたいんだ」


 この声音は震えていなかっただろうか。


「え?でも」

「明後日までには仕上げるから。引っ越しはその日の朝?」

「…んーん。夕方。寝ているうちに次の街に着きたいからだって」

「わかった。お昼には君のお家に持っていくから」

「…ありがとう」


 有無を言わさぬ勢いで、シャヘルは自ら絶対の約束を取り付けていた。今までの彼からは想像もつかない行動であったが、その原動力となっている感情が問題だった。


 許せない。


 その一心で、シャヘルは変質した新種精霊の17体を全て合成してひとつにまとめた。

 当初の計画なんか、どうだってよくなった。自分でもびっくりしてしまうほどだ。心が、自棄になってしまうくらいの怒りに満ちている。

 ひとまとめに出来あがった『精霊であった何か』は、球体へと形を変えた。黒い海に落ちる瞬間の夕焼けの太陽のような赤色をしていて、見るからに危険なモノであることを示しているかのようだ。彼はそれに『死を喰らう太陽』と名付けた。

 モルフェームがひと手間加えたあの原型人形の顔パーツ以外のパーツと、モルフェームが母親のモチーフとして造型途中だった顔パーツのモールド(石膏型)を作り、そこへ元々自壊対策で目をつけていた素材を流し込んで型取りし、パーツの仕上げをする。この工程は通常一週間以上かかるのだが、『美容整形ガチ課金勢』のスキルによって、5時間で仕上がるようになっている。

 出来上がったパーツを組み上げる前に、改良に改良を重ねて完成させた魔術回路を巡らせた。


 一つ、一つ、また一つ…パーツの組み上げによって、その少女人形は形をより人間に寄せていく。

 この瞬間が、シャヘルはたまらなく好きだった。


 まるで、生命をこの手で創り出しているようで。


 この時間が永遠であればいい。けれども、この心の中の汚泥は、それを許しはしなかった。その永遠にノイズを入れる存在が現れてしまったから。

 そのノイズを気にせずにおくためには、気の済むまで手を動かす以外にない。


 そうして出来上がった少女人形に『状態保存』のスキルで『死を喰らう太陽』を封入する。

 この少女の自動人形は、シャヘルのこれまでの作品の中で最低で最悪の出来である。象徴である顔パーツも、最終的に手を加えたのも、モルフェームなのだから。


(…だからこそ、この”プレゼント”には意味がある)



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