好奇心は時として
「…特に、何も起こらないな」
父に変質した新種精霊の”一部”を渡してから、一か月が過ぎていた。
あれから寝食と風呂トイレ以外は工房に閉じこもって、自動人形の素体のパーツのデザインを行っていたシャヘルは、ふと我に返った。
そういえば、新聞にもあの新種精霊が関わったようなニュースもなかった。仮に、父が国立精霊研究所にあの変質した新種精霊たちを報告していたとするなら、キヨル・トリュースに疑いの目がかかっていたはずで、随分なニュースとなったはずだ
「やっぱり、パパもあれを何かに利用するつもりなのかな」
影から取り出した光魔法の鳥籠をジッと見つめる。
シャヘルがサガに渡した新種精霊は、11体。ちょうど『胡蝶シリーズ』と同じ数の分、種類がダブっていたからだが、それをわざと渡した。
おそらく、それで気付いたであろうから。
シャヘルの所持している新種精霊たちがそれ以上に多いということを。加えて、捕りこぼしたモノもないということを。
「これからの研究のためには残った17体だけでは足りない。さらにここからこの変質した新種精霊を再現し、人工精霊から創った魔術回路ともう一度合わせる。それから、納得のいく自動人形の素体へ封入して、プシュケ・クオレの『胡蝶シリーズ』以上の自動人形を作り出したい」
やりたいことも、自動人形の素体のデザインの案も、すべてこの手で。
無自覚の渇望がシャヘルを支配していた。
「シャヘル!シャヘル!」
「?!なに?!ママ!」
工房の外から聞こえた自分を呼ぶ声に、シャヘルはサッと鳥籠を自分の影の中に隠して返事をした。
「おともだちよ!モルフェームくんっていう子!」
「!!」
モルフェーム・トリュース。
一か月前に自動人形を見せてやると約束でもない約束をしていた幼子だ。
無視するわけにもいかず、シャヘルは身なりを整えてから工房をゆっくりと出た。
「こんにちは!シャヘルおにいちゃん!」
「こんにちは。モルフェーム。ごめんね、しばらく忙しくて、会いに行けなくて」
嘘だ。本当は面倒ですっかりと忘れていた。
「んーん!いいよ。こっちこそ、忙しいのに来ちゃってごめんなさい」
「お人形が見たいんだよね?」
「うん!」
「どんなのがいい?たくさんあるんだ」
チェリスの目もあり、シャヘルは猫を三十枚くらい被る覚悟をした。
「えーっと、えーっと…ぼくのおめめと、髪の毛の色と同じお人形!」
「…わかったよ。おいで。工房の奥に商品を並べてある倉庫があるんだ」
モルフェームの目は透明なグレナーデンカラー。髪色はミルク多めのホットチョコレートのような甘い色だ。
それに近い在庫を組み合わせれば、出来上がるはずだ。
「わぁ、すごい…!!」
倉庫にはおびただしい量のパーツ在庫がある。これらはもちろん自動人形に使えれば、どこかを欠損した人間にも使える。
パッと見、グロテスクな光景なのだが、モルフェームは気にすることなく目を輝かせていた。
「これが、モルフェームの目の色で、これが一番髪色に近いかな」
「お人形さん、最初はばらばらなんだね?」
「うん、好きなようにカスタマイズして素体…顔やボディを作るからね」
「へぇえ!」
本当に喜んでいる、とわかる様子に、シャヘルは少しだけ自然に口角が上がった。
「それで、これはモルフェームそっくりなお人形を作ればいいのかな?着ている服は、今の服でいい?」
「あ、えっと、えっとね…」
要望を聞こうとモルフェームに問いかければ、彼は何やら困ったような、言いづらいような雰囲気を醸し出す。
「ん?」
「あのね、ぼくのお母さんにそっくりなお人形にできないかな…お金はないし、買えないんだけど…」
「なるほど…?」
なんとなく、それだけでモルフェームには母親がいないのだと、ピンときた。そして、目の色や髪色はきっと彼とそっくりなのだろう。
「ぼく、お母さんの顔を知らないから、本当にそっくりかわからないんだけど…でも、こんな感じだったらいいなぁっていうイメージはあるから…」
それは果たして本当にそっくりだと言えるのだろうか。こうだったらいい、と願うのはいいとして。
けれども、シンプルに興味が湧いていた。
「…じゃあさ。顔だけでも創ってみるかい?」
モルフェームの中のイメージ。工房の中の職人たちは、全員、父の言いなりでパーツの量産しか行わない。
だからこそ、彼の中にあるイメージという名のデザインを、造形して見てみたかった。自分や父以外の職人が作る人形は、『胡蝶シリーズ』しか見たことがなかったから。
「え?」
「モルフェームの中でイメージが固まっているのなら、それを形にしたほうが早いからさ」
「ぼ、ぼくやったことないよ?!」
「僕も最初はそうだったんだから。できるようになるかもよ」
「でも…」
「あ、モルフェームはどんなスキルを持っているの?」
「スキル…?」
「うん。何か人形作りに向いたスキルがあればな、と思って」
「…知らない」
「え?」
「わからないんだー」
「え?生まれたときに教会で教えてもらうでしょう???」
「行ってないの。お父さんの仕事が忙しくて」
「…え??」
シャヘル・クオレ、12歳。
初めて自分の家庭環境がそこそこ恵まれているという実感を持った出来事であった。少なくとも、このモルフェームよりは。
下流階級の親だって、子どもが生まれたら必ず教会へ連れて行ってスキル判定をしてもらうものだというのに。
必要最低限のことを子どもにさせないキヨルは、それで責任を果たしたつもりでいるらしい。
「一度くらいは行った方がいいと思うよ?僕の家も教会嫌いだから、そういう大事な行事でしか行かないけど」
「んー…」
「今日とか、家に帰ったらモルフェームのパパに言いなよ。それがいいよ。大きくなればなるほど不便になるし」
「そうする…」
「まぁ、スキルがわからなくても、ここにある顔パーツたちの中からイメージに一番近いのを選んで、そこから自分で微修正…ちょっとずつ変えるって感じでもいっか」
「あ、それならできそう」
二人は顔パーツの棚の在庫に、グレナーデンカラーの目を仮にはめ込んだりして、ああでもないこうでもないと、モルフェームの中に在る母親像に一番近いものを探し始めた。
シャヘルは在庫の中から、モルフェームが大人になったらこういう骨格の顔かもしれない、というものを選んで渡す。
対するモルフェームは、原型を造型中の卵型の顔パーツを選んだ。
「え?それ作りかけの原型だよ?」
「ん?」
「それを元に型取りして、ちゃんとしたパーツにするんだ。確かに微修正はするって言ったけど、それだと一から創るのに近い」
「そうなの??でも、これならおめめとか、鼻の場所を変えられそうだし…」
「…つまり、この在庫の中に、モルフェームが望むパーツは無いってことか…」
シャヘルのモルフェームに対する興味は、この瞬間、大きく深まった。
(少し助言を与えて、どこまでできるのか、見てみたい)
モルフェームを連れて、彼は工房の中のシャヘルに割り当てられた部屋へと向かった。ここは私室ではなく、仕事部屋になるため、机などのほかにたくさんの工具や素材が置いてある。
在庫の棚を見ていたときと同じように、モルフェームは身体全体で嬉しさや好奇心を表現していた。
シャヘル自身は気付いていなかったが、他人、ましてや自分よりも小さな子どもにここまで寛容であるのは初めてのこと。それも、興味を持ったということ自体、珍しいことでもあった。