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その変質がもたらすもの


 屋台街に差し掛かると、モルフェームを知る屋台街の大人がざわついた。


「モルちゃん、どうしたんだい?!」


 慌てて惣菜パンの屋台の女性店主が二人の元へと寄ってきた。一瞬、シャヘルは表情をしかめたが、すぐに柔和な笑顔を作った。


「熱中症みたいです。お家へ送りたいと思います」

「あんた、クオレ様のところの…いい子だねぇ。でも、ここにはたくさん大人がいる。あとはおばちゃんたちに任せてくださいな」

「お気遣いいただきありがとうございます。お願いします」


 ここに屋台を出しているということは、きちんと身元がわかっている人間だということだ。ここの大人がそう言ってくれるのなら、預けても問題はない。

 シャヘルは女性店主にモルフェームを預け、頭を下げて踵を返そうとした。


「シャヘルおにいちゃん」

「…何?」


 思いがけず、モルフェームから呼び止められて、シャヘルの返事をする声が緊張した。


「今度、お人形見に行っていい?」

「…いいよ。毎日、ここにお昼ご飯を買いに来るの?」

「うん」

「じゃあ、都合がいいときにここに来るから。会えたら会おう」


 “必ず”の約束はしない。正直、シャヘルがモルフェームを助けたのだって、彼が余りにも他人に興味がないものだから、母親のチェリスが「普通の人なら、自分より年下の人が困っていたら助けるものよ」と言って教えた結果である。

 シャヘル自身、こんなことをモルフェームに言うつもりはなかった。それでも、そう言ってしまったのは、モルフェームの口から『お人形が見たい』という言葉が出てきたからだろう。

 シャヘルは自動人形を愛していたから。


「またね、シャヘルおにいちゃん」

「うん、またね」


 弱々しく手を振ってくるモルフェームに背を向けて、シャヘルは足早にそこを去った。

 実はこのときの彼には、工房へ戻ってやりたいことがあったのだ。


「ただいま」

「おかえり、シャヘル。お昼ご飯が出来ていますよ」

「ありがとう、ママ。一度部屋に行く用事があるから、すぐに戻ってくるよ」


 工房の裏口から入り、さらに台所側の扉から家に入ると、昼食の用意を使用人と共に行っていたチェリスがシャヘルに告げた。その際、彼女は空っぽのコップを持った息子を見て首を傾げた。


「あら?青氷葡萄の果実水を買いに行ったんじゃなかったかしら?もう全部飲んじゃったの?」

「あー…うん。熱中症で倒れてる小さい子がいたから、あげちゃった」

「まぁ、優しいのね。青氷葡萄、大好物なのに」

「しかたないよ。あ、これ洗っておいてほしいな」


 シャヘルは居心地悪そうにコップをチェリスへと渡した。チェリスは「しょうがないわね」とそれを受け取り、流し台のほうへと戻っていく。

 母が戻って来ないことを確認したシャヘルはそのまま自身の部屋ではなく、工房のサガ専用の部屋へと歩を進めた。それから、ノックをする前に周囲を見回してから、自分の影の中から鳥籠を取り出した。


 両親には、それも、父親には慎重に伏せていることなのだが、彼は闇属性の魔法も使えたりする。


 そしてこの、影の中に物を色々と収容することができる魔法は、自ら練習して習得した闇属性の魔法だ。シャヘル自身が影の中へと沈むことも可能である。


「パパ、ちょっといい?」

「どうした?」


 ドアをノックして声をかけると、すぐに返事があった。

 中へ入り、先ほど影の中から取り出した鳥籠をサガの前へ置く。ちなみに、この鳥籠は光属性の魔法で構成して作ったものだ。光属性はクオレ一族に遺伝しやすい属性であるため、これは披露しても問題のない能力だ。


「ちょっと、変なモノを見つけちゃって」

「変なモノ?」

「精霊なのかな?”新種精霊”なのかもしれないんだけど…」

「新種精霊…?これが…?いや、これは…闇の精霊…違う。魔獣か…?」


 鳥籠の中にいたのは、キヨルの元から逃げ出したあの変質した新種精霊たちだ。

 今朝方、シャヘルは母に「散歩へ行ってくる」と告げて家を出ていたのだが、実を言うと、影の中に隠れてキヨルの研究室の庭へ様子を見に再び忍び込んでいた。そこで、想定以上の変化を遂げた新種精霊たちを見て、まず異常に興奮した。

 キヨルが新種精霊たちを捕縛しようとしたときには少々焦ったが、その際に新種精霊たちが闇魔法を弾いたのを見て、その本質が逆転したことに気付いた。


「やっぱりパパもそう思う?精霊なら光属性の魔法なんて簡単に解除してしまうもんね。闇の精霊以外は。でも、闇の精霊だってそもそもがレアで宵闇の大陸にしか生息できないし、かと言って、光属性の魔法で闇の精霊がこんなにぐったりとするわけがないんだよね」

「…シャヘル。これはどこで?」


 サガが食いついたことに、シャヘルは内心ほくそ笑む。


「今朝、散歩をしたときには、2番街で見かけたよ。気になって一匹ずつ捕まえていったら、最終的には国立精霊研究所の通りに出たかな。塀囲いしてある場所があるじゃない?あの辺りに、たくさんの蝶とかトンボの羽根が落ちていたから、もしかしたら、この子たち、あの庭に来ている新種精霊たちを食べていたのかもしれない」

「国立精霊研究所の庭…2番街…」


 おそらく、父の脳裏にはキヨル・トリュースの名が挙がっているに違いない。だが、この新種精霊たちを変質させてしまったのは、紛れもなくシャヘルだ。

 そのことを欠片も悟らせないように、慎重に言葉を重ねて真実のすり替えを行っていく。もっとも、父は気付いているかもしれない。シャヘルのしていることに。

 考え込んでいるサガに、シャヘルは不安そうな表情で、こう告げた。


「ねぇ、パパ。この子たち、駆除しておいたほうがいいのかな?」

「え?」

「だって、この子たち、植物をあっという間に枯らしてしまったんだ。んーん、あれは、もしかしたら、分解しちゃってたのかも」

「植物を?」

「だとしたら、絶対精霊じゃないもの。きっと良くないものだよ。人間にも。この世界の生き物にも」

「…そう。そうだな…」

「…」


 シャヘルは父を試していた。父がどのようにして、シャヘル自身を利用してくるのか。それとも、利用せずに一般的な親としての顔で接してくるのか。


「シャヘル。お前が捕まえたのはこれで全部か?」

「うん。一応、外にいたのは全部捕まえたつもりだよ!」

「…そうか。じゃあ、私が駆除しておこう。もしかすると、国立精霊研究所もこれらの存在を知っていて直に情報も公表されるのかもしれないが、一般人に被害が出るとなるとな」

「そうだね、パパ」


 父は、シャヘルを利用することを選択したようだ。

 何故わかるか?

 サガはいつもシャヘルが隠し事をしていそうなときは、徹底的にその隠し事を暴こうとするからだ。


 これまでの経験上、「お前が捕まえたのはこれで全部か?」だけで確認を済ませるような生易しい聞き方はしてこない。これに重ねて部屋にいないかを口頭で確認した後で、シャヘルの部屋をチェリスに頼んで掃除させようとするだろう。

 そんなわけで、シャヘルは8歳の頃には、自身の部屋には家具や研究書籍以外何も置かなくなった。本でぎっしりとした印象はあるものの、見方によっては殺風景のように感じさせるような部屋となっている。もちろん、見られて困るモノはすべて、自分の影の中に隠している。

 そこまでシャヘルが徹底するようになった原因の行動をとっていたサガが、他にこの新種精霊たちを隠しているかもしれないのに、ろくな確認もしないで追及をやめた。

 おそらく、サガはそれ以後のシャヘルの行動を黙認することにしたのだ。

 シャヘルは渡した新種精霊たちを父がどのようにして利用するのかに興味があったが、黙認されたと感じたからにはそれ以上その話をしなかった。


 良くも悪くも、この二人は実に似通った親子であった。


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