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そして、宿命の鈴が鳴る


「モルフェーム、具合はどうだ?」

「ちょっとあたまいたい」

「そうか。診療所でもらった薬湯を飲んでおくといい。食事を買うお金はいつもの場所においてある」

「…わかった」

「行ってくる」

「…うん」


 次の日、キヨルはモルフェームに仕事へ行ってくることを告げて出勤していった。

 モルフェームは少し何か言いたげな表情を見せたが、それもすぐに消えた。言われた通りに薬湯を飲んだ後は、クリーム色をした薄手の半袖と黒くてダブッとした長ズボンに着替えた。そして、理容室へ行かないせいで肩まで伸びっぱなしの髪を束ねて、お金を持った。

 髪に関して言えば、彼には、父親から教えてもらえていないから、理容室へ行く、という発想もなかったし、子どもに刃物は危ないという理由からはさみも持たされたことがない。だからこそ、伸びっぱなしなのだった。

 お金だけは充分あるのに、子育て自体が放棄されている状態。その危うさは、近所の人々だけが気付いていたが、見ないふりをされていた。


 2番街には屋台の出店が許可された広場がある。3番街から屋台を引いてやって来た人々がそこで、持ち帰ることができたり、すぐに飲食できる食事や飲み物を売り出している。


「あら、モルちゃん。今日もひとり?」

「うん」


 モルフェーム、という名前は性別を問わない名前だ。たった今、彼に声をかけた屋台の店主である女性は、常連のモルフェームを女児だと思っている。

 キヨルのようにフェームと呼べば男児寄りの愛称であるし、この女性のようにモルと呼べば女児寄りの愛称となる。

 とはいえ、女児に間違われるのも無理はない。

 モルフェームの場合、少女寄りの風貌に髪まで伸びっぱなしなのだから。


「いつもの、持っていくかい?」

「うん」


 モルフェームは店主の女性に代金を支払い、その屋台の目玉商品である惣菜パンを受け取った。これは、独特な香辛料で肉や野菜を煮込んだ具材が入っていて、全体的にカラッと揚げてあるパンで、カレーパンという。

 考案したのは、黎明の大陸のとある国の住人らしい。

 この頃のモルフェームは食事をすべてこのパンで済ませていた。それも決まって、二つ。


「毎度あり♪」

「ありがとう」


 カレーパンの包みを二つ持って、次は三つ隣の屋台へ向かう。

 そこは、ジャガイモを細かくころころに切ったタイプのフライドポテトが売っている屋台だ。モルフェームとしては、くし切りのものや細長く切ったものも好きだが、今のお気に入りはこれだ。

 いつも食べるものが決まっているため、モルフェームはこの辺りの屋台の面々から名前と顔を覚えられていた。


「たまにはちゃんと野菜とかも食えよー?」

「ん。ところで、串焼肉の屋台は今日来てないの?」

「まったく、お前ってやつは…また肉か!おっちゃんが心配してやってるってのに」

「ごめんごめん。ちゃんとカレーパンのカレーにはお野菜入ってるから」

「はー、言ってるそばから…んで、串焼肉の親父か?来てないな。多分、今日は仕入れの日じゃないか?」

「そっか…んーありがと。これ、食べてくる」

「おう、ちゃんとよく噛んで食えよ!」

「わかった」


 フライドポテトの屋台の店主であるでっぷりとした中年男性からの心配に対して、そこそこの愛想を向けつつ、モルフェームはいつもの場所へ向かった。

 いつもの場所とは屋台で購入したものを食べる場所で、大きな広場の片隅にある長椅子だった。


 この大きな広場を抜けた先を右折して三つ目の大きな道のそばに、サガ・クオレの自動人形工房『静の森』がある。『静の森』とは、サガが生まれ育った森のことだ。クオレ一族のルーツであるために、どうしても自身の工房名にしたかったらしい。


「…喉渇いた」


 その日はお気に入りの飲み物の屋台が屋台街に来ていなかったので、飲み物を入手できなかった。少し値の張る果実水を売る屋台があったが、モルフェームにはどうしても余ったお金を貯めておきたい理由があったので、買わなかった。

 家に食べ物を持って帰って、井戸などから水を汲んで飲めばいいと、普通の人々なら思うだろう。

 しかし、トリュース家の目に見えているようで見えていない問題は、そんな簡単なことすらモルフェームにできなくさせていた。


 今は赤紫色の月も半ばで夏の真っ只中。黎明の大陸や宵闇の大陸のように湿気が無いだけマシだが、照りつく太陽は幼子の体力をその者の自覚がないうちに奪っていく。

 暑い日差しの中で、病み上がりのモルフェームはもくもくと揚げたてのカレーパンところころフライドポテトを食べ進めた。

 塩気の多い食事は、やっぱり喉が渇く。


「ちょっとくらくらする…」


 食事を終えたはいいが、水分補給を怠ったために、熱中症になってしまったようだった。

 がんがんと痛みだした頭の中で何か、小さな鈴のようなモノがちりちりと鳴っているような気がする。

 紙袋がベンチから転がり落ちる。

 モルフェームの身体はゆっくりと横になった。

 屋台街から離れてしまっていたため、屋台街の大人たちはモルフェームの様子にも気づかない。


「…大丈夫?」

「…?」


 頭を抱えて長椅子でぐったりしていると、どこからか声をかけられた。

 気付けば、モルフェームよりも大きな子どもが、青氷葡萄の果実水が入った大きなコップを持って立っていた。


(きれーな子だなぁ…)


 鈴が鳴っている。

 硝子のこすれるような、清々しい音だ。


 虚ろげなグレナーデンカラーの目でその子どもを見れば、賢そうな光を宿した菫色の瞳が物腰柔らかな笑顔で隠れた。

 子どものつやつやした深紫色の髪は、綺麗に顔の横で揃えられたショートボブであり、顔も少女のようであったが、着ているかっちりとした白い半そでワイシャツやすらっとした黒いズボンは明らかに男物で、きっと男児なのだろうと思わせた。


「大丈夫じゃなさそうだね。これ、飲める?」

「…」


 隣に座ってきた少年は持っていた青氷葡萄の果実水のコップを、ぐったりしたモルフェームの口へ持っていき、傾けた。水魔法の応用である氷魔法を使用してあるのか、とても冷たい果実水で、モルフェームは遠慮をする暇もなくごくごくと喉をならして飲み干した。


「よかった。飲む元気はあったね」

「…おにいちゃん、だれ?」

「僕?僕はシャヘル・クオレ。この近くにある自動人形工房の一人息子だよ」

「知ってる!すごいパーツや人工精霊さんをいっぱい作ったりするところ!!」

「ふふふ…まぁ、世間の評価はそんなもんか…」

「う?」

「なんでもないよ。それより、お家帰れそう?」

「ん」


 シャヘルに頷いて立ち上がりかけたモルフェームは、頭がくらりとしてそのまま倒れ込みそうになった。それを、シャヘルが掴まえてどうにか立たせる。


「送っていくよ。お家はどこ?」

「2番街の…トリュースのお家…」

「トリュース…?ああ、国立精霊研究所の…」

「シャヘルおにいちゃん、ぼくのお父さんを知ってるの?」

「…そうだね。一方的だけど。ん?ってことは、君は…」

「キヨル・トリュースの息子、モルフェームです」

「ふーん。息子。…息子…????」


 シャヘルもまたモルフェームのことを女児だと思っていたようだった。妙な間が二人を支配したが、すぐにシャヘルはモルフェームを支えて歩き出した。


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