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後編

 可笑しい。可笑しい。可笑しい。


 なんでクリストハルトはアタシのところに来てくれないの? ガジガジと親指の爪を噛みながらバルバラは考えた。


 部屋にあった調度品は殆どが姿を消した。王太子の訪れがないことに苛立ったバルバラが癇癪を起して暴れて壊したのだ。壊れたものが補充されることはなく、鏡台の鏡は罅割れ、カーテンは破れたままだ。花瓶などの置物や小物はなくなり、箪笥やソファ、テーブルは床に固定されている。


 クリストハルトに離宮に連れてこられて暫くは良かった。毎晩のようにクリストハルトは愛してくれた。あまりに激しすぎて、こんなにも我慢していたのか、こんなにも自分は愛されているのかと嬉しくなった。


 だが、1ヶ月もするとパタリとクリストハルトの訪れは途絶えた。それに、離宮に入って以来、ドレスや宝石が欲しいと強請っても、クリストハルトは叶えてくれなかった。食事ですらもとても王宮とは思えない質素なものだ。


 離宮の主になったのだからと使用人を集めて挨拶をしてやろうと思ったのに、なんだか思っていたのと違った。王太子妃の使用人なら、執事とか従僕とか護衛騎士とか、侍女とかいるはずだ。市井の恋愛小説ではそうだった。なのに、離宮にいる使用人はメイドと料理人だけだった。そのメイドも自分の世話をするためにいるのではなく、掃除や洗濯などの雑事を片づけるための下級メイドだ。


 なんで王太子妃になる自分に上級使用人がいないのかとメイドに尋ねたが、何故か鼻で笑われた。王太子妃に無礼だと喚いたが、無視された。


 メイドの無礼をクリストハルトに訴えたが、クリストハルトは苦笑するだけで何も言ってくれなかった。


 なんだか可笑しいと思い、苛立ったバルバラは気分転換にお茶でも飲もうとメイドを呼ぶためにベルを鳴らした。だが、メイドは来ない。更に苛立って、バルバラは態々メイドのいる厨房へ行ってやることにした。そして、そこで信じられないことを聞いた。


「やっぱり、妃殿下はお美しかったわねー」


「うんうん、流石はフロレンツィア様! 王太子妃に相応しいのはあの方しかいないよ」


「王太子殿下がそれはもう溺愛してらっしゃって、ご成婚から三日は寝室から出てこられなかったそうよ」


「あら、なら、ご懐妊も早いかしら」


 メイドたちはクスクスと楽しそうに笑いながら話している。バルバラはその内容が信じられなかった。クリストハルトがフロレンツィアと結婚した? フロレンツィアが王太子妃になった? クリストハルトがフロレンツィアを溺愛している? そのどれもが信じられなかった。


 嘘だ、嘘だ、嘘だ。


 バルバラは部屋へと駆け戻った。寝室に駆け込み、突っ伏して涙を流す。メイドたちの話なんて信じない!


 けれど、メイドたちの話からクリストハルトが離宮に来なくなった時期とフロレンツィアが結婚した時期が重なることに気付いた。


「聞かなきゃ! 大丈夫、クリストハルトはアタシを愛してるんだから。フロレンツィアとは政略で、権力を笠に着た公爵家に逆らえなくて、仕方なく結婚しただけよ。公爵家の顔を立てるために仕方なく溺愛してるふりしてるんだわ」


 バルバラはクリストハルトに会うために離宮を出ようとしたが、何故か門番になっていた取り巻きのドミニクに止められた。嘗ての取り巻き全員が側近の補佐候補から外されたことをバルバラは知らず、きっとクリストハルトが自分を守るためにドミニクをここに置いてくれたのだと都合よく考えた。


「クリス様に会いたいの! 会わなきゃいけないの! 通してドミニク」


「あんたはここから出ることは禁じられてる。さっさと中に戻れ」


 学院にいたころとは打って変わった冷たいドミニクの声にバルバラは目を見開く。


「待ってよドミニク! どうしてもクリス様に会わなきゃいけないの! アタシが行けないんだったら、クリス様連れてきて! アタシが待ってるってクリス様に伝えてよ!」


「無駄だ。王太子殿下ご夫妻は外遊中だからな」


 ドミニクの口から出た『王太子ご夫妻』にバルバラはショックを受ける。メイドたちの話はもしかしたら王太子の寵愛を受ける自分を妬んだ嫌がらせかもしれないと思っていた。けれど、ドミニクもクリストハルトが結婚したことは事実だというのだ。


 ドミニクに離宮の中へと押し戻され、バルバラはただ茫然と涙を流すのだった。








 【妾妃物語】


 それがバルバラが前世でプレイしていたゲームだ。平民の少女が学院で貴族の青年と恋をし、愛を育む、王道なストーリーの乙女ゲームである。悪役令嬢はおらず、いるのはヒロインのステータスアップのための試練を課す指南役のライバル令嬢。ライバル令嬢の試練をクリアすることでハッピーエンドへと至る。


 王太子クリストハルトのルートであれば、試練を最優秀のAランクでクリアすればヒロインは王太子の側室となる。ノーマルのBランクであれば愛妾だ。最低ランクのCでとなるとバッドエンドとなり、離宮に監禁され王太子成婚後は放置される。


 ベストエンドであっても王太子妃ではなく側室であることから、王太子ルートはビタールートとも呼ばれている。プレイヤーの中ではこのCランクでのエンドのこともあり、王太子があまりにも酷いと不人気となっている。


 尤も、Cランクとなるにはライバル令嬢フロレンツィアのやってもいない苛めを捏造するというヒロインらしからぬ選択肢を選ぶ必要がある。そのため、全ルート全エンディングコンプ勢ではない限り知る者は少なく、知っているプレイヤーからは自業自得エンド(でもちょっと可哀想)と言われている。


 つまり、ゲームをコンプリートしていなかったバルバラは偏見と思い込みによって自業自得エンドを自ら選んだのだった。






 なお、自業自得エンド以外の王太子は爽やか好青年である。


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[良い点] うん すごく納得 というか ヒロインってなんだっけ って思わず考えてしまいました 当たり前が新鮮なのが不思議ですよね というかあれだけの不敬を よく庇えたな 王子 別の意味でびっくり…
[良い点] あ、普通はこうだよねwって思えた事。 [一言] 普通に考えたらそりゃそうだ、と普通に思えたお話。ゲーム内の設定がヒロインにだけ都合よく出来てるだけで普通は相手が年下でも身分が上なら逆らっち…
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