第二王子襲撃 03
「お父様……っ!」
我に返ったメルヴィとトビアスは、瓦礫の向こうで倒れているマルセルのもとへ駆け寄った。
「……メル……ヴィ……」
マルセルはぐったりと倒れていて、その顔からは血の気が引いて真っ白になっている。力を失った体はずしりと重く、驚くほど冷たかった。
トビアスがマルセルを抱き起こすと、マルセルの唇がかすかに動いて娘の名を口にする。
「お父様! お父様っ!」
トビアスの腕の中にある冷たい父の体に、メルヴィはすがりついた。
「……メルヴィ……手を……。……魔力を……こちらに……」
マルセルがわずかに残された力を振り絞って差し出した右手を、メルヴィは両手で覆う。
先ほどマルセルが手伝ってくれたおかげで意識することが出来るようになった、体中を巡る血液の流れ。
ここに宿る力が、魔力なのだろう。そっと目を閉じて血の流れへ意識を向ける。
体を巡る魔力を、指先へ。
熱が指先から溢れ出す。それがドクンと脈打って、握り締めた父の手に流れていくのが分かった。
祈るような姿勢でメルヴィはマルセルの手を握った。
しばらくすると、マルセルの顔が少しずつ血色を帯びていく。
その様子に、マルセルを覗き込んでいたメルヴィとトビアスは安堵の息を漏らした。
やがて、失われていた酸素を取り戻すかのようにマルセルの胸が大きく上下する。唇から細く長い呼吸が吐き出された。
「……ありがとう」
頭を押さえながらマルセルがふらふらと上体を起こす。
「あの男は……魔力を吸い取る力、のようなものを持っているのでしょうか」
メルヴィはマルセルに尋ねた。
竜巻と共に消えた謎の男。
男に首を絞められたとき、触れられた部分から力が抜けて、自身にかけていた変装の魔法も元に戻ってしまった。
トビアスが何も影響を受けなかったのは、彼には全く魔力がないからなのだろう。
魔力が全くないということが逆に珍しいらしいということも、メルヴィにとっては初耳だった。
「あぁ、おそらくはそうだろう。どういうからくりなのか分からないが―――
それより、殿下は……!」
マルセルが傍らに倒れたままの黒髪の青年のもとに屈みこむ。
青年の胸に耳を当てて、そのわずかな動きを感じ取ろうとする。
「……まだ息はある……! 脈は……」
と言いかけて、マルセルは持ち上げた青年の手首を無言でじっと見つめた。
「……あぁ、そうか。殿下は、“そう”だったな……」
マルセルは何かを言いよどんだが、メルヴィの視線を避けるように顔を逸らし、それ以上の言及はしなかった。
代わりに、メルヴィに向かって言った。
「……とにかく、殿下はまだ生きている。メルヴィ……、さっき私にしたのと同じようにしてくれるか?」
メルヴィはこくんと頷くと、言われた通りに王子の手を握る。
マルセルにしたのと同じように、王子の冷たい手に魔力を流し込んだ。
手ごたえを感じるまで、今度は随分時間が掛かった。
いくら流し込んでも、暗い穴の中に吸い込まれていってしまうような感覚だった。
触れた手が、氷のように冷たい。
そして、王子の手は、手首の薄い皮膚の向こうに感じるはずの血液の流れ――脈が、感じられなかった。
どれくらい時間が経っただろう。
空洞に魔力を送り続けるような時間は、果てしなく続くように思えた。
ビクッ、とわずかに王子の体が震える。
ぼうっとしかけていたメルヴィは、その刺激で我に返った。指の先から流れる魔力が、確実に器に入っていくような、不思議な感覚を覚える。その器を満たすように、更に意識を集中させて一気に魔力を放出する。
その瞬間、急にふっと頭が重くなった。視界がチカチカと曇り、体がふらつく。
メルヴィは体を支えきれずに、王子の手を握ったままその場にうずくまった。
「メルヴィ! 大丈夫か?」
「大丈夫です……ちょっと眩暈が」
「魔力を使い過ぎたんだな。一旦家に帰ろう。トビアス、殿下を運んでくれ」
マルセルがメルヴィを抱き上げる。
こうして父に抱っこされるのは、いつぶりだろうか。
まるで小さな頃に戻ったような気がした。
温かい父の手、がっしりとした胸板。耳元で響く鼓動。
歩幅に合わせて揺れる振動が心地よく、メルヴィは目を閉じると、そのままゆっくりと意識を失った。