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第二王子襲撃 02

 メルヴィは咄嗟に身を屈めて、今にも飛び出していきたい気持ちを抑えて様子を伺った。男とメルヴィの間には崩落した壁の残骸が立っており、男はこちら側には気が付いていないようだ。

 メルヴィはぐっと拳を握ると、軽く唇を噛む。


 今、父を助けられるのは、自分だけだ。


 握り締めた手のひらに、じんわりと汗がにじむ。

 さっきはマルセルがついていてくれたから、悩むことなく力を使うことが出来た。だが今度は、一人でやらなくてはいけない。父を助けるために。


 おそらく隙を突けるのは、一瞬だけ。一撃で何とかしなければ、メルヴィ自身の身も危ないだろう。

 自分が出来ることを、必死に頭を働かせて考える。今まで使ったことのある魔法が次々に頭に浮かんだ。


 先ほどの火の海を思うと、ここで再度火を放てばマルセルと王子が危ない。

 水も出すことが出来るが、一撃でこの男を確実に仕留める攻撃方法には思えない。

 その他に自分が出来ることはないだろうか?


 それ以外に出来ることと言ったら、お忍びのために髪の色を変えることと、掃除のときに風を起こして埃をはらうことくらいだ。魔法で誰かを攻撃することなんて考えてもいなかったから、生活をちょっと便利にするためだけに魔法を研究してきたことが悔やまれる。


 何か……何か、遠くの敵を攻撃出来るような魔法はないだろうか。


 焦燥感に駆られながらぐるぐると思案する頭に、ふと一つの魔法が浮かぶ。


 ―――厨房に時々現れるネズミを、近づかずに駆除するために練習した魔法。

 

 メルヴィは握り締めていた手を開き、自らの指先を見つめた。


 きっと出来る。


 手を構えて、意識を集中させる。

 背中に父の力を感じないことが不安だったが、先ほどマルセルと共に行ったときの感覚を思い出しながら、メルヴィは体の中に流れる血液に力を込めた。


 メルヴィの指先から、閃光が走る。


 勢いよく放たれたそれは、稲妻の形を取って、マルセルに指を突き立てている男の体に向かっていった。



「……誰だ?」

 男が振り返ると同時に、稲妻が男の体に命中する。放った指先にも確かな手ごたえがあった。


 やった!


 そう思った瞬間、メルヴィの視界がぐらんと揺れる。

 首元を圧迫する力を感じる。苦しくて息をすることが出来ない。

 地面についていたはずの足が宙を蹴った。


 確かに稲妻を体に受けたはずの男は、今やメルヴィの目の前に立っていた。

 革手袋をした手がメルヴィの白い首に食い込む。男は片手でメルヴィの首を掴んで持ち上げていた。


「今のは、君が? 面白いことが出来るんだね」


 体に攻撃を当てた感触はあったのに、男は何事もなかったかのように立っている。あの一瞬で、どうやってこちらに来たのかも分からない。

 分かっているのは、攻撃は失敗して、メルヴィは男に捕らえられているということだけだった。

 さっきまで男が立っていた場所には、マルセルと王子が重なり合うようにして倒れている。


 持ち上げられたメルヴィの真正面に、男の顔があった。襟を立てた外套のせいで遠くからは見えなかった顔を今ははっきりと見ることが出来る。


 長い銀色の髪が緩く波打つ。切れ長の目元を深い瑠璃色の瞳が彩る。不機嫌そうに顰めた眉と、興味深そうに微笑む唇がアンバランスな、想像していたよりもずっと若い美青年の顔がそこにあった。


「でも残念だったね、お嬢さん。俺に魔法は効かないんだよ」


 メルヴィの体から力が抜けていく。

 首を締めあげられているせいで呼吸が苦しいのはもちろんなのだが、それ以上に、体の内にある活力のようなものが吸い取られていくような感覚がする。


「……へえ」


 男は何かに気が付くと、片方の眉をあげて、興味深そうにじろじろとメルヴィを見つめた。

 首を掴む力が強くなって、ぐいっとそのまま更に体を持ち上げられる。


「これも自分でやったの?」


 メルヴィの視界に、ふわっと見慣れた色の陰が落ちる。

 さらさらと流れる、プラチナブロンド。

 メルヴィが驚いて目を向けると、自分の肩先で跳ねていた茶色の髪はするすると伸びて、根本から色を変えていくところだった。

身動きの出来ないメルヴィには止めることも出来ないまま、魔法で変化させていた茶髪の癖毛は、みるみるうちに本来のプラチナブロンドに戻っていった。


「こっちの方が、綺麗だ」


 男が空いている方の手でメルヴィの髪に触れようとしたときだった。


「お嬢様!」


 聞き慣れた大声が響く。


 続いてメルヴィの目に飛び込んできたのは、男に向かって突進してくる塊だった。


「トビアス!?」


 メルヴィの従者の大柄な体が、男に思い切りぶつかる。

 その衝撃でメルヴィは振り落とされ、地面に落ちる。


 トビアスは何かを叫びながら男の腰にがっしりとしがみつくと、そのまま勢いよく持ち上げて

―――投げ飛ばした。



 地面に叩きつけられた男が、すぐにのっそりと上半身を起こす。唇には血が滲んでいた。男は驚いたように口元をそっと指で拭うと、革手袋についた自分の血をまじまじと見つめた。



「……魔法が使えない人間でも多少の魔力は体にあるはずなんだけど……。

 もしかして……君には全く魔力がない、ってことなのかな」


 男は立ち上がると、パンパンと外套についた土を払い落とす。 そして、乱れた髪を整えるように頭を振った。


「君が居る以上、今日はこれ以上は辞めておいた方が良さそうだね」


 そう言って、男はチラリとトビアスを見るとため息を吐いた。 そしてゆっくり手を広げると、小さな声で何かを呟く。 男の周りに小さな竜巻のような風が起こった。



「あぁそれから……お嬢さん。君とはまた、きっと会える―――」


 土埃や焼け跡の煤を巻き上げて回転する風の中心で、男は言葉を続けた。


「―――次に会うときは、仲間として」




 ただただ呆然とするメルヴィとトビアスを残して、男の姿は消えた。


 消えた竜巻が巻き上げた瓦礫の破片が、風を失って地面に落ちる。

 さっきまでの出来事が嘘のようにシンと静まり返った中に、破片が地面に当たる音がパラパラと響いた。


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