東の猛獣使い 03
「それで、結局、次の試合はどうすんの?」
おもむろにヒューが口を開いた。
ヒューはアレクセイには興味がないようで、アレクセイの方には一切目を向けずにいつも通りのしれっとした顔をしていた。
話を向けられたミランは、気まずそうな顔で視線を泳がせる。次の試合に対して気が進まないようなのは明らかだった。
「え~なになに? 次何かあるの?」
ヒューから無視されていることは全く意に介していない様子で、アレクセイが話に首を突っ込む。
「次の相手って……、あぁ、なんだ、ローレン・ロイドか。……ふ~ん、ミラン、元カノと戦うのはやっぱり気まずいんだ?」
「!?!?」
アレクセイの言葉に、キトリ以外の全員がぎょっとした顔でミランを見た。
「別に……付き合ってた、っていうわけじゃ、ねえけど……」
皆の視線を一身に受けて、ミランは視線を泳がせたまま、誰にともなく言った。
「え~、でも向こうがミランに惚れてたのは確実だったじゃん? いつもキラッキラした目で、顔真っ赤にして話しかけてきてさぁ。ミランも満更でもないカンジだったのに、据え膳頂かなかったの? まぁ、惚れた腫れた、好きだの嫌いだの、付き合う付き合わないだのって、平民の特権の話だから、俺にはそういうのよく分からないけど。でも、いいよねえ、結婚しなくても女の子と仲良く出来るのって」
仲良く、の言い方がやけに生々しく、それが暗に何を意味しているかは、色事に疎いメルヴィにも理解することが出来た。不躾なアレクセイの物言いに、メルヴィは顔を引きつらせた。
「だからそういうんじゃないって! そういう言い方、ローレンにも失礼だからやめろよ」
ミランがアレクセイを窘める。
アレクセイは肩をすくめておどけた表情を見せただけで、反省はしていないようではあるものの、それ以上何かを言うことはなかった。
「とにかく……別に相手がローレンだから、ってわけじゃねえけど、……元々、女と戦うのはイヤなんだよ」
「はあ?」
ヒューがバカにしたような声を出す。
「いや、分かってんだよ、そーいうこと言ってる場合じゃねえってことは、分かってんだけど……でもさ、ライカンの世界では、オスの社会とメスの社会ははっきり分かれていて、オスとメスで戦うってことはねえんだよ。だから気が進まないっつーか……。第一、戦ったってマトモな勝負にはならねーだろ。オスとメスじゃ体の作りや力だって違うんだし……」
「……なにそれ」
ぐしゃぐしゃと頭を搔きながら話すミランに、今度はキトリが反応する。キトリにしては珍しい、強い語調だった。
「女は男よりも弱いって言いたいの?」
キトリは静かに言った。
「そりゃ、そーだろ」
ミランはあっさりと肯定する。
ブチッ、とキトリの血管が切れる音が聞こえたかと思うくらい、キトリの顔が一気に変わった。普段は無表情で感情の起伏が殆ど見えないキトリだけに、その表情の変化は顕著だった。
「そんなことない……っ! 女だって強くなれるし、男に勝つことだって出来るっ!」
キトリは声を荒げる。
女のセイレーンは生まれつき体も力も弱く、それでいて容姿は抜群に美しいため、心無い男たちによって望まぬ労働に従事させられたり、性的な搾取をされたりと酷い扱いをされることが多い。そのせいか、女のセイレーンのことを始めから「そういう生き物」として捉えている男も多い。それはキトリに限っても例外ではなく、今やキトリは伯爵令嬢であるにも関わらず、セイレーンであるというだけで不埒な目を向けてくる男たちの視線に常に晒されている。
そうした偏見と常に戦っているからこそ、まるで女を下に見ているとも取れるミランの発言は、キトリには受け入れられないものだった。
「んなこと言ったって、現実的に男女で差があるのは仕方ねえだろ。見てみろよ、マッチの第一試合、勝ったチームの殆どが男だぜ? ローレンのチームだって実質戦ってんのは男2人なんだし」
ミランが指し示した掲示板の最新のトーナメント表には、第一試合の結果が出そろっていた。
平民の生徒は3学年合わせて60人、男女比はほぼ同数だ。3人一組のため、参加チームは全部で20チーム。第一試合を勝ち進んだ10チームのうち、女子生徒が居るのは男女混合のチーム・ロイドと、1年生の女子生徒3人からなるチーム・ジャクランの2チームのみであった。
「たとえ腕力や体力に差があったとしても、女性が男性に勝てないというわけじゃないと思いますよ」
険悪な雰囲気の中で、口を開いたのはトビアスだった。皆の視線がトビアスに集まる。
「だからこそ、予想紙にも色んな評価項目があるわけじゃないですか。勝負に勝つには、体力や物理攻撃力だけでなく、特殊攻撃力やスピード、頭脳も必要です」
手元の予想紙をめくりながら、トビアスが言った。
「さっきのチーム・ジャクランの試合を見てましたけど、3年生の騎士道科の男子生徒相手に、1年生の女の子たちが魔法であっさり勝ってましたよ」
勝利チーム予想では全く取り上げられていなかったチーム・ジャクランについて、改めて予想紙に目を通す。
3人とも1年生の女子で、リーダーは魔法科のヨンナ・ジャクラン。他のメンバーは、医学科のアーニャ・カーライルとサーシャ・カーライルという双子の魔女だった。異種族が2人も居るチームは他にないというのに(正確に言えばメルヴィ達のチーム・オースターは、ライカンのミランと、混血の魔女のメルヴィの2人の異種族が居るのだが、メルヴィが魔女ということは隠されているので対外的にはミラン1人という扱いになっている)これまで注目されていなかったのは、彼女たちが1年生であり、女子生徒であるからなのだろう。
「まあ、相性の問題だよね」
興味なさげに大きく伸びをしながら、アレクセイが言う。
「どんな力も万能ではないってこと。相手の能力や弱点との相性で、勝敗は大きく左右される。ミランにとって、女は弱点、ってことかな?」
ミランはきまりの悪そうな顔をした。
キトリは冷静さを取り戻したのか、まだ納得をしていない風ではありながら、ぎゅっと口を結んでミランを見つめるだけにとどまっていた。
「……じゃあ、次は俺が出てやる」
そう言ったのは、ヒューだった。
「お前と違って、俺は相手が女だろうがどうでもいいんでね」
「えっ、ヒューが1人で出るってこと?! なんで?!」
メルヴィは思わず聞き返した。
ミランの強さはアルクトドゥス襲来の際に実際に見て知っていたが、ヒューについてはよく分からなかった。いくらヒューが魔法科の首席とは言え、学業の成績とマッチでの戦いは別である。いかにも俊敏そうな鍛えられた体躯のミランと違って、ヒューはどちらかと言えば小柄で細身で、強そうには全く見えない。
「……ユーリ、てめえ、また俺のかっこいいところに口挟みやがって」
ヒューが拍子抜けしたようにメルヴィに視線を送る。
「別にかっこよくないってば。ヒュー1人で大丈夫なの? だったら俺も出るよ?」
「ざっけんなよ。オースターに出来て俺に出来ないわけねえだろ」
「だから、無駄にミランと張り合わないでよ。それから、もういい加減オースターじゃなくてミランって呼んだら?」
うるせえ、と言いながら、いつもの通りにヒューはメルヴィの頭に腕を回そうとした。ヒューとの言い合いもすっかり日常のものとなっているので、そのまま頭をぐりぐりと攻撃されることを見越して、メルヴィはぎゅっと目をつぶった。
しかしヒューの腕は大きく宙を掻いて、そのままバランスを崩して転びそうになる。
メルヴィの体は、伸ばされた別の腕によってぐっと後ろに引き寄せられていた。
「ルート!」
振り返ると、正装のマントに身を包んだルートが立っていた。