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魔女の血を引く辺境伯令嬢、男装して婚約破棄を試みる 〜恋と魔法と革命の物語〜  作者: 狸穴むじな
第三章 王立アカデミー マッチ編 
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マッチ開幕

「じゃあユーリちゃん、頑張ってね。あたしはちょっと事情があって会場には行けないんだけど、こっそり応援してるわ」


 マッチの開催日である今日はディディエとの朝のレッスンは無しということになっていたが、気持ちが落ち着かなくて早く起きてしまったメルヴィは早朝から温室を訪れていた。

 そこにはいつもと同じようにディディエが居て、優しい笑顔でメルヴィを迎え入れてくれた。

 最終確認というのは名ばかりの、とりとめのない雑談が殆どの他愛のない時間をディディエと過ごしているうちに、あっという間に集合時間になってしまう。


 今回のマッチはアカデミーの公式行事ということで、国王と王妃を筆頭に、宰相、騎士団長、魔術師団長など名だたる重鎮の臨席が予定されている。王子であるルートは国王夫妻と共に貴賓席からの観覧になるとのことで、一足先に開会式の準備のために部屋を出ていた。


 昨夜ルートとトビアスが交わした会話について、メルヴィは何も知らない。

 トビアスから「殿下が全部知ってるってこと、お嬢様には秘密にしていてください。全部バレてるって知ったら、お嬢様が今度は何を言い出すか分からないので……」と言われたこともあり、ルートは引き続き2人の正体を知らない振りを続けることになっていた。



 普段はただ広いだけのアカデミーのグラウンドに、マッチのための仮設のスタジアムが組まれている。

 今日1日のために作られたとは思えないほどきちんとした作りで、貴族の生徒用の観覧席は座り心地の良いクッション付きの椅子に、ドリンクや軽食を提供するバーカウンターも備えられていた。来賓席は更にその上段に半個室のような形で作られており、最上部にはガラスに覆われた王族用の貴賓席がある。


「何これ……今日のためにわざわざ作ったってこと? マッチってそんなすごいイベントだったの?」

 豪華なスタジアムを前に、メルヴィは顔を引きつらせた。


「いや……去年まではもっと非公式の、どっちかっていうとアングラなイベントだったから、こんなのはなかったな。何のためにこんなものを……」

 ミランが眉を顰める。


 開幕を告げるファンファーレが鳴り響く。楽団まで用意されているらしい。


 誘導係に促されるままに、メルヴィは他の平民の生徒たちと共にスタジアムの中に入った。フィールドの上に平民の生徒たちが現れると、周囲をぐるりと囲む観客席から、わーわーという歓声が沸きあがる。

 応援もブーイングも入り混じった様々な声が上から降ってくる。好奇の目に見下ろされる。


 観客席を見渡すと、トビアスがキトリとオルガと並んで座っているのが見えた。オルガは天体観測でもするかのような大きな双眼鏡を首から下げて、“ユーリ”の名前が入った団扇を手にしている。メルヴィと目が合うと、オルガは立ち上がって両手を激しく振った。その横で、トビアスとキトリも笑顔で手を振ってくれる。

 トビアス達の顔を見て、メルヴィは張り詰めていた気持ちがふっと緩むのが分かった。


 もう1人、見たい人の顔があって、メルヴィは更に視線を走らせる。

 そして、見上げた視線のずっと向こう、一際高いところに、ルートの姿を見つけた。フィールドに立つメルヴィからはその姿が遠くて見えにくいほど高いところに、ルートが居る。

 国王と王妃の隣に、クラース、ルート、エルウィンの順で3人の王子が並んで立っていた。1人だけ黒髪のルートはよく目立つ。

 こうしていると、まるでルートは雲の上の存在のようだ、とメルヴィは思った。

 ガラスの反射がその表情を覆い隠して、ルートが今どんな顔でこちらを見ているのか、メルヴィからは分からなかった。


 幾つかのアナウンスの後で、楽団の奏でる音に合わせて、正面に設えられた大きな掲示板に掛かっていた布が引き払われる。

 そこには、直前の抽選によって決められた、本日の対戦トーナメント表が記されていた。


「えーと……俺たちの初戦は……」

 ずらりと並んだ20のチーム名を端から目で追いながら、メルヴィ達のチームリーダーであるミランの名前を探す。


「ミラン!」

 メルヴィが名前を見つけるよりも早く、ミランが後ろから誰かに声を掛けられる。


 振り返ると、同じクラスの男子生徒が立っていた。

 がっしりした体格に短い髪の、いかにも快活そうな風貌の青年だった。その後ろに居る2人もクラスメイトで、似たり寄ったりの容姿をしている。

 クラスルームでトビアスと話しているところも見たことがあるから、3人とも騎士道科の生徒なのだろう。メルヴィは話したことのない3人だった。


「よお、ブライアン」

 声を掛けてきた青年に、ミランは親しげに返事を返す。


「初戦の相手、俺たちだぜ、よろしくな! 初戦からお前らと当たるなんて、ほんとツイてねーよ。せっかく騎士団長が観覧に来てるから、良いところ見せて騎士団にアピールしたかったのになぁ」


 メルヴィは、掲示板に記された名前をようやく見つけることが出来た。

 初戦の相手は、チーム・ランキャスター。

 頭に叩き込んできた予想紙の情報を思い出す。リーダーはブライアン・ランキャスター。3人とも騎士道科の生徒から成るチームで、3人とも能力の傾向はほぼ同じ、体力と物理攻撃力が長けていて、特殊攻撃力や頭脳は弱い。


 第一試合が間もなく始まるため、平民の生徒たちはフィールドから出るようアナウンスがあった。


 メルヴィたちの初戦までにはまだ時間があるので、メルヴィはミランとヒューと共にスタジアムの外の芝生に座って作戦会議を行うことにした。


「初戦は、3人とも騎士道科のチームかぁ。俺はよく知らないけど、ミランは友達なんだよね?」

 ヒューは……と言いかけて、愚問だったと口を噤む。クラスルームでは殆ど口を開かないヒューは、メルヴィ以外に友達が居ない。


「おー、寮とかクラスでも比較的よく話す方だな。いい奴だぜ。ブライアンも、ジョーもニコも」

 ミランに話しかけてきたリーダーのブライアンだけでなく、他2人ともミランは親しいようだった。


「相手が友達だとやりにくい?」

「そーでもないよ。別に何も殺し合いをするわけじゃない。相手の腕輪を取るだけだろ? スポーツみたいなもんだろ」


 マッチのルールは、それぞれの腕に嵌められた腕輪を取る、というシンプルなものである。3対3で戦い、相手チームから2本の腕輪を先に奪った方が勝ちとなる。

 なお、以前は腕輪ではなく首輪だったようだが、相手の首を切り落としてでも首輪を取ろうとする者が居たために腕輪に変更されたらしい。腕なら切り落としてもいいのかという気がしなくもないが、首よりはまだ安全である。


「……じゃあ決まりだな」

 それまで黙っていたヒューが、ふいに口を開いた。


「オースター、初戦はお前が1人で戦え」


「はあ?!」

 ヒューの突然の発言に、ミランが声を上げる。


「ユーリの弱点は体力だ。出来る限り後の試合まで温存しておきたい。俺だってスタミナに自信があるわけじゃないから、無駄に戦って消耗するのは御免だ。騎士道科の木偶の坊3人くらい、お前1人で余裕だろう」

 ヒューは冷めた口調で言った。


 メルヴィと話すときには素の表情を見せるようになったヒューではあるが、メルヴィ以外の人に対しては相変わらずの仏頂面で、特にミランに対しては当たりが強い。


「何だよそれ。そーいうやり方、俺はどうかと思う。誠意がないっつーか。普通に戦えばいいのに、何でわざわざそんなことすんだよ」

 ミランが不快感を露わにして言った。

 

「3対1で勝てることについては否定しないんだな。本心ではそう思ってるくせに、同情で3対3にして圧勝したとして、それがお前の言う“誠意”なわけ?」


 ヒューの言葉に、ミランは黙り込む。


 ヒューの言う通りだった。

 1人でも勝てるだろう、とミランが本心では思っているのは事実だった。

 ルートに付き合って騎士道科の訓練を何度か見たことがあるし、先日のアルクトドゥスの討伐のように騎士道科と生物科が合同で動くこともあるので、ブライアン達の実力は知っている。

 決して弱いわけではないが、特に強いわけでもない。騎士としては悪くないとは思うが、ライカンの力をもってすれば3人同時であっても容易に勝てる相手であることは分かっていた。


 しばらくしてから、ため息まじりにミランは口を開く。


「……分かったよ。俺1人でやってやる。にしても、ヒュー、お前は俺が3対1でも勝てるって思ってくれてるんだな」


 ミラン1人で出るということは、ミランの腕輪が取られたらその時点で負けが確定することになる。

 更にマッチはトーナメント制のため、1試合でも負けたらもう優勝することは出来ない。


 その大切な1戦を、ミラン1人に任せても良いと判断するくらい、ヒューはミランの実力を認めているということになる。


 ヒューは不快そうにミランをじろりと睨んだ。


 何だかんだ言っても、ヒューはミランのことが大好きなんだよなあ、と思いながら、メルヴィはニヤニヤと笑いたいのを必死に噛み殺そうとする。


 ヒューはミランに対して何かにつけて文句ばかり言って反発しているが、全てはミランのことを意識しているが故の言動なのだということを、メルヴィはよく知っている。


 ミランが居ないところでのヒューは、今日もオースターがこうした、ああ言った、こんなことを言われてムカついた……等々と、ミランの話ばかりをする。


 好きの反対は無関心、という言葉をどこかで読んだことがあるが、まさにその通りだと思う。嫌いだと口では言いながらも、ヒューはミランの一挙一動に常に意識しているのだ。


「ユーリッ、てめえ気持ち悪い顔してんじゃねえよ!」

 

 ニヤニヤと笑いを堪えようとしていたメルヴィに気が付いたヒューが、メルヴィの頭を抱え込んでヘッドロックをした。


 激動の1日は、まだ始まったばかりである。


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