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魔女の血を引く辺境伯令嬢、男装して婚約破棄を試みる 〜恋と魔法と革命の物語〜  作者: 狸穴むじな
第二章 王立アカデミー はじまり編 
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水は知性 火は情熱 04

 ディディエとの朝の特別レッスンももう一週間になり、今日からは魔法科の授業が始まる。


 今日は珍しくルートも一緒に参加している。ルートはメルヴィと同じく火のエレメントのため(正確にはメルヴィは全エレメントを使えるのだが)、火の魔法はルートにもアドバイスをもらうことになった。


「前にルートがやってた煙の魔法、あれ俺もやってみたい」


 先日の襲来の際、アルクトドゥスの嗅覚を惑わせるために、ルートが火そのものではなく煙だけを出すという魔法を使っていたのを思い出し、メルヴィは尋ねた。


「あぁ、あれ? うん、教えてあげるよ。難しくないし」


「あらあら、手取り足取り、ずいぶん丁寧に教えちゃって。だけど、煙だけを出す魔法なんて、相変わらずルートちゃんって変わったことを考えるわねぇ」


 メルヴィの手を取ってやり方を教えるルートの姿を見ながら、ディディエがウフフと笑った。


「変わってるんですか?」


 ルートに手を握られたまま、メルヴィはディディエの方に顔を向ける。


「ユーリちゃんには前も言ったと思うけど、普通はそんなことしないわね。面倒臭いもの。まず、煙だけが必要なことって思いつかないし。そんなの、いつ使うのよ? あたしは魔女という怠惰な生き物だから、もっと簡単な方法を使っちゃうのよぉ」


「僕はディディエと違って火しか使えないから、その中で自分に出来ることを色々試してるだけだよ。……ほら、ユーリ、こっち見て」


 ディディエの方を見ていたメルヴィの顎に手を添えて自分の方を向かせながら、ルートが言った。


 ルートはディディエを下の名前で呼び、気安い話し方をするのだということを、メルヴィは今日初めて知った。

 これまではそれぞれとしか会ったことがなかったので、こうして三人で会うのは初めてだ。親しみやすい人柄ではあるが仮にもディディエはアカデミーの教師なので、ルートのディディエに対する態度には違和感がある。

 二人には教師と生徒というだけではない繋がりがあるんだろうか、とメルヴィは思う。


「まあ、変わっていると言えば、何と言ってもあの子よねぇ。魔法科首席の眼鏡の子」

「ヒュー・ベイカーですか?」


 首席の眼鏡、と聞いて思い浮かぶ顔があり、メルヴィは再びディディエの方を見た。

 ルートは一瞬ムッとした表情を見せたが、メルヴィとディディエがそのまま話し始めてしまったので、仕方がないといったようにメルヴィの手を離した。


「そうそう、あの子はすごいわ。古今東西のありとあらゆる魔法を調べつくしてるんじゃないかしら。それこそ、魔法と関連があるものなら何でもよ」


 魔法というものは料理に似ている、とディディエは言う。


 魔法は、ある一定以上の魔力がある者ならば、使おうとすれば使うことが出来る。魔法に「正しい使い方」というものは存在しない。


 けれど、料理に、調理方法や食材の扱い方、調理器具の扱い方といった基礎があるように、魔法にも基礎というものがある。基礎を学ぶことで、安定して力を使うことが出来、使える魔法の幅が広がり、精度も上がる。怪我や事故も防げるし、食中毒のようなものも防ぐことが出来る。


 同じように魔法の基礎を学んでいても、術者によって魔法の使い方は異なる。そこには個人のセンスや技術、魔力の量が反映されるからである。同じ料理であっても調理方法や味付けが個人によって異なるのと似ている。

 そして、料理と同じように、著名な魔法使いがオリジナルの魔法の指南本を出していたりもするし、地域や国ごとにその土地特有の魔法があったりもする。また、原始時代から今日に至るまで、時代を経て調理方法が変化しているように、魔法にもその変遷がある。


 ヒューは、そういったありとあらゆる魔法に精通している。

 この国では馴染みのない異国の魔法や、今では使われないような古めかしい魔法にも詳しいのだそうだ。


「今度のマッチで、俺とヒュー・ベイカー、それから生物科のミラン・オースターでチームを組むんですよ」

「マッチ? あらやだ、そんな前時代的なこと、今もやってんのね」


 ディディエはアカデミーの卒業生である。卒業してからもずっとアカデミーに住んで研究を続けているが、どちらかといえば教師よりも研究員としての役割の方が大きいので、生徒間での出来事にはそれほど詳しくない。


 また、今回は異例の扱いであるが、マッチは本来あくまで生徒間で自主的に行われる非公式な催しものであり、アカデミー側は公式にはその存在を認めていなかった。そのため、ディディエのようにアカデミーの教師であっても、興味がなければマッチがいつ開催されているのも知らない者もいる。その逆に、積極的に賭けに参加するような教師がいることも事実であるが。


「ピクスリー先生の学生時代にも、マッチってあったんですか?」


「あったわよぉ、ホント、くだらないわよね。あたしはああいうの苦手だから、賭けたりはしなかったけど」


 ディディエがさらりと言ったその言葉を、メルヴィは聞き逃しはしなかった。


 やっぱり、と思う。

 ディディエは、「賭ける」側の身分なのだ。


 マッチは、平民同士が戦うイベントである。平民は強制的に全員参加させられる。それに対し、貴族はその戦いを観覧する。優勝者を予想し賭けに興じる者も多い。


 出場するのではなく、観る側の立場。

 アカデミーの学生時代、ディディエは貴族としてここに在籍していたことになる。


 ディディエ・ピクスリー。

 ピクスリーという名の貴族の家はないので、おそらく名前は偽名なのだろう。髪の色は派手なピンク色で、これは染めている。本来の色は分からない。女物の服を着て、派手な化粧をしているために、元の顔の造型も分からない。


 いわゆる“オネエ”系の出で立ちであることについ意識がいってしまっていたが、冷静に見れば、名前も、見た目も、身分も、ディディエは偽っているのだ。

 まるで、メルヴィと同じように。


 瞳は――――…… と、メルヴィは改めてディディエの瞳を見た。

 瞳は、魔法では偽ることの出来ない部分である。メルヴィも瞳は本来の色のままだった。

 ディディエの瞳は、鮮やかな青色だ。まるで宝石のような、輝く青い瞳。


 サファイアのような瞳だ、と、言う声が、脳裏に蘇る。

 父マルセルやトビアスが、メルヴィの瞳を褒める時によく使う表現だった。


 ――――目の前に居るディディエの瞳は、メルヴィと同じ色をしていた。


 メルヴィの瞳と髪の色は、母親譲りである。

 メルヴィはまるでヴェルヘルミーナの生き写しのようであると、マルセルはよく言っていた。その言葉が本当なのかどうかは、母の顔を知らないメルヴィには分からない。

 メルヴィが生まれてすぐに姿を消した母親。

 魔女であった、母親。


 ディディエは、ヴェルヘルミーナとメルヴィと同じ、サファイアの瞳を持っている。

 


 同じ瞳を持つ二人の魔女は、共にその素性を隠して、ここアカデミーにて巡り合っていた。

 身分や、性別や、種族によって全てが決まってしまうこの国の中で、二人は共に、真の姿を偽らざるを得なかった。

 それでも偽りのないその輝く瞳は、やがて、二人の運命を結び合わせることになる。

 



 春の月の始め。新たな季節の始まりの時。

 謎の転校生メルヴィ・マルヴァレフトとユーリ・ニーニマーによって、アカデミーの人々が、そして、ひいてはこの国の未来が、大きく変わろうとしていた。


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