令嬢と従者は屋敷を抜け出す 02
それにしても、半年ぶりの外出である。
久しぶりに袖を通す変装用のワンピースは、心なしか以前よりも丈が少し短くなったような気がする。胸元で結い上げる紐の長さも、以前よりもわずかに短く感じられる。
人間よりも長く若さを保つという魔女の血のせいか、それともずっと家の中に居てまともに太陽を浴びることのない生活のせいか、メルヴィは通常よりも身体的な成長がやや遅く、少し前まではまるで髪の長い少年のような見た目であった。
だが16歳になった頃から、少しずつ体つきや顔つきが女性らしく変化しつつある―――本人は全く自覚していないが。
常に行動を共にしているトビアスにしてみれば、メルヴィがいつの間にか見せるようになった女性の顔に、最近は動揺させられてばかりなのだった。
「この姿も半年ぶりね」
町娘風のワンピースに身を包んだメルヴィが、支度を終えて再度部屋にやってきたトビアスの前でくるりと回ってみせる。
普段は踝まである長いドレスに隠された脚が、膝のあたりまで惜しげもなく露出されている。
つい半年前に見た時には何も感じなかったはずの白い脚に、今日は胸がざわめくのをトビアスは感じた。
「……よく、お似合いです」
直視できなくて、そう言いながら目を逸らしてしまう。
「何で目を逸らすの?」
「……」
そんなトビアスの様子に、メルヴィは少しムッとした表情を見せる。
最近、トビアスはよくこうして目を逸らしたり、メルヴィから距離を置こうとする。
幼少期から今日までずっと一緒に暮らし、トビアス以外の友人を持たないメルヴィにとっては、トビアスの最近の余所余所しい態度が気になって仕方がない。
そういえば、トビアスが夜に街へ出掛けるようになったのも、ここ半年のことだ―――
「面白くないわ」
何も言わないまま俯いているトビアスの態度に対してなのか、それとも、いつの間にか変わっていく彼と自分の距離のことなのか、自分でもよく分からないまま、メルヴィは小さく呟いた。
「さて、最後の仕上げよ」
町娘風のワンピースに身を包んだメルヴィは鏡の前に立つと、真っすぐに伸びたさらさらのプラチナブロンドの髪に指を絡めた。
唇から短い呪文の言葉が紡がれると同時に、指先にほのかな光が宿る。
メルヴィの髪はするすると短くなり、肩のあたりで揺れる少し癖毛の髪へと変化した。光に透ける美しいプラチナブロンドは日に焼けた茶色に変わっている。
この国では、ブロンドの髪は高位貴族の象徴である。
と言っても建国以来の長い歴史を経て血は複雑に混じり合っているし、それでなくても自国・異国問わずあちこちからやってきた様々な種族や人種の入り乱れるパラヴァの街においては、ブロンド自体はそこまで珍しいものでもない。
現にマルヴァレフト家の血を引くトビアスの髪もくすんでいるとはいえ金髪であるが、こちらは街を歩いていても特別に目立つという訳ではなかった。
ただ、メルヴィのような輝くプラチナプロンドともなるとそうもいかず、一目見ただけで高貴な生まれであることが分かってしまう。
そのため、メルヴィは髪色を変える魔法を自分に施したのだった。
「……勿体ないですね、せっかく綺麗な髪なのに」
肩先で跳ねる茶色の癖毛に触れながら、トビアスが言う。
「勿体ない?」
「ええ、お嬢様の綺麗な髪を、出来るなら街中に自慢して回りたいくらいですよ」
メルヴィよりもずっと高い身長のトビアスが、頭の上から愛おしそうに髪を撫でる。
「何言ってるの。……そうね、でも、考えてみれば、私の本来の髪を見たことがあるのは、この家に居る人たちだけなのね」
メルヴィは少し何かを考えるような仕草をしてから、更に言葉を続けた。
「―――……私の髪に触れたことのある人は、お父様とトビアスだけだわ」
ぐっ、と不穏な音を立てて、トビアスは咳込みそうになるのを咄嗟に抑えた。
腕を回せば抱きしめられそうな位置で、メルヴィが不思議そうにこちらを見上げる。
大きな瞳は身長差のせいで上目遣いになり、「どうしたの?」と言いたげに小首を傾げている。
その仕草がトビアスの目にどのように映っているのかも、先ほどの発言の持つ破壊力も、この少女は何も自覚をしていないのだと思うと、トビアスは呆れたように長い溜息をついた。