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魔女の血を引く辺境伯令嬢、男装して婚約破棄を試みる 〜恋と魔法と革命の物語〜  作者: 狸穴むじな
第二章 王立アカデミー はじまり編 
19/69

悪役令嬢、登場?

「えっ、じゃあお嬢様はこれから殿下と同じ部屋で寝泊まりするってことですか!?」

 寮から校舎へと向かうケヤキ並木を歩きながら昨日の出来事を報告すると、トビアスは驚いて大声をあげた。


「しーっ、声が大きい! ……同じ部屋じゃないわよ。ちゃんと個室で、鍵もあるし、男装はバレないようにするから安心して」

「男装がバレるかどうかよりも、身の危険を心配してください!」

 校舎へ向かう生徒たちで遊歩道はそれなりに賑わっている。周りを見渡してメルヴィが唇に手を当てると、トビアスは慌てて声を潜めた。


「身の危険? 何を言ってるの、バレたらそれこそ身の危険よ。なんていったって相手は王子様なのよ!? 王子様の婚約者が素性を偽っていたなんてことになったら大問題よ……不敬罪で追放? 投獄? 処刑?? どうなるか分からないわよ」

 今更ではあるが、我ながらとんでもないことをしていると、メルヴィは思う。

「えっ、俺たち殺されるんですか?! 殿下はそういうことしなさそうですけどね……」

 のんきな調子でトビアスが言った。


「……っていうか、本当に殿下は気が付いてないんですかね?」

 トビアスがちらりとメルヴィに視線を向ける。


「当たり前じゃない。何で殿下がわざわざ知らない振りするのよ」

 メルヴィが不思議そうな顔をして言った。


「それよりトビアス、殿下がどんな目であなたのことを見つめてるか、自覚がないの?! 私には分かるのよ……! 殿下はトビアスのことが好きに違いないわ」


「えええっ、あり得ないですよ!!」

「なによ、いつもちょっと照れてるくせに。何だかんだ、トビアスの方も結構その気なんじゃないの? 私は同性同士の恋に偏見はないわよ」


 大真面目な顔で言うメルヴィに、トビアスは額を押さえ、はあ、とため息を吐いた。トビアスの気持ちなど何一つ分かっていない主人の態度に、つくづく報われない気持ちになる。


「あんな美形に迫られたら男だろうと多少はグッときますけど……そうじゃなくてですね……俺は……っ」


 トビアスがそう言いかけたところで、二人の会話は止まった。


 ざっ、と大きな音を立てながら勢いよく現れた人影に、トビアスは思わず言葉を飲み込む。

 目を上げれば、五人ほどの少女が二人の行く手を塞いでいた。


 どの少女も長い髪を綺麗にセットして髪飾りをつけており、手には豪華な扇やハンカチを手にしている。身に着けているものこそアカデミーの制服であるが、その指定のワンピース姿でさえドレスに見えてくるような出で立ちである。メルヴィにとっては見覚えのない顔ぶれだったが、その姿からは一目で高位貴族のご令嬢だということが分かった。


「ちょっと宜しいかしら、メルヴィ・マルヴァレフト辺境伯令嬢?!」

 その中の一人のご令嬢が、扇を片手に顎をあげながらこちらを睨みつけていた。その目は真っ直ぐにトビアスを見ている。


「は、はい?!」

 突然名前を呼ばれて動揺したのか、トビアスが上ずった声で返事をした。


「あなた、一体どういうつもりなの!」

「……何がですか?!」

 ゴテゴテに飾り立てたご令嬢は扇をぐいっとトビアスの方に付きつける。トビアスは思わず大きな体をのけ反らせた。


「何で突然現れたあなたがルート様と婚約しているのかしら?! 

 ――――ルート様はアンリエット様とご婚約される予定だったんですのよ!!」


「「えっ!?」」

 メルヴィとトビアスが同時に声をあげる。

 それまではメルヴィのことなど目に入っていなかった様子のご令嬢は、突然声を上げたメルヴィに初めて視線を向けた。メルヴィはしまったという顔で口を噤む。従者はこんな時に大声を上げたりしないものだ。


「いや、そんなの初耳っていうか……。アンリエット様……って、誰ですか?」

 ご令嬢の気迫に押されたままのトビアスがおずおずと尋ねた。


「まあああ! アンリエット様をご存知ないなんて! ローデンヴェルク侯爵令嬢、アンリエット・ローデンヴェルク様です! その姿は美しく、動作は優雅で上品、令嬢の中の令嬢と呼ばれる、高貴で優美なお方です!」

「アンリエット様は殿下とは幼馴染で、幼き頃より仲睦まじく、婚約も秒読みと言われていたんですよ!!」

「それを何ですか! いきなり現れたあなたが婚約者だなんて!!」

「しかもこんな……アンリエット様とは似ても似つかないような……!!」

「許せませんわ!! あなたがルート様の婚約者なんて、絶対に認められません!!」


 ものすごい剣幕で口々に捲し立てるご令嬢たちに、メルヴィとトビアスは顔を見合わせる。


 そんなの聞いてない……! 聞いてないよね?!

 ふるふると首を振りながら同意を求めるようにトビアスを見上げるメルヴィに、トビアスもうんうんと頷きながら同意の意を示す。


 令嬢の中の令嬢と呼ばれる? 美しく優雅で上品で高貴で優美な方が?

 殿下と幼馴染で? 仲睦まじく? 婚約秒読みだった???


 全く知らなかったことを突然叩きつけられてメルヴィは混乱した。これまで、ルートはそんな素振りを少しも見せたことがなかったではないか。


 何故だか複雑な思いが胸に湧き上がってくる。

 自分はルートのことなど何一つ知らないのだということを思い知らされるようで、メルヴィはモヤモヤとした気分になった。


 その時だった。


「あなたたち、何をしているの」


 凛としたよく通る声が、背後から飛んでくる。

 その声に振り返ると、そこには一人の美しい少女が立っていた。


 寮から校舎へと続く遊歩道は、たくさんの生徒たちで賑わっている。

そんなざわざわとした周りの雑音が一瞬聞こえなくなるほど、圧倒的なオーラを持って彼女はそこに立っていた。

背筋はピンと伸びて、その目は真っ直ぐにこちらを射抜いている。対面しているだけで緊張感を与えるような人だった。


 綺麗な人だ、とメルヴィは思った。

 顔の造型が美しいことは勿論なのだが、彼女の全身からは気品のようなものが溢れ出ていて、思わずこちらも居住まいを正してしまう。


「アンリエット様!」

 メルヴィ達を取り囲んでいたご令嬢たちが、その名前を口にした。


 アンリエット様。

 この人が、殿下と婚約するはずだった人……


 メルヴィは無意識のうちに、顔を隠すように前髪を手で撫でる。

 髪を短くして男子用の制服を着ている自分が、何故だか急に恥ずかしく思えた。

 その理由が自分でもよく分からないまま、メルヴィは横に立つトビアスの大きな体の陰に身を隠すように、そっと半歩後ろに下がる。


「……ご自身の品位を下げる言動は慎みなさい」


 アンリエットは静かな声でそれだけを言うと、スッと横をすり抜けて行った。

 その後ろ姿を、メルヴィは複雑な思いで見つめる。

 ご令嬢たちは気まずくなったのか、何か捨て台詞のようなものを吐きながら散り散りに立ち去っていった。


「はー、たった一言で黙らせるなんて、すごいですね。なんていうか、いかにも貴族のご令嬢っていうか。凛とした感じの、綺麗な方でしたね」

 感心したようにトビアスが言った。


「綺麗な方、だったわね……」

「そうですね。って、お嬢様? どうしましたか?」

「何でもないわ」


 心配そうに顔を覗き込むトビアスに向かってニコッと笑顔を作ると、メルヴィは校舎に向かって歩き出した。




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