最終話
昔々の特撮ドラマ「ウルトラQ」あたりをモチーフに話を考えています。あと、古い特撮映画とか「ゾンビ」などホラー映画も参考にしています。
設定のおかしいところがあるかも知れませんが、ご容赦下さい。
(2021年3月29日一部修正しました。)
最終話
鈴村刑事と関巡査はリュウの車を追って、東名高速を名古屋方面に向かっていた。
付かず離れずの距離で追跡する鈴村たちだが、リュウたちが確保している女王蜂が、電波干渉しているために携帯電話が使えず、他の部署と連携が取れないでいた。
自分たちの動向は、特別対策室への連絡は入っているだろうが、高速道路にいる事実まではわからないだろう。
リュウ達の4WDは、外国製の大型車である。
オービス(速度違反自動取締装置)を警戒してか、時速110Kmぐらいの速度をキープしている。しかし、こんな車が後ろから迫ってきたら、だいたいの運転手が道を開ける。今も前方を走る車両が、道を譲ったところだ。
「応援が出てくれると、ありがたいんですけどね。」
「まあ、無理やろな、連絡のしようがあらへん。」
「目標は名古屋の国際空港でしょうか?せめて、誰か人をやってほしいものですがねぇ。」
「下の道に降りて、信号か何かで停まったところを、押さえなならんやろな。」
サービスエリアで電話連絡することも考えたが、その間に行方をくらまされたりしたら、面目が立たない。幸いリュウたちの車は目立つので、そう簡単には見失ったりしないだろう。一般道で渋滞か信号で停まったところで、検挙してしまうのが最良と思われた。
そのリュウ達は今、追い越し車線で前にいる乗用車が、どうにも邪魔になっているらしく、車体を近づけてプレッシャーをかけていた。
ところが前方の車は走行車線が詰まっているせいなのか、それともムキになっているのか、車線を譲ろうとはしない。
リュウたちはしびれを切らしたようで、強引に走行車線へ割り込んだ。
割り込まれた方の車は、急ブレーキを踏んで接触を避けたが、その後ろの車はブレーキが間に合わなかったようで、先の車に突っ込んでしまった。
2台の車が「く」の字を作って止まり、追い越し車線にはみ出した。
鈴村はハンドル操作で衝突を避けたが、後続の車両はそうはいかなかった。
続けざまに2台の乗用車が突っ込んでしまい、さらに4トンくらいのトラックが、ブレーキが間に合わずぶつかった。
「停めて下さい、助けないと!」
「せやけど、いま車を停めたら、ヤツらを逃がしてまう!」
「火が出るかもしれません、早く助けないと、死傷者が出ます!」
「うう~、」
「人助けは、警察官の基本なんでしょう?」
「………」
結局、100mぐらい先で車を停めた。
発煙筒を持って、関巡査が走って行く。
鈴村は諦めきれなかったので、一人でも追いかけようと考えたのだが、事故車両から火の手が上がったのを見て、車を降りた。
関巡査はへこんで開かなくなった、ワンボックスカーのドアを開けようとしていた。
急停止した車に追突したところへ後ろからぶつけられたので、車体が歪んでしまったようだ。
車内にはケガをして昏倒している運転手の父と、泣いている子供の姿があった。
「なにしとんねん、どん臭いやっちゃなぁ。」
鈴村の持ってきた、レンチの尖っている方を使って、ガラス窓を割り、中の人を助け出した。
火は他の車両にも移り炎上したが、関と鈴村が事故直後に救出作業を行ったので、死者は出なかった。
「ごちそうさまでした。」
病院の食堂で、ランチを食べ終わったところだ。
「あんなことの後なのに、よく食べられるねぇ。」
真由美は、ご飯をお代わりしていた。
隣で綾子が、感心している。
「食欲が不快感を駆逐してしまったから、しかたないのよ。」
ただの食いしん坊のセリフであった。
「神経と一緒で、腹の太いヤツだ。」
向かいの席でお茶をすすりながら、山崎が上からのもの言いをする。
「自分だってお代わりしたじゃないよぉ!」
「僕はいいんだ……、さっき戻したから…。」
後半は小声になって、横を向いていた。
真由美は嫌な顔をしたが、すぐに反撃に出た。
「自慢するこっちゃないでしょ!」
「まだ食べてるんだから、そんな話やめて!」
綾子はまだ食べ終わっていなかった。
「相変わらず面白いわねぇ、あなた達。」
皆口女史は、隣の席で食後のコーヒーを飲んでニヤニヤ笑っていた。
ここへは彼女のSUVで送ってもらった。
近道があったらしいが、グロいものを見た後だし、車を汚されたくなかった皆口は、妥協して安全運転を心掛けた。
「じゃあ、私は大学へ戻るけど、お父さんに何か伝えておくことはある?」
「えーっと、父には携帯電話の電源を入れるように伝えて下さい。あの…、」急に覇気がなくなって口籠ったので、皆口が気にしていると、「あの、迷惑をかけてしまってごめんなさい。あと、ごちそうさまでした。」と、立ち上がって頭を下げる。綾子と山崎も同じように頭を下げた。
「いいのよ、緊張感満載で面白かったし、教授にはちゃんと伝えておくからね、また遊びに来てねぇ。」
真由美たちの可愛らしいところが見れたので、ランチを奢った櫂があったと満足したようだ。
ニコッと笑うと、楽しそうに手を振って去って行った。鼻歌まで聞こえる。
安全運転で言ってくださいね、と心の中で告げて彼女を見送った。
ちなみに、父に送ったメールの返事がまだ来ておらず、真由美父はまだメールを見ていないか、携帯の電源を切ったままか、どちらかと思われた。真由美の経験から、後者の方が高確率だった。
「あー、いたいた。」
皆口女史と入れ替わりに、千佳と直哉が食堂に来た。
彼らとは大学で別れたきりであった。
成り行きで出かけたとはいえ、勝手な行動をとってしまったので、ちょっと気まずかった。
「黙って行ってしまって、ごめんなさい。」
「気にしてないわ、それより大丈夫だった?」
千佳はあまり気にしていないようで、ニコッと笑って答えてくれたので、真由美は少し安心した。
おそらく真由美父から、ひと通りの事情は聞いているのだろう。
「おかげ様で無事に戻れました、高橋君は大丈夫でした?」
「それは良かったわ、なお君もこの通り無事だったし。」
直哉は「お、おうっ。」と軽く答えていた。
さり気に腕に抱きついている千佳に、直哉が「千佳ねぇ、恥ずいから離して。」と、小声で訴えているが、千佳は聞く耳を持ってないようだ。
まあ、直哉が殴り倒された後の、千佳の慌てようを思えば、仕方ないことだろう。
その直哉は、頬に大きな湿布を貼っていた。
殴られた時の腫れは、かなり引いていた。
CT検査を受けたが、異状は診られなかったという。
「リア充爆発しろ!」
山崎がお約束な発言をしていた。当然あさっての方向を向いている。
千佳はにこやかに笑っていたが、直哉は横を向いて顔を赤くしていた。
いろいろ突っ込みたいところではあったが、たぶん何を言っても受け流されてしまいそうだったので、こちらもスルーした。
「あー…、蜂も一応は退治できたみたいです。」
「それは良かったわ。それで井上さんは大丈夫だったの?」
「はい、ますますタフネスでした。」
真由美の返事がいまいち、わかりにくかったので、千佳は首を傾げた。
「え~っと、…大丈夫だったのね、じゃあ後は逃げた二人組だけねぇ。」
「鈴村さんたちが、追いかけて行ったんだよなぁ?」
直哉は気を失っていたので、この辺の流れはわかっていない。
気がついた時、鈴村たちも犯人も居なくなっていたのだ。
「それはもう、刑事ドラマのワンシーンを見ているみたいだったわ。」
「コメディじゃないと、いいけどな。」
この突っ込みは山崎だ。
「あの二人なら、コメディでもいけるわ!」
「凸凹コンビかよ!」
「あと、厳しい上司がいれば、完璧!」
千佳が「ずいぶん仲良くなったのね。」と言って、直哉が肯いていた。
食事を終えてテレビを見ていた綾子が、真由美の服の袖を引っ張った。
「凸凹コンビが映ってる。」
「へっ?」
高速道路で起こった、玉突き事故のニュースが流れていた。
無理な追い越しが原因で、5台の車を巻き込む大事故になったらしい。
「ほら、あれ!」
その映像には、関巡査と鈴村刑事らしい人影が映り込んでいた。
車は炎上したが、救出作業が早かったので死んだ人はいなかったらしい。
「あの人たち、捕まったのかなぁ?」
綾子の言うあの人たちとは、リュウとその仲間の事である。
「ネットニュースにも、詳細は出てないなぁ。」
直哉がスマホでニュースを見ていた。
放送局も現状を伝えるのを優先していて、事故の背景とかには触れていない。
原因とか関係者とかについては、後の話になるのだろう。
「逃げたんじゃないのぉ?」
「そうねぇ…。」
真由美が山崎の意見に肯くと、山崎が意外そうな顔をして見返してきた。
「なによぉ~?」
「いや、別に…。」
ずる賢い人達だったから、逃げのびている気がしたのだった。
テレビはすぐに別のニュースに切り替わってしまい、詳細はわからないままだった。この手のニュースは派手で人目を引くが、取り扱っている時間はどこの放送局でも短い。
綾子の携帯に、関巡査からの返信はなかった。
結局、関さん達の活躍も、逃亡者たちの顛末もわからぬまま、夕刻には親たちが迎えに来た。
真由美は母と再会してすぐハグされたが、その後長々とお説教を喰らった。
母は父から、真由美の大学や病院での奮闘ぶり(?)を聞いていたのだった。
「まったく、その落ち着きの無さは、誰に似たのかしら?」
綾子と山崎と、家に帰り始めた人達が見ていたので、晒し者にされているようだった。
ちなみに千佳と直哉は、いの一番に迎えが来て、千佳は直哉に抱きついたまま、車に乗り込んでいった。運転をしていた千佳の父親が、大変複雑な表情をしていたのが印象的だった。
真由美の父はその日もまた、帰らなかった。
警察から協力を頼まれたからだ。
例の蜂が、まだ残っているかも知れないと云うのだ。
封鎖区域の解除を手配したが、特別対策室としてはもう少し広い範囲で、安全確認をしておきたいというものだった。もし本当に残っていた場合の、助言を依頼されたという。
「えっ、私もですか?」
皆口女史を含めた数人の研究員と一緒に、警察署内の特別対策室で待機することになったそうだ。
“蜂感知システム(仮称)”を、広範囲で使えるように改良を頼まれた皆口女史は、自宅に帰ることができず、えらくしょげていたという。
リュウ達は事故を起こした後、すぐ先のインターチェンジで高速道路を降りた。
このまま高速道路を走っていては、危険運転の加害者として、追われかねないからだ。もちろん車も乗り換えなければならない。
それから1時間半ほどかけて、空港にたどり着いた。
協力者であるフジワラが、事前に連絡を取っていたらしく、チャーター機が待っていた。
しかし空港内に入るのには、問題があった。
リュウは不法入国、フジワラも実は指名手配されていたのだ。
荷物に紛れ込んで、搭乗することになった。
大きな木の箱に入って、しばらく待った。「寝ていてもいいが、いびきは掻かないように。」と注意されたが、暗い木のケースの中は意外と快適で眠ってしまったようだ。起こされたのは、機内に運び込まれてからだった。
蜂たちを入れた特殊ケースも、検疫にはかからなかったようだ。この特殊ケースは、手さげ金庫くらいの大きさで、電波を遮断する構造になっている。もちろん“精密な工具入れ”に偽装してある。
「チャーター機の検査は甘いというのは、本当だったようだ。」
もちろん手配した側の人間による、裏工作の結果であろう。
3時間ほど眠っていたらしく、外の景色が夕陽に染まっていた。
座席に向かうと、フジワラが辛そうにしていた。機内で起きた頃から、めまいが酷いらしく、今もあぶら汗を掻いている。しかし目的地に着くまで、医者には行けない。
「薬のせいかもしれん。」
フジワラは違法薬物を常用していて、本人も気にしなかったので、違法行為が発覚する前に出発してもらうことになった。
でも、彼の首の後ろに、虫刺されの跡があることに、リュウは気がつかなかった。
真由美たちの高校は、1週間休校になった。
翌日の朝早く、学校から連絡網を使って、電話連絡が来た。
遺体の回収こそ終えたものの、校舎内の現場検証はまだ時間がかかるようだ。また、彼らが破壊した校内の設備の補修や取替え、機動隊が撃った銃弾の跡など、修繕しなければならない箇所が山ほどあるのだった。
ワイドショーでは、この3日間の市内で騒動が伝えられていた。
『新種の蜂毒アレルギーによる異常行動』ということになっており、症状の出た人がゾンビのような動きをすることから、蜂の名前を“ゾンビ蜂”と呼称していた。
「安直なネーミング…。」
目が黒くなる症状と、人格が失われること、時間経過で皮膚が変形し、黒い昆虫のような姿になることが、へたウマな感じの図解で説明されていた。
あえて明確に描かれてなかったのは、特撮番組のキャラクターと似ていたため、誤解を招かないようにと、TV局が配慮した結果らしい。
本物の写真は、プライバシーに係わるので、使えないようだ。
また、実際に蜂の捕獲を企てる者が出ると困るので、興味を引かないようにする意味もあるようだ。
蜂がどこから来たかについては、不明と公表されていた。
一ヶ月ほど前漂着した、不審船に乗って来たのではないか、というところまで掘り下げられていたが、それが“ゾンビ蜂”だったかは確認されておらず、不審船がどこから来たのかも不明のままだった。
おそらく、船主である外国の大手企業が、情報を隠ぺいしたのではないかと考えられた。
病院の高木先生や、警察関係者が記者会見に出席していて、病人(甲殻人化した人)を排除した事への責任を問われていた。
病院長を含む幹部数人は、甲殻人に襲撃された時に殺されてしまったので、役職の順で病院の代表として出席していたようだ。
中でも“病状を回復できなかったこと”についての質問は厳しかったようだ。
発症した者は暴れて手が付けられず、あげく襲撃してきた甲殻人化した者たちに、どこかへ連れていかれてしまった。原因がわかっても病院にはおらず、対処のしようがなかったのだ。
「人格が失われるというのは推測ですよねぇ、検証はおこなわれたんですか?」
それは人体実験でもやれ、と言う意味に聞こえたのか、高木医師が立ち上がり、激昂して答えた。
「人権を無視した検証など、できる訳がない!」
「治療を放棄したんですか!?」
「そんなつもりはない!」
記者たちは納得せず、会見場は紛糾した。
不平を言っている人達は、異常行動を起こした人々の映像が、どこにも残っていない事が、気に入らないようだ。
なにせこの2日間、事件の中心地では携帯電話が使用できず、電源さえも切っておくよう指示されていたのだ。
普段ならSNSとかで流れて来るはずの、現場の映像がひとつもなかった。
“蜂”の写真は公開されたが、病院内外のカメラ映像や、関係者が持っていた映像は、警察がほぼ回収していた。
襲撃された病院に居合わせた人達も、携帯電話の電源を切っていたので、撮影できた人はいなかったようだ。
かろうじて、防犯カメラに映った異様な集団の映像が露見したが、光量が足りず、不鮮明な姿しか確認できなかった。
また、一部のユーチューバーが撮った、甲殻人の写真がSNSにアップされていたが、どれも遠距離からの撮影だったために、特撮ドラマの怪人コスプレと思われたようで、フォロワーから叩かれていた。
さすがに死を覚悟してまで、フォロワー数を増やそうとは思わなかったらしい。
「一度、襲われてみればわかるのに…。」
知っている以上のことは、あまり報道されておらず、朝から悶々としていた真由美は、ついつい危ないことをぼやき始めた。
この日、仕事が休みだった母は、暇を持て余してリビングでゴロゴロしている娘に、仕事を与えることにした。
そんなわけで父の着替えを持って、真由美は大学を訪ねることになった。
道路封鎖は深夜に解除されており、電車もバスも朝から通常の運行を行っていた。
そんな中で真由美は、通常と違う感覚を味わっていた。
普段なら、学校で授業を受けている時間に町中を歩く。学校をサボったわけではないが、幾ばくかの背徳感に苛まれた。
「だからって、電話で呼び出すの?家で自習しておくように、ってことだったよね?」
背徳感を軽減するために、綾子を呼び出した。
「でも綾ちゃん、電話したら二つ返事で来たよね。それにいつもより、おシャレしてない?」
「…し、してない!」
「でもリップとか、変えてるよね?」
「た、たまたま、新しいのを買ってたから!」
「大学に行ったからって、誰かさんに会えるかどうかはわからないよ?」
「そんなの関係ないからぁ!」
「ふーん。」
ちなみに関巡査からの、メールの返事は「ありがとう。」とだけ、今朝になってから来たらしい。
大学では、警察の現場検証がまだ行われていて、そこかしこに“立入禁止”のテープが張ってあり、テレビドラマでよく見る、監識の人達が作業中だった。
大学の警備員以外に、常駐の警察官がいて、部外者が侵入しないように見張っていた。昨日、甲殻人や不審者たちとの攻防があったわけだから無理もない。
大学職員の家族という待遇で、許可証を首に下げた真由美たちは、警備員帯同で父の研究室へ向かう。
「やあ、いつもすまないねぇ。」
研究棟に入ると、父はいつものようにボサボサ頭で、シャツがヨレヨレなのを、白衣を着てごまかしている状態だった。
「お父さん、また寝てないでしょ?」
「あぁ、寝たよ…、2時間くらい。」
「もっとちゃんと休まないと、ほんっとうに、体壊すよ!」
「…今日は帰れると思うから、ゆっくり休ませてもらうよ…。」
そう言って大あくびをした。
母から預かってきた着替えとお弁当の入ったバッグと、途中で買ってきた差し入れのケーキを手渡した。
「ケーキは数があるから、みんなで食べてね。」
「ああ、ありがとう。」
父は、さっそくバッグの中を確認し始めた。
ふと父の机の上を見ると、パソコンのモニターに、変な写真が映し出されていた。
「お父さん、これなに?」
「あぁ、それは昨日…、」と言いかけた父は、しまった!という顔をした。
それは部外秘の資料写真であった。
しかし、見てしまった以上、説明を受けなければ、我が娘は納得しないことを知っていた。父は、しばらく沈黙した後、大きくため息を吐くと、娘の方を向いて話し始めた。
「真由美、父さんはお前を信じている、わかるね?」
「はい…?」
意味深な父の言い回しに気圧されてしまって、思わず返事をした。
「その写真は関係者以外閲覧禁止のものだ、だからここで見たことは絶対に他言無用だ。」
そのまま窓の外を見て続けた。
「でないと父さん、路頭に迷うかもしれないから…。」
そう言って肩を落とす、気の弱い父であった。
「わ、わかったわ、お父さん。誰にも言わない!」
娘の声は、なんだかわくわくしている感じだった。
その声を聞くと父は振り返り、綾子の方を見た。
「そんなわけだから大原さん、我が家の平和のためにも秘密厳守で…。」
綾子は、まだちゃんと見たわけでないので、どうしようかと思ったが、友達の将来に関わるとなれば話を合わせるしかなかった。
「は、はい、大丈夫です。わたし口は堅いですから…。」
あと、肩を落とした時の真由美父が、捨てられそうな小動物みたいで、可愛く見えたのは内緒だ。
「よし、じゃあ説明しよう。」
言質をとった父は、真由美たちを椅子に座らせて説明し始めた。なんだか嬉しそうだ。
「コウモリみたいに見えますけど、合成写真か何かですか?」
改めてモニターを見た綾子が、真由美父に聞いてきた。
「あっ!」そう言ってごまかしておけばよかった!と父は思ったが、すぐばれる事が想像できるので諦めた。
「…あぁ、そう。コウモリだよ。」
その写真のコウモリは、昆虫のような複眼になっていた。
全体と頭のアップの写真があって、その目は“甲殻人”のそれと同じだった。
「久能宮神社で、大勢の人が蜂に襲われたのは聞いていると思うけど…。」
真由美たちの高校が襲われたのと同じ日に、蜂の来襲があったという場所であった。
「近くに洞窟があって、これはそこで昨日、見つけられたものなんだ。」
「海の方にあるやつでしょ、その洞窟なら知ってる。」
「あぁ、あそこね。」
いつぞや真由美にそそのかされて、探検に行った場所であった。
大学構内での後片付けが一段落した後、警察と保健所の職員で神社付近の再調査を行った。
その時に洞窟内の調査をして、見つけたのだという。
蜂の死骸のほかにも、地面に落ちて死んでいたコウモリが数匹いて、この写真はそのうちの一匹だった。
死んだコウモリを解剖したところ、胃の中に蜂の体の一部が残っており、コウモリの排せつ物の中にも、それは確認された。どうやら蜂たちは、洞窟に入り込んだと思われる。
しかし、前住者であるコウモリに、ほとんど喰われてしまったようだ。
何匹かの蜂は、コウモリに寄生した、という結論に達した。
でも寄生したのはいいが、コウモリの体をコントロールできなかったみたいで、壁にぶつかって骨を折り、地面や水辺に落ちて絶命したらしい。
コウモリは視力が弱く、聴覚や嗅覚で物を感知し、獲物を捕獲する生き物だ。
同じ哺乳類でも、人や犬猫とは相当違うので、自滅する結果になったのだろう。
「どうやら哺乳類であれば、寄生できるみたいなんだよ。」
「えっ、それって大丈夫なの?他に寄生された動物とか、いなかったの?」
「皆口君が例のシステムを使って確認したけど、反応はなかったということだ。」
「それなら一安心、ということですねぇ。」
綾子も真由美もホッと息をついた。
ちなみに皆口女史は、病院から戻ってからすぐに、警察の人に連れていかれたらしい。
このシステムは警察で使用されることになったので、技術供与とシステムの改良の為に、今日も警察署に詰めているとのことだった。
「あの二人組が奪って行った、蜂の行方がわからないらしいからねぇ。」
「やっぱり、逃げられたんだぁ…。」
「…逃げられたのねぇ…。」
父も詳細は聞いていなかったが、このシステムを使う必要があるということは、そう言うことなのだろうと理解していた。
テレビのニュースやワイドショーでは、彼らについてまったく触れてなかったのは、警察が情報を押さえていたのかも知れない。
もし、今回と同様の蜂被害が出た場合、携帯電話の不具合が真っ先に出て来るだろうから、すぐにわかるのだろうけれど、元凶の特定と排除は重要だ。
「コウモリはダメだったから、人に寄生したんですか?」
「どうだろうねぇ、コウモリに寄生したのは襲撃者に対抗するためで、寄生する相手はどんな生き物でもいい、というものではないと思うんだ。」
真由美父の仮説によると、他の生き物に寄生するのは、巣あるいは女王蜂を守るための行為だと考えられるという。
鷹のような猛禽類は蜂の天敵ではあるが、哺乳類や昆虫の中にも天敵は存在する。単独で飛翔している時に襲われるのは避けようがないが、自分たちの巣ごと襲われた場合、小さな彼らの体では如何ともしがたい。しかし、強襲者と同等、あるいはそれ以上の力を行使できれば排除することは可能だ。強襲者の体を乗っ取って、強襲者を排除する力を、長い時間をかけて手に入れたのではないか、ということだった。ちなみに死体を使って巣を形成するのは、彼ら独自の習性で、外敵に対する威嚇ではないか、と考えられている。
「もちろん突然変異とか、よその惑星から来た生物って言う説も、捨てきれないけどね。」
「つまり、自分たちが生き抜くために、人の体を乗っ取って、人を襲っていた…ってことですか?」
「そう、まさに自然の摂理だよね。」
綾子は喋っている最中に、これはすごく当たり前の事だと気付いたようだ。
弱肉強食を、素で行ってるということだった。
「ほかに寄生された動物とか、いたらどうするの?」
「心配ではあるけど、今のところ確認されていないから、せん滅したというのが警察の見解だよ。仮に寄生された動物がいたとしても、女王蜂がいなければ害を成さないだろうし、皆口君のシステムを使うことになったのは、あくまでも念のためなんだ。」
逃亡したらしい二人の男については、なにも聞いていないらしい。
「少しくらい、教えてくれてもいいんじゃないかな、関係者だし。」
「被害者だけど、関係者とは違うと思うなぁ。」
警察の仕事だから当然だが、真由美は不平を言って綾子に窘められていた。
「もし、よその国でこの蜂の被害があったら、どうなるの?」
「各国の医療機関へは、国の方から“危険な生物”として、通達してもらえることになっているから、同様の事象が発生すれば、すぐ対処してもらえると思うよ。」
「悪いことに、利用されたりしないでしょうか?」
「まあ、それは…人の資質によるものだからねぇ。」
「資質?」
「もしくは地球そのものが、人類に与えた試練。」
「えっ!」「なにそれっ?」
話が突然大きくなったので、真由美と綾子は、思わず顔を見合わせた。
「ガイア理論って、聞いたことあるかい?」
真由美はどこかで聞いたことがあったが、思い出せなかった。
「地球をひとつの生命体として、考える話でしたよね?」
「あぁっ、そうだそれ!」
「昔のテレビゲームに、そんなのがあったって、兄が言ってました。」
それは地球上で人類などの生物が発展を遂げて行く間に、地球そのものがどのように変化して行くのかを、シュミレーションするものだった。
地球が死の星になってしまうという、シナリオもあったという。
綾子兄は、なかなかマニアックな人物らしい。
「人が風邪を引いた時に、症状が軽ければ自然治癒力が働いてちょっと休めば元気になるけど、症状が重い時は薬を飲んで、しっかり休まなければならない。地球も同じで、温暖化で体調を崩しているとした場合、自然治癒力が効かないくらい悪くなっていて、強い薬が必要になったのかも知れない。」
「それはやっぱり人間が、地球にとって病原菌として認識されてる、ってこと?」
「あの蜂が強い薬の役割を持っているのなら、私たち人類は病原菌なのかも知れないね。哺乳類だけとはいえ、種の根絶を図ることができる訳だからね。」
放っておけば、あちこちで繁殖し、知らぬ間に数を増やしていたかも知れない。そうなれば寄生される人も増えるだろうし、警察でも対処できない事態に陥っていたかも知れない。
この蜂たちは人類の存在を、脅かす力を持っている事を、あらためて認識した。
「病原菌扱いは嫌だなぁ…。」
「あのぅ、近づかなければ、襲われたりしないんですよねぇ?」
綾子が恐る恐る聞いていた。
「そうだねぇ、動物は本能で避けるか、経験で知っているから、近づいたりしないんだけど、人間は多少痛い思いをしても、手に入れようとするからね。」
「痛い思いをするのが、捕まえようとした本人達だけなら、気にしないんだけどね。」
「…そうだねぇ。」
神崎教授はそう言って眉をひそめると、机の上の書類をまとめて引き出しの中に片づけた。その中には、蜂のサンプルを、国の研究機関に渡すようにとの指示書があった。リュウ達が持って行ってしまったので、死骸と研究資料を渡すことになっているが、新種の生き物の発見で、得られる恩恵にあやかりたいのは、どこの国も同じらしい。
「教授、飲み物を買ってきました。お茶にしましょう。」
杉田が缶コーヒーやら、ジュースやらを抱えて、部屋に入ってきた。
真由美たちが来た時に、買いに行ってくれたのだった。
例によって、さわやか光線を放射している。
皆口女史は不在なので、突っ込みを入れる人間はいない。
「ありがとうございま~す。」
綾子の杉田氏を見る顔が、心なしかキラキラしているようだった。
「およ?」
休校の間に、今回の事件で亡くなった人の身元が一部判明したと、ニュースで伝えられていた。
甲殻人化した人たちは、外見が変わってしまっているので、全員を確認するにはまだ時間がかかるようだ。
判明した人の中に、火災で亡くなった人たちの名前があった。
卵を産みつけられ、蜂が羽化する際に命を落とした女性と、彼女を守るように、覆いかぶさっていたという、数人の人たちである。
このように死体を積み上げる行為は、蜂の独自の習性ではないかと考えられている。
犠牲になった人の何人かは、ある派遣会社に雇われていた人たちで、大半が漁港やその近くで働いていた外国人労働者だった。この人達は2、3週間前から行方不明になっていたのだが、派遣会社は掌握していなかったため、捜索依頼が出ていなかった。警察が事情聴取を行った際に、他にも所在のわからない従業員がいる事が判明した。不明確な管理体制が露見することとなり、この会社は監査を受けることになった。
休校開けの前日、事件の時にお世話になったので、お礼に行くという名目で、関巡査に会いに行くことになった。
この日になったのは、関巡査の都合がつかなかったからだ。
綾子だけ誘ったのだが、千佳と直哉、山崎まで一緒に行くことになった。
「なんで山崎まで。」
「…どうせ“お礼に行く”って言うのは、建前だろう?」
そう言ってニヤッと笑う。
「まあ、そうだけどさぁ…。」
もちろん本音は、事件の顛末を聞くことなのだ。
ここしばらくの、テレビとかのニュースでは、わからなかった事がたくさんあって、早い話が“欲求不満”だったのだ。
「好奇心じゃなくて、知識欲だからっ!」と道々、真由美は弁明していたが、「日本語って便利だよなぁ。」と言う、山崎の一言で一蹴されていた。
警察署に着くと、関巡査に食堂に案内されたが、当の巡査はかなりお疲れのようで、椅子に座るなり大きなあくびをした。
「…あ、…いや、面目ない。」
「…お疲れのところ、無理を聞いていただいて、ありがとうございます。」
一様にお礼を言って、母から預かった心付けである、菓子箱を渡す。
「これは私からです。」そう言って綾子が手作りだという、クッキーを手渡した。
「へぇー、手作り?嬉しいな、ありがとう。」
そう言ってクッキーの包みを手に取る巡査だったが、気のせいか少し臭う。
シャツの襟も縒れているし、髪型もまとまっていない。徹夜明けの父の様子と似ていた。
「失礼ですが、家に帰られてないんですか?」
「いやぁ、正直なところ、まだ事件の後片付けが終わって無くてねぇ。」
2、3日、警察署に泊まり込んでいるという。
「神崎さんみたいに、彼女が着替えとか持ってきてくれればいいんだけど、仕事が忙しいみたいでね。」
「おのろけ?ってか、彼女?!!」
衝撃の事実を聞いて、どよめく真由美たち。
ふと見ると、綾子が固まっていた。
「…早く帰ってあげられるといいですね。」と、千佳が心配そうに胸の前で手を合わせ、山崎が舌打ちする。「こいつもか。」
今にも泣きそうになっている綾子の後ろ頭を撫でつつ、真由美は話題をそらした。笑顔をつくっていたつもりだったが、ひきつって見えたのは否めない。
「そ、それでどうやって、封鎖区域を抜け出したんですか?」
関巡査は何となく察したようで、手元のクッキーの包みと、綾子の顔を見比べながら、申し訳なさそうに答えてくれた。
リュウ達が封鎖区域を抜けたのには、文字通り抜け道があったようだ。
「あ、あぁ、えーっと、川を渡ったんだ。」
「川ですか?」
事件の少し前の台風で、川が増水して橋が流され、通行禁止になった場所があった。しかし、その後はかなり水が引いていたので、大型の4WDに乗っていた彼らは、こちら側のキャンプ場から、対岸の公園まで渡り切った。巡査たちのワンボックスカーは4WDでは無かったが、鈴村さんが強引に渡り切ったという。
「川の途中でスタックした時は、どうしようかと思ったよ。」
苦労がしのばれるエピソードだ。
「高速道路の事故は大変でしたね。」
直哉がテンション高めで、事故の話を振ってきた。
ここ数日はテレビのワイドショーなどで、何度となく流されていたので、自粛生活を強いられていた真由美たちは、何度も目にすることになったのだった。
「親子が乗ってた車のドアが開かなくて、間一髪で助けることができたけどね。」
鈴村が手を貸してくれたらしい。
事故処理で時間を取られたので、空港に着いた時には、陽が落ちていた。
携帯電話が使えるようになってから、空港警察にはリュウと協力者の人相を伝えて、協力を要請しておいたのだが、確認できなかったらしい。
空港職員に頼み込んで、怪しいチャーター機があったのを確認したが、既に飛び立った後だった。
「見事に逃げられてしまったよ。」
「残念でしたねぇ。」「仕方ないですよ。」
千佳と直哉がフォローを入れていた。
「あーっと、この辺は口外しないようにね、頼むよ。」
「そうじゃないかな、っと思ってました。ごめんなさい。」
「…ひどいなぁ、神崎さん…。ぼくらも頑張ったんだよ?」
「ひどい女でしょう?」
「な、なんてこと言うのよ山崎!」
真っ赤になって、誤解を解こうとするが、山崎はあさっての方を向いて、知らんぷりをしていた。
「いえ、そうじゃなくて、“蜂感知システム”を使うって言ってましたから…。」
「あ、そうか、そうだねぇ、アレが必要ってことは、国内で蜂の反応が無い事を、確認する必要があるってことだからなぁ。」
不法入国者が係わっていた事は、限られた人しか知らないので、報道されていない。
「あのぅ、犯人に逃げられてしまったことで、降格したり、減棒したり、とかしたんですか?」
千佳が心配そうに尋ねた。
「もともと、騒ぎを収めるのに邪魔にならないよう、鈴村さんを監視しておくことが任務だったからねぇ、報告もなしに勝手な行動をとったことは、厳重注意されたけど…、事故現場で人命救助した功績でプラスマイナス・ゼロってところかな。」
そう言って笑っていたが、報告書の枚数が、バカにならなかったという。
鈴村刑事は空港から戻ってから、退院した入国管理局の人と一緒に帰っていった。
「相手が悪かったな。」とだけ、言われたらしい。
犯人を逃がしたことと、こっちの県警に迷惑をかけたことで、上司からの評価は下がってしまったらしいが、事故現場での対応や、成り行きとはいえ今回の(蜂の)事件に貢献したとの(小山隊長らの)助言もあり、周りからは評価されているらしく、減棒はされたが降格はないらしい。
警察は“蜂感知システム”で、県内の各所や、国内の空港などを調べたが、反応はなかったとのことで、この事件は収拾したと見ているそうだ。
リュウ達の行方について、妙な話を聞いた。
「空港を飛び立ったチャーター機が、行方不明になっているらしい。」
フライトプランから目的地を確認したが、その国の空港に到着した形跡がないということだった。フライトプラン自体、虚偽の申告だったかも知れないし、どこかに墜落したかも知れない。しかし、墜落したという、確実な証拠も無いということだった。
「鈴村さんが、伝手の伝手で聞いた話だから、どの辺までが正しい情報か、わからないけどね。」
直接の関わりは無いはずなので、入国管理局の人に聞いたのだろう。
「ホラー映画の、お約束みたいですね。」
「ちょっと、薄ら寒い話よねぇ。」
千佳が直哉の腕に寄りかかり、彼も顔を赤くしていたが、不安気にしていた。
「鉄板かよ。」
山崎がぼやいていた。
「こういう話は、好きでしょう?」
そう言って、関巡査がニヤッと笑って言ったので、信憑性が下がった。
ちなみに、教室の死体の山から救出された男性は、蜂に卵を産み付けられる前だったらしく、順調に回復中だという。
「あっ!そうだ、これ見てほしいんですけど。」
真由美は、数日前のネットニュースの記事を印刷したものを、巡査に見せた。
「私たちの学校が襲われた、2日前の話だそうです。」
港の空き倉庫で、変死体が見つかったという記事だった。
死後ひと月近く経っていたらしく、体が干からびているうえに、胴体部分に小さな穴が多数空いていたという。死因は不明とされ、ネズミなどの小動物が、遺体を啄ばんだのではないかと見られている。
倉庫の管理人が、多数の蜂が飛んでいるのを見つけ、駆除するために燻煙剤を使った。駆除できたのは数えるほどで、ほとんど逃げてしまったらしい。その片付けをしている時に、死体を見つけたという。
真由美は管理人に、話を聞きに行ったらしい。
「学校の課外学習と偽って、制服で…。」
綾子はまた、巻き添えにされたようだ。
傷心のせいか、うつむき加減がいい具合に説得力を醸し出す。
「お昼奢ったから、いいじゃないよぅ。」
「見返りは昼食だけか?」
刑事の取り調べみたいに、山崎が聞いてきた。
「なによぅ!ちゃんとコーヒーとデザートも付けました。」
「大原、もっと吹っ掛けた方がいいぞ!」
「…そうかな?」
「神崎さんも、自粛してなきゃダメでしょ?」
千佳も先輩として、忠告を付け加えた。
しばらく一緒に行動していたから、真由美の危なっかしさを痛感したようだ。
「女の子なんだから、もっと気をつけなさいね。」
「先輩こそ、自粛期間をいいことに、いろいろ進展したんじゃないんですか?」
手で口元を隠す感じで、ちょっといやらしい目つきで千佳を見る。
「な、な、なんてこと言うのよ、あなたは…!」
千佳は真っ赤になって慌てふためき、直哉も赤くなって沈黙する。
真由美はニマッと笑い、山崎は「おぉっ、」と声をあげ、綾子は目元にハンカチを当てながら千佳たちを見た。どうやら図星らしい。
「相変わらず、仲が良くていいな、君たちは。」
見ると関巡査が、いい顔で笑っている。
「しかし、よくこんな小さな記事をみつけたねぇ。神崎さんは。」
「ずっと、ネットばっかり見てたんじゃないのか?」
山崎が嫌みっぽく言ってきたが、真由美は気にしなかった。
「一人の体から、二匹の女王蜂が生まれるのなら、火災現場の人とは別に、襲われた人がいるんじゃないかと思って…。この人が最初の犠牲者で、ここから生まれた女王蜂と働きバチが、久能宮神社と私たちの高校へ、飛来したんじゃないかと思うんです。」
「やぁ、隠し事はできないなぁ…。」
関巡査が感心したように言って、後ろ頭を搔いていた。
「やっぱり、そうなんですね!」ドヤ顔で巡査に迫る。特ダネを掴んだ新聞記者みたいだ。
「対策本部でも、同じ意見が出ていたよ。まぁ、遺体はともかく、肝心の蜂の死骸が片付けられてしまっていたから、証拠にはならないんだけどね。」
蜂の死骸はとうに処分されており、推測の域を出ないものらしい。
狭い範囲で通信障害が出ていたので、電話会社が何度となく呼び出され、設備の点検を行っていたという。
なぜ、影響範囲が狭かったのか、原因は不明のままだ。
が、蜂が弱っていたか、環境が変わったのが原因ではないか、と真由美父こと、神崎教授が結論付けたそうだ。
巡査はまだ仕事があるようで、話はここでお開きになった。
「くれぐれも親御さんに、心配をかけないように。」と、真由美に忠告してから、事務室の方へ戻って行った。
綾子が落ち込んだままだったので、“ハチミツを使ったケーキがおいしい!”という評判の店に寄ってから帰った。
余談だが、その店はたいへんファンシーな内装と、やはりおしゃれなメニューが売りとなっており、客は女子中高生ばかりであった。
山崎は速やかに撤退しようとしたのだが、直哉に腕を捕まれて、強引に付き合わされたという。
「奢れよ。」「わかった。」と、いう会話があったとか、無かったとか。
【エピローグ】
さんさんと照りつける太陽、青い空と同じくらい海が青くて、水平線がどこにあるのかわからない。
南洋の島であるらしく、陽ざしの強さを感じた。
砂浜で子供たちが遊んでいる。
そのうち、子供たちは砂浜を走りだし、岩場へと競争を始めた。
いちばん最初にたどり着いた男の子が、大きな岩の上に登る。
大きな岩の影に、人が打ちあげられているのを見つけた。
子供たちがあわてて、大人を呼びに行く。
まだ生きているようだと、大人に伝える。
父親たちだろうか、彼らが岩場に向かうと、確かに打ち上げられた男がいた。
どう見ても死んでいるように見えるその男の、まぶたの内側がウネウネと動いていた。
「わ、わぁー!」
ベッドから飛び起きる真由美。
薄手のパジャマが、汗びっしょりになっていた。
心臓がドキドキ言っていた。
カーテンが少し開いていて、陽の光が当たっていたようだ。
声を聞いたのか、母が心配してドアを開けた。
「起きたの?真由美。」
「うん…、おはよう…。」
何事もなかったようで安心した母は、一息ついてから尋ねた。
「今日から学校よね、大丈夫?」
「うん、大丈夫…、ありがとう、お母さん…。」
「ご飯、もうできるからね。」と言って、母は台所へ戻って行った。
のそのそと起き上がり、シャワーを浴びるために、着替えを探す。
今日も朝から暑い。
ピピピピピッと電子音が鳴り、ビクッとする。
スマホの目覚ましだと気付いて、すぐに停めた。
昨日、リュウ達のその後について、変な話を聞いたからだと、心を落ちつけて浴室に向かった。
『夢にしては、リアルだったし…。』
この日、事件が解決してから1週間が過ぎ、真由美たちの高校は授業が再開された。
朝礼で校長先生から、今回の痛ましい事件について説明があった。
亡くなった生徒と講師の名前が読み上げられ、黙とうを行った。
「親しい友人を亡くされた人も多いと思いますが、その人たちのためにもしっかり生き抜いて下さい。」という言葉で締めくくられた。
講師陣も半数以上が、始めてみる顔だった。
久川先生は事件の日、風邪をひいて休んでいたらしく、この日はちゃんと顔を出していた。
真由美たちは気付いてなかったが、割と多くの生徒が被害に遭っており、6クラスあった2年生のクラスが、4クラスになった。
3年生も2クラス減り、1年生は1クラス減っていた。
事件のショックで、登校できない生徒もいるらしい。
真由美たちの教室であった3組の部屋は、使用できなくなった。
教室内で人が襲われていたのは、このクラスだけだったのと、惨状を目撃していた生徒も少なくないからという、学校側の配慮によるものだった。
教室の前に机が置かれ、花束が手向けられていた。
思いがけずクラス替えとなったが、真由美は綾子、山崎と同じ2組になった。
今度は窓際でなく、廊下に近い席になったが、綾子は隣の席だった。
「また、一緒だねぇ。」
はちみつのケーキが効いたのか、復活したらしい。
「神崎さん達、学校で立て籠もっていたって聞いたけど、本当?」
また同じクラスになった、エビちゃんと園崎さんが聞いてきた。
直哉たちと協力して体育館から逃げ出して、病院に避難したくだりを話した。
直哉の無免許運転とか、甲殻人や不法入国者に襲われた辺りは、危ないので端折った。
真由美としては話したかったが、自身の悪事も露見しそうなので止めた。
エビちゃんたちは学校から脱出した後、定期バスが来たのでそれに乗って避難したという。
もっとも、行った先でバスの運行が停まってしまったので、家まで辿り着くのが大変だったという。
「スマホ使えないし、公衆電話にはすごい行列ができているし、電車は近くの駅…、停まらないし…、もうどうなる事かと思ったよ。」
それでも何とか、家に帰れたらしい。
にこやかに話しているが、気持ちが沈んでいるのは隠せない。
ときどき話しが止まるので、顔を見ると泣きそうになっていた。
コンビニに逃げ込んだり、走っている車を停めて、乗せてもらった生徒もいたようだ。
「帰れてよかったじゃない、私達病院に強制避難だよ?」
病院にいた間のことは、危ないところをごまかして、なるべく明るめに説明した。なかでも蜂の正体について、宇宙人侵略説や、生物兵器説やらの憶測が出ていたあたりは、なかなか受けた。
黒い目の人達に、追いかけられた生徒が少なかったのは、彼らが体育館前に集まっていたかららしい。立て籠もっていたことも、無駄ではなかったようだ。
窓際の席に座っていた山崎が、いつも弄ってくる田代たちがいないせいなのか、寂しそうにしていた。
なにか声をかけてやろうかと見ていたら、隣のクラスから直哉が来て、何やら話をしていた。
「あと、“ゾンビ蜂”って名前、ださいよねぇ。」
山崎の方に気を取られていたら、エビちゃんが話しかけてきた。
“ゾンビ蜂”とは、報道番組のキャスターが付けた俗称で、正式な命名は真由美の父が行うことになっている。
しかし、当の本人が「ゾンビ蜂でいいんじゃないか?」などと言っていたので、他の研究員の皆さんと相談して、ちゃんとした名前を考えるように進言しておいた。母も同意見だったので、そのうち正式な名前が発表されるだろう。
ちなみにこの日は、午前中のみの授業で、午後からは帰宅するよう指示されていた。
綾子からカラオケに行こうと誘われた。
エビちゃんたちも一緒だ。
真由美は少し考えてから、大事な事を思い出したように、こう答えた、
「パフェ、おごってくれるなら行く!」
END
最後まで書き上げることができました。
ここまでお付き合いいただいた方、ありがとうございました。
今回は後日談が中心になっています。いわゆる“補足編”です。“蛇足”になっていないといいですが…。
全体的にもう少しうまくまとめられると良かったのですが、構成力が不足していたことは、次に生かしていきたいと思います。
どうもありがとうございました。