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蟲《むし》  作者: もりよしあき
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第五話

昔々の特撮ドラマ「ウルトラQ」あたりをモチーフに話を考えています。あと、古い特撮映画とか「ゾンビ」などホラー映画も参考にしています。

設定のおかしいところがあるかも知れませんが、ご容赦下さい。

(2021年3月29日一部修正しました。)


第五話

「運転手以外、降りろ。」

 真由美に銃を突きつけた男は、浅黒い肌で四角い顔立ちをしていた。

「お前、リュウやな!」

 運転席から降りて来た鈴村が、強い口調で問いただす。

 鈴村が探していた不法入国者だった。

 だが、その男は答えない。

 左腕でかかえた真由美の喉元に、銃を突きつけたまま鈴村を睨む。

「その子を離せ!」

 関も車を降りて交渉を始めたが、もとより聞く気がないようで、表情すら変えない。

「娘がどうなってもいいのか?言う通りにしろ。」

 男はニュアンスのおかしい日本語で、横柄に要求を伝える。

 車を奪って目的地まで、連れて行かせるつもりのようだ。

 銃口が喉元に食い込み、真由美は痛みに耐えかねて「ぐぅ、」と声を上げた。

「わかった、言う通りにする。」

 巡査が手ぶりで、犯人に落ち着く様に促し、後ろに下がる。

 ここは退()くべきだと、鈴村に目配せした。

 鈴村は舌打ちすると、運転席に乗り込んだ。

 巡査が車内の直哉たちに手で合図をして、降りるように指示をする。

 綾子がまた固まってしまったので、直哉が手を引いて車から降ろした。

 全員が車から離れると、リュウは真由美の首に手をかけたまま車に乗り込み、ドアを閉めた。

北大(ほくだい)へ行け。」

 運転席の真後ろに座ったリュウは、真由美に銃を突き付けたまま、行き先を指示した。

「マジで、迷うとったんかいな。」

 鈴村は呆れ気味に言い捨てると、車をUターンさせて北大へ走り出した。


「本当に道に迷っていたんでしょうか?」

 千佳の問いかけに関巡査は答えず、走り去る車を見送るしかできなかった。

 その姿は、主人に置いてけぼりを(くら)った飼い犬のようだ。

 綾子はしばらくの間、その場でへたり込んでいた。

 真由美が車内に連れ込まれた時の、彼女の顔を思い出していた。

 あんな顔は今まで見たことがなかった。

 銃を突きつけながらも、隙があれば逃げ出してやるみたいな、不適な顔をしていたが、ドアが閉まる直前、何かを覚悟したような表情に変わったのだ。

 ドアが閉まる一瞬のことだった。

「真由美…。」

 綾子は立ちあがると、ワンボックスカーが走り去った方を見た。

 直哉は乗り捨てられていた車両を調べていた。

 そばで山崎がその様子を見ている。

「その車、動かせるのかぁ?」

「動くとは思うけど、ガソリンがあまり残ってないな。」

 古いタイプのスポーツカーで、後部席が無いタイプだった。

 マニュアルシフトだし、カーナビも装備されていない。

「マジで迷ってたみたいだ。」

 不法入国者が道に迷っていたことが、容易に想像できた。

「警察署に戻って、応援を頼みましょう!」

「いやぁ、それはなぁ…。」

 千佳が関巡査に提案したが、彼は困った顔をしていた。

 鈴村が勝手な行動をしないよう、監視役を言い付かっていたのに、真由美の提案に乗った鈴村に付いて、勝手に出て来てしまった結果がこれだ。言い訳のしようが無いし、いまさら助けを呼ぶとか、虫のいいことは言えない。

 ハッキリ言って途方に暮れていた。

「まさか、こんなことになるとはなぁ…。」

 ひとりごとだったのだろうが、巡査からは無情な言葉が返ってきた。

 千佳は直哉の方を見るが、彼も首を横に振っていたので、千佳は肩を落とした。

 気まずい時間だけが流れていた。

 まだ午前中なのに、なんだか吹く風も、冷たく感じられる。

「お…、追いかけましょう…。」

 発言者は、さっきまでヘタっていた綾子だった。

「でも、みんなが乗れる車がないぞ。」

 山崎は乗り捨てられた、スポーツカーを見た。

「私の家に…、父の車があります。」

「しかしなぁ…。」

「関さん!」

 千佳も巡査に声をかける。直哉と山崎も見ている。

 関巡査は迷っていた。

 今の状況を作りだしたのは、間違いなく自分の責任だ。

 代わりの車があるとして、リュウ達を追いかける事が正しい選択なのか、その判断に迷っていた。

「関さん、お願いです。私の友達を助けて下さい!」

 綾子が懇願する。

「人を助けるのが、警察の仕事だろ?」

 山崎はボソッと言ったのだが、巡査にはかなり響いたようだった。

「毒を喰らわば皿までってか…。」とぼやいてから、顔を上げた。

 その例えが良かったかどうかわからなかったが、中途半端にするのは、いい手本にはならないと思った。

「わかった、その車を借りよう。それで、鈴村さん達を追いかけよう。」

 綾子の顔がパァーっと明るくなった。千佳と直哉もだ。

「ところで、家まであとどれくらい?」

「えーっと…、」申し訳なさそうに、道の先を指さした。


 みんなで1Kmくらい、走ることになった。

 その間、15分から20分ぐらいだが、幸いなことに蜂や甲殻人に襲われることは無かった。

 同じような形の住宅が、たくさん並んでいた。

 十数年前に、建売住宅の一つとして建てられたその家の車庫には、4ドアのセダンが置いてあった。

「ここで…、合っているのか…、なぁ?」

 山崎がゼイゼイと息をしながら、直哉に尋ねる。

 直哉は僅差で先に着いたが、やはり息が苦しそうだ。

「大原さーん…、ここでいいのぉー?」

 直哉が、かなり後ろをヨタヨタと走って来る綾子に、大声で確認を取る。

 返事は帰って来ない。叫んだ直哉も、かがみこんで荒い呼吸をする。

「表札に、大原って出ているし、聞いた通りの、白い車もあるから、間違いないだろう。」

 その後に着いた関巡査も、息が上がっている。

「なんで競争になってんの!」千佳はたどり着くなり文句を言った。

「いやぁ…、山崎が、追い越しをかけて来たから、つい…。」

「信じらんないー!」大声を出した後、しゃがみ込んで荒い呼吸をした。

 男子二人が競争を始めたから、らしい。

 綾子があと10メートルぐらいのところまで近づいてきたが、もうヘロヘロでとうとう歩き出した。

 他のみんなもそれなりに疲れたようだが、彼女が一番辛そうだった。

 直哉は体育館に逃げ込む際に、彼女が辛そうにしていたのを思い出した。

 ゼイゼイと息をしながら、ポケットから家の鍵を取りだして開ける。

 玄関脇の靴箱の上に吊るしてある車の鍵を、手に取った。

「これ…、鍵…、です。」

 息も絶え絶えという感じで、巡査に車のキーを渡すと、家に中に入って行った。

 台所に行って、コップ1杯の水を飲み干した。

 両親がいないか探してみるが、1階には誰もおらず、2階へ上がろうとする。

 千佳がトイレを借りたいと、申し出て来たので場所を教えた。

 冷蔵庫に入っていた麦茶の容器と、コップを幾つか出して皆に勧めておいた。

 2階にも両親の姿は無かった。家に帰ってきた様子もなかった。

 リビングにある固定電話の、留守電ランプが光っていた。

 恐る恐る留守電のボタンを押した。

『23件のメッセージがあります。』

 機械音声の案内が流れた後、留守電の再生が始まった。

 千佳がトイレを済ませて出て来たところに、山崎がトイレを借りに来た。

「5分待ってからにしなさい!!」

「えーっ、」

 お預けを喰らってしまった。

 車に乗り込んだ関巡査が、エンジンをかけた。

 ガソリンは充分あるようだ。

「俺が運転しましょうか?」

 直哉が運転代行を申し出たが、関巡査は断った。

「無免許運転を黙認するわけには、いかないからねぇ。」

 そう言って、左腕を吊っていた三角巾を外して肩を回した。

 まだ痛むようで、辛そうな表情をしていた。

「運転は何とかするから、シフトレバーとサイドブレーキを頼む。」

 直哉は助手席に座る。

 千佳が後部ドアを開けて待っていると、紙袋を持った山崎と綾子が出て来た。

 綾子は玄関に鍵をかけてから、車に乗り込んできた。

 心なしか表情が明るい。

「なに持ってきたの?」

「殺虫剤を集めたんだそうだ。」

 山崎の持っている紙袋の中には、殺虫剤のスプレーの缶が4、5本入っていた。

「これ、ゴキブリ用だけどいいの?」

 千佳が紙袋をのぞき込んで、そのうちの一つを持ちあげた。

 スプレー缶には“ゴキブリバタンQ”と書いてあった。

「大丈夫です、むしろその方が強力なんです。」

「本当か?」山崎が疑り深く尋ねる。

「本当!」

 そう言って綾子は車のドアを閉めた。

 車は走り出し、北大へと走り出した。


「あの蜂は、お前が持って来たんか?」

 鈴村は運転しながら、リュウに話しかけていた。

「アレがどういうもんか、知っとんのやったら、教えてくれんかのぉ?」

 リュウは答えない。

 相変わらず、真由美の喉元に銃口を当てたままで、前方を見ていた。

 ルームミラーに映るリュウは、表情すら変えていない。おかげで何を考えているかわからない。

 変わったことといえば、真由美の両手がガムテープで巻かれており、自由に動かせないようになっていることぐらいだ。

 ガムテープは、車のダッシュボードに入っていたものが使われた。

 発車してからすぐ、真由美が(逃げ出すために)不審な動きをしたので、動きを封じるためのものだ。

「ちっ、言葉通じへんのかいな。」

「お前たちに、アレの価値は理解できない。」

 ふて腐れ気味にぼやいてみたら、やっと返答が聞こえた。

「理解できんかどうかは、聞いてみんとわからんから、1回でも説明してくれんかのぉ?」

「余計なことは気にするな。娘が死なないまでも、怪我をさせたくはないだろう?」

 セリフは棒読みという感じで、やはり表情も変わらない。

 鈴村が舌打ちする。

 舌戦に持ち込んで情報を得ようとしたのだが、敵わなかったようだ。

 不審船の借主で、生物学者だというからには、蜂の生態について情報を持っているに違いなかったが、その口はかなり堅い。

 大学はもう、目と鼻の先だった。

 警察の調査隊がここに来ていることを、リュウは知らない。

 彼らが健在であればなんとかなるかも知れないと、鈴村は考えていたのだが、甘かった。

 本館前のロータリーに、一目で警察車両とわかるワンボックスカーが、放置されていた。

 車を近づけて、窓から車内を確認するが、誰も乗っていない。

 こちらに気付いて、学舎の窓から顔を出す者もない。

「どういう事だ?」

 警察の車両があることを不審に思ったリュウが、鈴村を睨む。

「知らんなぁ、わしらは別件で動いとったからなぁ。」

 含みのある口調で、リュウに答える。

 きっと“ざまあ見ろ!”とか思っているに違いない。

 リュウも鈴村の不穏な口調が、勘に触ったのだろう。

 表情がこわばっている。

 手助けしてもらえないのは残念だが、調査隊がどこで何をしているかは、気になるところではあった。

「エンジンを切って、手錠を出せ!」

 拳銃を真由美の首に押し当てて、鈴村に命令する。

「鍵もだ。」

「容赦ないのぉ。」

 手錠とそのカギを助手席に置くと、リュウは素早く鈴村の左手に手錠をかけ、もう一方を車のハンドルにかけた。そして鍵は自分のシャツのポケットに入れた。

 真由美に車のドアを開けさせると、降りるように促した。

 続いて車を降りようとしたリュウだが、足元に置いてあったデッキブラシに、足を取られてしまった。

 物音に気付いて、真由美が振り向いた時、リュウは顔から地面に突っ込むという、かなりカッコ悪い体勢になっていた。

 しかし、これはチャンスであった。

 急いで階段を駆け上がると、大学の構内に向けて走り出した。

『ええ仕事するお守りやなぁ。』車内に取り残された鈴村は、そんなことを考えていた。

 警備室を覗いた真由美だったが、そこには誰もいなかった。

 バァーン!という音が響いて、警備室のガラス窓が割れた。

 リュウが銃で撃ったのだ。

 一発だけだったので威嚇だったとは思うが、真由美を狙ったのかも知れない。

 一瞬、血の気が引いた。足がすくんだが、立ち止まることはもっと危険だった。

 幸いリュウのいる場所とは高低差があるので、奥に移動すれば向こうからは見えない。

 それでも、まっすぐ逃げていては危ないので、北側の建物の通路に回り込んだ。

 この通路の両側に、教室が並んでいる。

 どれか一つでも扉が空いていれば、逃げ込むことができると考えたのだ。

 ドアが開いていないか、奇跡にでも頼る気持ちで、確認しつつ進んでいく。

 両手がガムテープで縛られていたので動きづらい。

 と、通路の正面から、黒い小さなものの集団が近づいてくる。

 真由美はこれが何か、すぐにわかった。

『ファイナル・〇ィスティネーション!』

 どう考えても、不運のスパイラルであった。

「ひっ!」今来た通路を戻ろうと駆けだす真由美の手を、誰かが掴み、空き教室の中に引っ張り込んだ。

 真由美と入れ替わりに、ガス弾のようなものが通路に放り出され、白い煙を吐き出した。

 リュウは銃を撃った後、真由美を追いかけたが、階段を昇ったところで見失ってしまい立ち止った。

 エンジン音がしたので振り返ると、乗ってきた車が動き出していた。

 ロータリーから車道へ、出て行こうとしているように見える。

 あわてて階段を降りるが、予想外にロータリーを出る手前で、車は停まった。

 リュウが追い付いてドアを開けると、鈴村は「やっぱ、片手やったら、難しいわ。」と、笑った。

 真由美を逃がすために、ひと芝居討ったのだ。

 リュウは顔を歪め、鈴村の頭を銃で殴りつけると、車のキーを抜き、それを後部席に放り込んだ。

(おこ)んなや、ちょっと試して見ただけやないか。」

 鈴村は額が切れて、血が出ていたが、憎まれ口をたたくことは忘れなかった。

 ハンドルにとっ伏して息をつくと、リュウが再び構内へ入って行くのを見ていた。

「ちっとは、ええ仕事しとかんとなぁ…。」

 階段を上がった所で、嫌な臭いに気付いたリュウは、北館の方向から白い煙が流れて来るのに気づいた。

 その中から黒い蜂の群れが迫って来た。

 これには銃で相手できない。

 リュウは鈴村の乗っている車をチラッと見たが、間に合わないと思ったのか、警備室の反対側にある本館の入口に向かった。

 銃でガラスを割り、鍵を開けて中に入った。二重扉の内側は鍵がかかって無かったので、中に入って扉を閉めた。

 蜂たちは内側の扉にへばりついていた。思ったよりたくさんの蜂がいて、リュウは少しあわてたが、舌打ちすると建物の奥の方へと向かった。

 リュウが姿を消すと、蜂たちは建物の外へ飛び立って行った。その先に数人の甲殻人が姿を現していたが、脅威は去ったと見たのか、蜂の群れと一緒に奥の建物の方へ戻って行った。


「行ったみたいだ。」

 北棟の1階にある教室、ブラインドの隙間から中庭の様子を覗いていた男が振り返ると、真由美をかかえて、口を塞いでいた女性が口を開いた。

「ごめんなさいね、騒ぐとあの黒いヤツらが襲ってくるから、手を離しても騒がないでね。」

 黒いヤツらとは、甲殻人のことなのだろう。

 真由美が、うん、うん、とうめきながらうなずくと、彼女を押さえていた手が離された。

 解放された真由美は、大きく息をして(はや)る鼓動を抑えつつ、室内を見回した。

 どの分野で使われているかはわからないが、正面の壁に黒板があって、大きめの机が並んでいるから教室なのだろう。

「それにしても、ひどいあつかいねぇ、人さらいにでもあったの?」

そう言いながら、両手に巻かれたガムテープを外してくれているのは、今まで真由美を押さえていた女性だった。

「さっき逃げて行ったヤツは、その…誘拐犯か?銃を持っていたが。」

 窓際から近寄って来る男の人は、関や鈴村より明らかに年上で、片足に包帯を巻いていた。

「その子、VIPの…、娘さんとかですか…ね?」

 今まで気づかなかったが、真由美の後ろ、ドアの横に、男の人が小銃をかかえて座り込んでいた。

「中村、大丈夫か?」

「…大丈夫です。」

 中村と呼ばれたこの若い男性も、腕に怪我をしており、包帯には血が滲んでいる。額に脂汗を掻いていて、しゃべるのも辛そうだ。あまり大丈夫そうには見えない。

 この人達は、先に大学へ来ていた警察の調査隊らしい。

 服装からして、県警の機動隊と思われる。

 あと三人いるが、みな床に寝かされている。

 一人は腕と頭に包帯を巻いていて、荒い呼吸をしていたが、意識はないようだ。

 あとの二人は、顔の上にタオルが置かれていたから、死んでいるのだろう。

 部屋の明かりを点けていないのでわかりにくかったが、一人は一般の人のようで、甲殻人化していた。

 どうやらここに着いた時点で、一悶着あったらしい。

「…どうも、ありがとうございます。おかげで助かりました。」

「なんで、捕まってたの?」

「…私は神崎真由美といいます。父がここの研究室で、その…、蜂の生態を調べています。」

 ごまかしても仕方ないので、さっさと自分のことを話すことにした。

 この後、父親の安否を確認するにも、協力を得られないと困るからだ。

「そう言えば教授の娘さんが、病院に避難していると誰か言っておったねぇ。」

「それが理由で、誘拐されたの?」

「誘拐されたのは偶然ですけど、ここへ来たかったのは間違いじゃないです。」

「あぁ、お父さんのことが心配だったのねぇ。」

「えーっと、実は……、」

 真由美は早めに事情の説明を(自分の都合のいいように)したかったのだが、口籠っているうちに調査隊の人たちが、いろいろ聞いてきた。

「不要不急の外出はしないよう、指示があったのに、よく外出できたねぇ?」

「まさか、お父さんをダシにして、誘い出されたりしたの?」

「あ、それは、あの男を探していた関西の刑事さんがいたからで……、あぁ、鈴村さんのこと、忘れてた!どうしよう!?」

 段取りが変わってしまったので、ちょっとしたパニックに陥っていた。


「じゃあ、あなたがその刑事さんを焚きつけて、外出したのね。」

「…はい、ごめんなさい…。」

「気持ちはわかるが、やったことは感心できないなぁ。」

「…ごめんなさい。」

“不運なヒロイン”から、“困った娘さん”へと立場が変わっていた。

 今に至る経緯を説明したところ、調査隊の皆さんに教育的指導をいただくことになってしまった。都合の悪いところはうまく(かわ)そうとしたのだが、根本的に間違っているのを指摘されては、誤魔化しようがなかった。

 いくら身内が危機に瀕しているからと言って、たいした準備もなしに現場に来ると言うのは、無鉄砲にもほどがあるという。

 結果、たくさんの人に迷惑をかけているのだから、返す言葉もない。

 そんなわけで真由美は今、正座した状態で反省を促されていた。“そこに座りなさい!”とか、言われたわけではなく、自ら反省の意を示すためにこの姿勢を取っていた。

「ところで隊長、その関西の刑事、どうしましょうか?」

「無事なら協力してもらおう。うちも戦力が足りないしな…、井上君、ロータリーまで行けるかね?」

「偵察の蜂が帰って行ったタイミングで出て行けば、大丈夫だと思われます。」

 蜂は一定の時間ごとに、近くの巡回を行っているようだ。

「その刑事…、生きているんですかねぇ…。」

 中村隊員が、不吉な発言をしている。

 先ほどの蜂の襲撃のことを考えれば、襲われていることも充分にありうる。

「その不法入国の、リュウという男も何処に居るか、わからんしなぁ…」

「不法入国ぐらいで、発砲しますかね?」

「父が“新種の蜂”と言ってましたから、蜂の捕獲が目的だと思うんです。」

「依頼者のもとに持って帰れば、とてつもない額の報酬が待っている、ってやつか。」

性質(たち)の悪いトレジャーハンター、ってとこでしょうね。」

 トレジャーハンターと言えば、冒険映画の主役だったりすることもあって聞こえはいいが、墓荒らしをすることもあるわけだから、一攫千金なのはともかく、いつもかっこいい仕事をしているわけではない。

 隊長がリュウについて、真由美に聞いてきた。

「研究室は南棟の、いちばん奥だったね。その男はそっちへ向かっていると思うかね?」

「えっ?はい、生物学者みたいで、虫の生態には詳しいようですから、女王蜂とか、蜂が群れている場所を、探していると思います。」

 真由美自身も、研究室の近くに巣があるか、女王蜂がいるかも知れないと考えていた。

 根拠としては、校舎の奥の方から蜂が来たことと、その方向には庭園や雑木林があることだ。スズメバチとかと習性が似ているのなら、木の枝とか、樹木の根元の地中に巣を作ることが考えられたからだった。もちろん、まったく違うところに、巣を作ることも考えられる。

 研究室が蜂に乗っ取られていたりすることは、できるだけ考えないようにした。

「そうか…、それじゃあまず、その刑事を助けて恩を売っておこうか!」

「できれば車から、道具も持ってきます。」

 鈴村刑事の救出は、無傷な女性隊員、井上が一人で行くようだ。

 満足に動けるのは、彼女だけだから仕方ない。

 真由美もついて行こうとして、彼女の後ろを追いかける。

 首の後ろでまとめた髪が、背中で揺れていた。

 井上は、ドアの前で立ち止まって振り返り、真由美を見てニコッと笑った。

 真由美も笑顔を返すが、にこやかに笑っているように見えた井上の、その目は笑っていなかった。

「真由美さんは留守番ね。余計なことしちゃだめよ。」

 井上は真由美の目の前まで顔を寄せて、「わかったわね?」と言った。

 某ロボットアニメで主人公が危険を察知する時に聞こえる、“ピュルルルルン”と言う効果音が聞こえた気がして、背筋に冷たいものが走った。

 堪らずにコクコクッと肯くと、今度こそ、にっこりと笑って出て行った。

『怖かった…。』

 真由美は毒気に当てられたようになって、少しの間体に力が入らなかった。


「サンプルの蜂を、捕まえたのは君たちだと聞いたが、ほんとかね?」

 ロータリーに向かう井上さんを見送ったあと、隊長さんが聞いてきた。

「はい、そうです…。」

 有名SFホラーのような映像を、思い出してしまって、少し表情が歪んでいた。

「あぁ、すまない。たいへんだったらしいね。」

 それはもう、しばらくは夢に見そうなくらいであった。実際はその後、遺体に纏わりついていた蜂を、回収する作業のほうが厳しかった。

「蜂は全部死んでいたと聞いたが、どう退治したのか教えてもらっていいかな?」

「…手術室にあった液体窒素をかけて、凍らせたんですが…。」

「仮死状態だった可能性はあるかね?」

「えっ、どういうことですか?」

 早朝、調査隊が到着すると、すぐに甲殻人に襲撃を受けたそうで、それはまるで待ち伏せでもされたような感じだったという。

 その襲撃で隊長は足を負傷し、中村さんは肩を噛まれた。

 一人が甲殻人に切られて命を落とし、一人が蜂に刺されたと言う。

 襲撃してきた中には、黒い蜂も混ざっていたのだった。

 甲殻人や異常行動が見られる者への発砲許可は、暫定的ではあるが出ていたので、中村隊員は自分に噛みついてきた甲殻人を一人、撃ち倒したらしい。

 抵抗を続けていたら、増援の甲殻人が現れ、状況が不利になったため、ガス弾で煙に巻いて、この部屋に撤退したのだと言う。

 病院と大学からの調査報告は、彼らも読んでおり、蜂が針を刺したところから、線虫のようなモノが侵入して、人が怪物化するということも聞いていた。

 そのため、腕を蜂に刺された隊員は、刺された腕の部分を、自分で切ったのだが、運悪く線虫そのものを切ってしまったらしい。

 結果、線虫の体内の酵素が体内に入り、行動不能になったと言う。

 安直な行動ではあったが、怪物化して自分自身を失うことを恐れたのだとすれば、理解できなくはない。

「サンプルの中に、まだ生きていた個体があったと考えている。」

「え?」

「襲撃された時に、サンプルの入れ物を真っ先に奪われたからねぇ。」

 蜂は全部、死んでいたはずだった。

 それが証拠に、病院を襲った甲殻人たちは、真由美たちが立て籠もっていた手術室の襲撃を諦め、4階に収容されていた黒い目になった人たちを連れて、何処かへ行ってしまった。あの襲撃は、羽化する仲間たちか、女王蜂を救出するためと考えられる。

 全部つぶしておいたほうがいい、という意見もあったが、姿形のわかるサンプルはあったほうがいいと思ったし、あれだけの数をつぶすのは、気持ち悪くてできなかったのだ。

 しかし、待ち伏せのように、蜂や甲殻人の襲撃があった。

 だとすると、隊長の言うように、凍結状態から復活した個体が、あったのかも知れない。

 この蜂は私たちが思っているより頭がいいし、女王蜂によって統率されている。

 待ち伏せの理由はほかには考えられなかった。

 蜂たちの生命力を侮った自分のミスだと思ったが、今となっては後の祭りだ。

「…ごめんなさい、自分たちで退治できたと思って、浮かれていたみたいです。」

 真由美がうつむく。

「未知の生き物が相手である以上、不測の事態が起きる事はどうしようもない。でも最悪の事態も考えておくことだ。」

「…次は、全部潰しておきます。」

 真由美が前向きな返事をしたが、隊長さんは苦笑いだ。

 彼の部隊もこの惨状なので、その反省の意味もあるのかも知れない。

「次は無いと…いいけどなぁ…。」

 中村さんが皮肉を言ったあと、ズルっと音を立てて倒れた。

 意識を失ったようだ。

(つら)いなら無理して、皮肉を言わなくてもいいのに。』

 あわてて介助を行った。


 その頃、鈴村刑事は窮地(きゅうち)に陥っていた。

 ワンボックスカーの中に、黒い蜂が一匹、入り込んできたからだ。

 リュウが車を離れる時、後部のドアを開けっ放しにして行ってしまったのだ。

 別の種類の蜂かも知れないと思ってよく観察するが、報告書に載っていた写真と同じ種類だった。

 先ほどリュウが騒いでいたので、偵察に来たのだろうか?

 なにか迷っているのか、車内に入ったり、出たりを繰り返している。

 この車は運転席からスライドドアの操作できるのだが、鍵が抜かれていて、電源が切れているため、今は操作できない。

 一応後部シートにある鍵に手が届かないか、いろいろ姿勢を変えてみる。

 シートをリクライニングさせて、うつ伏せに寝そべるような体制を取って見た。

 体を伸ばすと、指先が鍵に触った。

「やった!」と、思ったのも、つかの間、鍵はシートからスライドドア横の、一段低い床に落ちた。

 さすがに手の届く位置では無かった。

 それでもと、もう少し体勢を変更しようとした時、耳元で羽音がして肩に黒い蜂が停まった。

 体の動きを止めたが、緊張で体がこわばる上に、やたら汗も流れて来た。

“蜂を刺激しなければ、刺されないこともある。”

 そんなことを何処かで聞いた気がする。

 蜂はブンッと音を立てて飛ぶと、鍵を取ろうとして伸ばされた右腕に停まった。

 やはり、あの黒い蜂である。

 左手が使えれば、たたき潰すことも容易なのだが、なにぶんハンドルに固定されていて、今は体の下にある。

 蜂は、触角をピクピク動かしながら、鈴村の腕でうろうろしている。

 針を指すならどこがいいか、物色しているような気がする。

 蜂の足の先は、引っ掛かりやすいよう(かぎ)型になっているので、痛くは無いがこそばゆい。

 意識しなくても筋肉が反射的に、動いてしまいそうで怖い。

 動きまわる蜂を見ていたら、目が合ってしまった。いや、そんな気がする。

 ヤツも見つめ返しているのか、動かない。

 長い時間、そんな状態だった気がする。

 鈴村に背を向けて飛び立つと、伸ばしていた右手の近くに降り立った。

 再び、鈴村刑事の腕に近づいてくる。

 バンっと言う音がして、何かが振り降ろされ、蜂はつぶれた。

 ハエたたきだった。

 叩いたのは直哉だ。

 直哉は素早く蜂をつまんで地面に放り出すと、足でダンダンダン、と潰しにかかった。

「…いよぅ、ボン、助かったでぇ。」

 鈴村刑事は直哉の異様な行動に少し戸惑ったが、ちょっと疲れた感じで礼を言った。

 実際、この体制は辛かった。

「クリップか何かで手錠、外せないんですか?」

 後ろから誰かが声をかけて来た。

 体制が悪いので見えないが、声からすると山崎だと思われる。

「クリップ、どこにあんねん?」

「外せないんですか。」

「わしゃ、世界を股にかける大泥棒とかとちゃうわ!」

 鈴村が山崎と小芝居をやっていると、「無事だったんですねぇ。良かったぁ。」

 千佳が声をかけて来た。少し救われた気がした。

 首をひねって後ろを見ると、関巡査もいたので手錠の鍵を持ってないか聞いて見た。

「人探しだけって、言ってましたよね…。」

「あぁ…、せやった…。」

 手錠や銃の持ち出しには、許可が必要になるのだが、無断で出てきた関巡査に用意できるはずもなかった。

 鈴村がうな垂れていると、綾子が詰め寄って来た。

「真由美はどうしたんですか?まさか…、」

「すまん、嬢ちゃんが構内へ逃げたんはわかってんけど、わしはこの有り様でな…。」

 山崎がこっそりと、「変な格好だ。」と言っていた。

 その時、直哉が「ごめんなさい!」と言って手を上げた。

 階段を降りてくる、人影があった。

 銃を構えて、こちらに歩いてくる。

 鈴村以外は皆、手を上げた。

「あら?」

 その人は、直哉に見覚えがあったようだ。

「昨日もこんな格好(かっこ)、してたわね。」

 そう言って、ニコッと笑った。


「助かったわぁ。生きた心地せんかったもんなぁ。」

 井上に手錠を外してもらった鈴村は、自由になった左手を撫でつつ、安堵の声を漏らした。額の傷には絆創膏を張ってもらっていた。

「偵察の蜂が巡回しているので、騒がない様に。」

「…蜂やろ?」

「蜂です!…あと、不審者も。」

 不審者とはもちろんリュウのことである。

 直哉たちはワンボックスカーの影に、隠れているよう指示された。

 自由になった鈴村は、関巡査と一緒に調査隊の車から、機材の入った重そうなカバンを運び出している。

 二人とも予備の防弾チョッキを着込んでいて、なんだか動きにくそうだった。

 井上が階段途中で体を伏せて、大学構内の状況を確認している。

 合図が来たので、静かに階段を上がり、待機場所としている北棟の一室に向かう。

「真由美ー!」「綾ちゃん!」「良かった、無事だったぁ。」

「静かに!」

 抱き合ってはしゃぐ二人だったが、すぐ後ろでギロリと睨む視線を感じて、抱き合ったまま固まった。

 千佳と直哉が温かい眼で見守っている一方で、山崎は部屋の隅に置かれた、遺体を見つけてビクッとしていた。

「父さんも母さんも連絡取れたよ、兄貴のとこに居た。」

「良かったね。」

 綾子が小さな声で、両親の安否の報告する。

 勤務先が隣の市内であった綾子の両親は、家に帰る交通手段が無くなってしまったため、今はそっちの方に住んでいる息子、綾子の兄のマンションに避難しているとのことだった。

「留守電のメッセージが、20件ぐらいあったよ。」

 両親はなんとかして連絡を取りたかったらしいが、スマホが繋がらないうえに、娘がどこにいるかわからなくて、心配していたとのことだった。

 井上は軽くほほ笑むと、持ち込んだ機材の点検を始めた。

 隊長は鈴村刑事と関巡査と、この後どうするかを相談しているようだ。

「けが人を運んで、病院に行ってもらえないだろうか?」

 隊長が関巡査に話をしている。鈴村はこのまま応援をしてもらう意向だ。

「子供たちも連れてですか?」

「そうだ。」

 それを聞いた真由美が抗議する。

「待って下さい。せっかくここまで来たんですから、安否の確認だけでもさせて下さい。」

「だめだ。未知の生物だけじゃなく、銃を持った犯罪者までいるんだ。動ける人間が4人しかいなんじゃ、とても対処できない。」

 倒れている二人の隊員も、心配だとのことだ。

「でも…、」真由美は食い下がったが、こればかりはどうしようもない。

 どれくらいいるかわからない、あぶない蜂と甲殻人と練ってしまった人たち、そして、銃を持ったあぶない異国人。

 これらを相手に鈴村刑事と関巡査を入れた4人で、立ち向かうのは無理がある。

 そして、真由美たちは足手まといでしかない。

 せめて応援が呼べれば…。

「あの、対策本部へ連絡するのは、どうなったんですか?」

 鈴村と関も隊長を見たが、隊長が困った顔をしていた。

「もしかして…。」

 隊長の視線の先には、寝かされている隊員達がいる。

 通信担当は現在、戦力外になっていた。

 建物内への引き込み線を繋いで連絡体制をとる予定だったが、想定外の甲殻人の襲撃に対処できなかったのだ。

 残り二人で作業を行うのは可能だが、蜂たちが巡回しているので、屋外作業も容易にできない。

 この部屋にWi-Fi設備はあるが、電話通信用のケーブル端子はないようだ。

 蜂に待ち伏せされた責任を感じているのか、真由美はうつむいて口ごもってしまった。

「真由美さん、ここは言う通りにしましょう。」

「僕もそのほうがいいと思う。」

 千佳と直哉が心配そうに声をかける。

「せめて安否の確認くらいは…、ダメでしょうか?」

 そんな真由美を見かねてか、綾子が声を上げた。小さい声ではあったが…。

「安否だけ確認できれば、いいのかしら?」

 パソコンを起動していた井上が、ドローンを取り出して操作を始めた。

 当初から予定していた作業らしい。

 ドアを静かに開けて、ドローンを飛ばす。

 ドローンのカメラ映像は、井上の操作しているパソコンに映し出されていた。

 通路を抜けて北棟の上空に昇り、学舎全体を映し出した。

 真由美たちは後ろで、その映像を見守る。

 研究室の場所を確認し、徐々に窓に近づいて行く。

 カメラは室内を映すが、研究員の姿は見えない。

 パソコンのスクリーンセーバーが起動していたので、席を離れて時間が経っているようだ。

 ドローンが、窓に向かって移動を始めたその時、画面が揺れ出した。

 時おり、飛んでいる蜂や、その体の一部が映り込んでいる。

「ドローンが、蜂に襲われています!」

 ブラインドの隙間から見ていた直哉と山崎が、蜂に(たか)られて、真っ黒になっているドローンを見つけた。

 蜂もプロペラに巻かれて、なん匹か落ちたようだが、ドローン本体も高度を下げていき、遂に落ちた。

「あー、もぉ!」

 井上が悔しそうに声を上げた。

 パソコンのモニターに、“ERROR”の文字が浮かび上がる。

 ますます安否のわからない状況に陥ってしまったが、それに輪をかけて大変な事態が発生した。

「甲殻人が出てきました。」

「…黒いヤツだな。何人ぐらいか、わかるかね?」

 隊長は“甲殻人”という名前を聞いて僅かに戸惑ったが、すぐに理解してくれたようだ。

「10人って、ところでしょうか?あ、目が黒くなってるだけの人もいます。」

 後ろの3、4人は動きが遅く、衣服を身に付けたままの、いわゆるゾンビ形態だった。

「窓から離れるんだ!あと、なるべく静かに!」

 隊長が二人を窓から離れさせ、ブラインドの隙間から様子を伺う。

 気付かれない様にして、やり過ごそうと思ったのだが、運命の神様はそういう人の期待を裏切るものらしい。

 甲殻人たちは真っ直ぐに、この部屋に向かってきた。

「パソコンの電源を切るんだ!」

「えっ、これも?」

「ドローン操作の電波を、辿(たど)られたかも知れない!」

 報告書には、蜂が電波に反応することも記載されていたので、電波の発信を止めることを考えたのだろう。しかし、既にこちらの場所を、特定されていたようだ。

 中庭の方に気を取られていると、後ろからガラスの割れる音がして、通路側の窓にひびが入った。気が付かなかったが、こっち側にも何体か来ていたらしい。

 ガラスに鉄線が入っているから、すぐには割れないが、窓が枠ごと外されるのは、時間の問題だった。

 ガシャーン!と、音がして中庭側の窓を破って、甲殻人の手が教室内に突き出して来た。

 窓の外側に鉄の格子があるので、それ以上は入って来れない。

 しかし、数人の甲殻人が、格子に手をかけてゆすっているから、こちらもあまり長く持たないだろう。

「侵入してきたら、心臓を狙って撃って、そうすれば倒せます。」

 井上が、鈴村と関に銃を渡した。

「頭部を狙ってもいいですが、外殻が硬いので致命傷を与えられないようです。」

 関さんは渡された拳銃を確認すると、「知ってます。」と神妙な面持ちで銃の点検を始めた。

 昨日の事件を、思い出しているようだ。

 鈴村は弾倉を外して、映画で刑事の人がよくやるように、弾数を確認している。

 しかし、ガラスの割れた窓から飛び込んできたのは、甲殻人では無く、黒い蜂のほうだった。数匹の蜂が侵入し、円を掻くように天井付近を回りだした。攻撃するタイミングを狙っているようだ。

 窓の外の甲殻人たちは格子を外そうとして、ギシギシとゆすりまくっていた。

「逃げられない様にして、蜂に攻撃させるのが狙いかな?」

「そんなに頭いいわけ?蜂のくせに?」

 綾子が驚きの声を上げる。

 僻地(へきち)の前人未到の地域であれば、固有種の生き物が長く生息しており、独特の生態系を築いているものだ。特に蜂のように集団生活を営んでいる生物は、長い時間をかけて独自の進化を続ける種類がいるかも知れないと、父から聞いたことがある。

「絶海の孤島とかね。」

 この蜂たちはそういった場所に、生息していたのかも知れない。

「近寄ってきたら、叩き落とす!」「なお君!」

 直哉は千佳をかばう様に立って、ハエたたきを構えていた。

「もうダメだぁ~。」

 山崎がしゃがみ込んで、頭を抱えていた。

「ダメじゃない!」

 真由美は天井近くを飛ぶ、蜂の群れを睨んだ。

 それに気が付いたのかどうかはわからないが、一匹の蜂が真由美めがけて飛んできた。

 その時、シューっと言う音がして、独特の匂いが漂ってきた。

 白いガスがかかると、蜂は勢いを無くし床に落ちた。

 綾子が殺虫剤のスプレーを、噴射したのだった。

 続いて別の蜂が迫って来たが、これにも殺虫剤を噴射、そして撃墜した。

 真由美もスプレー缶を手に取って、噴射したがあまり効果が無いようで、スプレーの霧を避けて蜂が迫ってきた。

 しかし、綾子の持っていたスプレーをかけられると、すぐに落ちた。

 真由美たちは、殺虫剤を巻きまくった。即効で効き目がなかったものでも、数を重ねれば蜂を落とすことはできた。次々に失速して、床に落ちる蜂たち。

「ひっ!」へたり込んでいた山崎の目の前にも蜂が落ちてきた。絶命していないようで、もぞもぞと近寄ってくる。ビビりながらも殺虫剤をかけると蜂は絶命した。殺虫剤の臭いが鼻について、気分が悪くなった。

 気が付けば相当な数の蜂が、床に転がっていた。まだ動いている個体もいる。

「念のため、潰しておきなさい!」

 井上から指示があったので、周りを警戒しつつ踏みつぶしていく。

 真由美も先の失敗の反省もあって、気持ち悪かったが踏みつぶした。

 靴の底に、つぶれた蜂の一部がくっ付いて、さらに気持ちが悪くなった。

 殺虫剤が充満しているのせいで、実際に気分も悪くなってきた。

 窓を開けて喚起したいところだが、外に甲殻人たちが待ち構えている以上、できない相談だ。

 ハンカチを口に当てて、薬剤を吸いこまない様にした。

 ついに窓ガラスが破られ、中庭側と通路側から、甲殻人が侵入してきた。

 最初に飛び込んで来た甲殻人を、井上が撃った。

 それを皮切りに銃撃が始まり、真由美たちは、けが人を囲んでしゃがみ込んだ。

 中庭側を隊長と井上、廊下側を鈴村と関巡査が受け持っていた。鈴村の銃の腕は確かなようで、次々に甲殻人に銃弾を撃ち込んでいった。ただし甲殻人は、急所に当たらなければ、動きを止めないので、かなりの接近戦になっていた。

 何発もの銃声が響き渡り、某アクション映画のように、薬莢(やっきょう)が床に落ちて転がった。

 直哉が、千佳に覆いかぶさるようにして庇っている。

 真由美と綾子は抱き合って耐えていたが、すぐ横に撃たれた甲殻人が倒れてきた。綾子が脅えて、その腕に力が入った。なにか言っているようだが、銃声が(やかま)しくて聞き取れない。

 甲殻人は、体にたくさんの銃弾を受けていたが、まだ息があったのか、真由美のほうに手を伸ばしてきた。巡査たちは甲殻人を撃退するのにかかりきりで、こちらには気付かない。真由美は甲殻人に向けて、殺虫剤のスプレーを構えたが、甲殻人は力尽きたようで、途中で動きが止まった。真由美はしばらくスプレー缶を、構えたままでいた。

 銃撃は2、3分の事だったが、もっと長い時間に感じられた。

 真由美は抱きついたままの綾子に声をかけたが、耳鳴りがひどくて自分の声がわからなかった。

 肩を軽くたたいて気付かせる。綾子は部屋の中を見回して、小さい悲鳴を上げたようだった。

 侵入してきた甲殻人たちは、すべて撃ち倒されていた。

 火薬と、血の臭いが半端なかった。

 関巡査は、気が抜けたように銃を降ろしたが、他の3人はまだ警戒態勢だった。

 昨日の今日なので、思うところがあったのだろう。

 井上が通路側のドアを開けて、追撃が無いか確認している。

 隊長は窓の外を確認していた。

 どうやら追撃は無いらしい。耳鳴りも治まってきた。

 念のために殺虫剤を片手に、机の下も見て回る。倒しそこなった蜂もいないようだ。

 戦闘態勢が解除されて、一同はホッとする。

「鈴村巡査長、研究室の方へ向かうので協力して欲しい。」

「ってことは、リュウを捕まえるのを、手伝ってもらえるちゅうことでええのんでっか?なら喜んでやらしてもらいます!」

「いいだろう、こちらも手が足りない。ギブ&テイクで行こう。井上君、それでいいか?」

「わかりました。犯人への発砲は構わないですか?」

「許可する。向こうも銃を持っているからなぁ。ただし、一般人もいるので確認を怠るな!」

 どうやら、三人で本来の仕事である、研究者たちの救助を始めるようだ。

 全部の蜂と甲殻人を倒せたとは思わないが、かなり戦力は削いだと判断したのだろう。

「関巡査、すまないがここを頼む。あと、彼らと協力してけが人を運び出す準備を頼みたい。」

「…わかりました。」

 そう言った関は、内心ほっとしているようだ。

 昨日、今日だけで十年分ぐらい拳銃を撃ったのではないだろうか。

 一方、鈴村の方は、やる気十分のようだ。

「もう撃ち止めかいな?淡白なやっちゃな。」

 出て行く時にも、憎まれ口を忘れない。

「忘れているかも知れませんが、僕もけが人なんですよ。」

 そう言って、左肩に手を当てる。

 割りと平気そうに銃を撃っていたが、さっきまで左手を三角巾で吊っていた人だ。

「せやったな、まあ気張(きば)りいや。」

 ニッと笑って、調査隊の二人に続いた。


「なんで、綾ちゃんのだけが、効果てき面だったのかな?」

 真由美が、綾子の持っているスプレー缶を見る。

“ゴキブリバタンQ”と書いてある。

「大原の言ったこと、本当だったんだな。」

 山崎が自分の持っていたスプレー缶と、綾子の持っていたスプレー缶を見比べていた。

「それ、あんまり効かなかったぞ。」

 けが人の包帯の取り換えを手伝いながら、直哉がぼやいていた。

 以前、自宅でゴキブリ相手に使ったが、バタンキューとはいかなかったらしい。

 ちなみに包帯の取り換えは千佳がやっている。

「…名前負けだなぁ。」

「名前、変えた方がいいかもねぇ。」

 と、真由美は窓際に立って、自分を見ている関巡査に気付いた。

「どうかしましたか?」

「いや、よくついて行くとか言わなかったな、と思ってね。」

「あぁ…行きたかったんですけど…、井上さん…、怖いし…。」

 真由美の表情が、まさに“どよーん”と擬音が付きそうな感じで表情を曇らせた。

「なにか、あったのかい?」

「いえ、…何も。」

 最後の方は、声がくぐもっていたから、ちょっとトラウマになっているのかも知れない。


 続く

今回はアクションシーンが多いです。うまく書けているか不安です。

劇中の機動隊のついての表現が、間違っていたらごめんなさい。m(__)m

映画やTVドラマ、ウィキペディアなんかで調べて創作したものです。

「ファイナル・デスティネーション」は、予知夢で大事故から逃げ延びた主人公たちを、“死”そのものが追いかけて来るという、理不尽極まりない映画です。

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