006:昼休み(前)
翌日の昼。
昼休みを告げるチャイムが鳴った。俺はその音で目を覚ました。
いけない、また寝てしまったようだ。
居眠りの原因は夜遅くまで『カノジョ』のことを想って……ではなく、ゲームだ。
ついつい続きが気になって止め時を見失ってしまう。
だがそのゲームももう終盤、今日の夜にはクリア出来そうだ。
明日の授業からは寝ずに済むだろう。
少なくとも次のゲームを買うまでは。
自分以外の生徒達は既に散り散りに席を離れて、昼食の準備や食事に移っている。
俺は基本的に昼はいつも一人だ。
たまにツカサのやつが付いてくるが、普段は自分のハーレムの女の子達と一緒に部室で食べているようだ。今日はもう姿が見えないので、もう部室に向かったのだろう。部室まるごと爆発しろ。
俺も昼食のパンを買いに購買へ行かないといけない。
購買は校舎の一階。今からでは人気のパンは買えないだろうけど、何も食べないよりはマシだ。
パンを買ったら外に出て、適当なところでスマホを弄りながら昼食を取る。
それが俺の日常だ。
一度大きくアクビをし、廊下を出たところで名前を呼ばれた。
「イツキ君」
良く通る綺麗な声。狙い済ました様なタイミング。
すでに声だけで誰だかもうわかるようになっていた。
「会長……」
その人物は一瞬だけ、少し眉を顰めた。
気にさわる様なことはまだしていないはずなのだが。
彼女は当たり前の様に横に付いて来て一緒の方向へ足を進める。
「貴方、昼食はこれからなの?」
「はい、これからパンを買いに行くところです」
「そう、なら一緒にどうかしら?」
彼女の手には小さめの包みがぶら下がっている。
どうやら弁当の包みのようだ。
「……俺とですか?」
「あら、恋人同士が一緒にお昼を過ごすのは普通でしょ?」
「それはそうですけど……。隠す気はないんですね」
「えぇ、言いふらす様なことではないけど、隠す様なことでもないでしょ?」
「確かにそうですね」
俺は購買でパンを買った。
残っていたのはコッペパン、サラダパン。それとパック牛乳。
それぞれを一つずつ買って後ろで待っていたカノジョの元へ向かう。
「意外と少食なのね。それじゃあ、行きましょうか」
そう言ってスタスタと足を運ぶ。
どこに向かっているかはわからないが、会長の後ろを付いていく。
廊下を歩いている会長はすれ違う度に生徒達の視線を奪う。
いや、生徒だけでなく教師も。やっぱり目立つなこの人。
その後ろを歩く俺にも当然と視線が向けられる。
彼らは俺と彼女が付き合い始めたことは知らないのだろうが、彼女と一緒にいるだけでその同伴者にも興味を引かれるのだろう。
人から見られない様に生きるのは得意だったはずなのだが、それは彼女が一緒では生かされないようだ。
その原因である彼女は気にも止めず歩みも止めない。
階段を登って行くと次第に人気がなくなり、屋上にたどり着いた。
どうやらこの屋上が目的地のようだ。
だが普段屋上は立入禁止になっており、扉には鍵が掛かっているから入れないはずだ。
「ここ、鍵が掛かっていますよ」
「大丈夫よ。生徒会は昼休みに屋上に上がる許可をもらっているから」
そう言って手に持っていた鍵を俺に見せた。
その鍵が屋上の鍵なんだろう。
「屋上に何かあるんですか?」
「植木鉢があるわ」
「植木鉢?」
鍵を開け、屋上に出る。
良い天気だ。日差しには心地よい暖かさがある。
気温も暑すぎず、寒すぎず、丁度よい具合だ。
外で食べるにはベストな気候と言えるだろう。
会長は屋上に置かれているベンチのような椅子に進み、腰掛けて自分の弁当箱を膝の上に広げた。
おそらくこれが初めてということではないらしい。
動きが手馴れている。
会長の膝の上には女の子らしい小さめの弁当箱がある。
弁当の中身は彩り良く、栄養バランスも取れていそうだ。
ああ、俺はパンで良かった。あんなもの食べたら健康的になってしまいそうだ。
「ほらそこに植木鉢があるでしょ? それの管理は生徒会の仕事の一つなの。そしてその仕事は私が担当しているわ」
彼女の指す方にあるベンチの正面には確かに植木鉢がいくつか並べてあった。まだ花は咲いていないようだ。
「なるほど、水やりの立場を利用してこんなところでボッチ飯というわけですか」
「ずっと大勢の視線に晒されるというのは中々に疲れるものなのよ。お昼休みくらい解放されてもバチは当たらないはずよ。貴方には判らない感覚かもしれないけど」
「そうですね、俺は人目に止まらないので。人目を気にせずに生きられるんですよ」
「随分と自己評価が低いのね。誰も貴方を見ていないという訳ではないわ。貴方に好意を寄せた子もいたのでしょ?」
「本当に『俺』を見ていたのかは判りませんけどね。二人とも仲良くなってから付き合い始めた訳ではありませんから」
「それは遠回しに私にも言っているの?」
あ、これはマズい。若干不機嫌そうな表情をしている。
「あー、いえ、それは前の子達の話なのでぇ」
「……まあいいわ、許してあげる」
フーッ、何とか危機を回避した。
いかんいかん。つい普段通り返してしまった。
心証を良くしておかないといけないんだった。
「それよりもいつまでそんなところに突っ立ってるつもり? 早く食べないとお昼休みが終わってしまうわよ」
「それもそうですね」
俺は屋上入り口すぐの段差に腰を落としパンの入っている袋に手を入れた。
「そんなところに座ったら制服が汚れるでしょ。ちゃんと椅子に座りなさい」
それくらいのことは俺は気にしないのだが、確かにあまり清潔とは言えないだろう。
ここは素直に彼女の言うことを聞く方が吉であると判断した。
言うことを聞かなければ何をされるか判らないし。
一度落とした腰を持ち上げて視界に入る屋上をさっと見渡す。
この屋上にある椅子と呼ばれるものはたった一つ、彼女の腰掛けるあのベンチだけだ。
これは隣に座れってことでいいのだろうか?
しかしそこに座るのは若干躊躇ってしまう。
彼女から発せられる高貴な雰囲気に当てられてジリジリと肌を焦がされてしまうのではないだろうか。まあ、そんなことはありはしないが。
そんなつまらないことを考えながら彼女の横に座った。
これほどの美人だ。大抵のことを気にしない俺でも流石に緊張する。
ちらりと彼女の姿に目をやると弁当のおかずを箸で一つつまみ、口に運んでいた。
食べてる姿すら絵になると言うのはどういう理屈なのだろうか。
俺も購買で買ったコッペパンを袋から取り出して口に突っ込んだ。
……モサモサしてる。
パンと一緒に買った牛乳にストローを挿し、それを口にした。
パンに奪われた口の中の水分を補給する。
「ところで貴方、授業中寝ていたでしょう」
「な、何故それを?」
「休み時間に貴方の教室を少し覗いたら貴方が寝ているのが見えたから」
「あー、えっとぉ、それは休み時間だけですよ。授業中はちゃんと起きてましたよ」
「そうなの?」
いいえ、嘘です。本当は一時限目の休み時間から昼休みまでずっと寝てました。
彼女から疑いの眼差しが送られる。
これは話を変えないとマズいかもしれない。
「と、ところで何の用だったんですか?」
「用?」
「休み時間にわざわざ足を運んでこちらの教室に来たのは、俺に何か用があったからではないんですか?」
「……カノジョがカレシに会いに行くのに理由が必要かしら?」
それは思いもしない理由だった。
随分と年相応で乙女チックな理由。
彼女がそんな理由で動く人間だとは思わなかった。
「それは、少し感動ですね」
「ならもっと嬉しそうな表情と感情を入れて言いなさい」




