表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/28

027:

 とんでもない発言に裏返った声でつい大声をあげてしまった。

 確かに姉さんがあの場でサキさんに勝ちを譲る必要なんてなかった。

 そしてそれを守る必要性は姉さんには確かにない。

 だとするなら姉さんがここに来た理由は俺を連れて行くことか!?

 ヤバい! もし姉さんが本気ならどう抗ったって意味はないだろう。

 どうする? なんとかこの場を脱する方法を探さねば!?


「ふふっ、冗談よ」


 そんなにも俺の焦り顔がおかしかったのか、姉さんは俺を見て珍しく表情を少しだけ崩して笑っている。


「別に貴方を連れて行くつもりでここに来たわけではないわ。安心して」


 そう言って優しげな表情をみせる。

 どうやら本当に俺を連れて行くつもりではないらしい。

 マジで焦った。姉さんならやりかねないから全然冗談になってない。

 ただそうであるならまた別の不安が生まれることになる


「じゃあなんでここに?」


 姉さんがなんの理由もなくここに来るわけがない。

 きっと何かしらの理由が存在する。そしてその理由は俺に取って良いものではない気がして仕方ない。


「ただユキくんの顔が見たかった。って理由ではダメなのかしら?」


「それも冗談だろ」


「半分は本気なのに、お姉ちゃん悲しいわ」


 と、姉さんは涙もない目の端を指で拭う様な動作をして悲しさをアピールする。当然それが冗談であることは判っているので俺は警戒を緩めない。


「そんなに怖い顔しないで。本当に悲しくなっちゃうわ」


 その俺の様子を見た姉さんがまたいつもとは違う表情を見せる。

 その表情は少しだけ、本当に少しだけ、悲しそうな表情に見えた。

 俺って奴は本当にダメだな。そんな所を見せられて俺はやりすぎただろうか等と思ってしまう。それだって姉さんの計算なのかもしれないのに。


「まあいいわ。本題に入りましょう。あの子、『サキ』さんだったわね。私とあった時に様子がおかしかったからその事をユキくんに教えて上げようと思って」


「サキさんの様子がおかしかった?」


「やっぱり気付いてなかったのね。そうよ、私と会った時にはすでに少し疲れていたみたいね。本調子ではなかったんではないかしら? カレシであるのにユキくんはそれに気が付かなかったみたいだけど」


「それは……」


 今に思えばあの違和感の様なものはそのせいだったのかもしれない。

 しかしそれは本当にほんの些細なものだ。

 あの程度の感覚でサキさんが疲れているだなんて判るのは姉さんくらいのものだろう。

 ただ確かに今日のサキさんは少し取り乱し過ぎだった。

 それほど精神的にサキさんを疲弊させた原因はなんだ?

 今のところ心当たりはない。ないことを今、考えたところで答えは出ないだろう。

 いや違う。今、俺がするべきなのはそんなことではない。

 俺がするべきことはーー


「そうだとしても、今日のは少しやりすぎじゃない?」


 そうと判っていてあそこまでサキさんを追い詰めた目の前にいる姉さんに一言、言うべきなのだ。

 その言葉を聞いた姉さんは目を丸くして俺を見ていた。

 こんな表情の姉さんは俺も見た覚えがない。

 しかし次の瞬間にはいつもの姉さんの表情に戻っていた。

 いつもの笑顔、それでいて冷たさを感じ、俺に取っては恐怖心を煽るあの表情に。


「随分と頑張るのね、ユキくん。その一言を口にするだけでも辛いでしょうに」


 本当だ。こうしているだけでも吐きそうな気分だ。それに怖くて仕ない。目の前にいる姉さんが恐ろしくて仕方ない。

 すでに言葉にしたことを後悔もしている。

 それでも言わなければならない。

 サキさんがあんなになってまで立ち向かってくれたのだ。

 ならば当人である俺も姉さんに向かって立ち向かうべきだろう。


「確かに姉さんらしいとも言えるけど、でもいつもの姉さんなら赤の他人に対してあそこまではしなかっただろ? サキさんに対しては随分とあからさまだったけど?」


「大事な弟のカノジョを名乗る相手だもの、赤の他人とは思っていないわ。でも確かにそうだとしてもそれだけならあそこまでは話すつもりはなかったわね」


「それだけではないってこと?」


「それは今は言わないでおくわ。けど、ユキくんだって私のことを責められないと思うけど?」


「どういう意味?」


「それはユキくん自身が良く解っていることでしょう? 抱かなかったのよね、サキさんのこと」


「それは……」


「まぁ、いいわ。今日はもう遅いもの。今度こそ『また』ね、ユキくん」


 『また』か……。やはり簡単には逃がして貰えないらしい。

 俺がサキさんを抱かなかった理由、それはサキさんを想って……なんて綺麗な理由ではない。

 俺は関係を深めてからでないと抱けないなんて人間ではない。

 理由は別にある。それはあのまま『それ』をすることは姉さんの思い通りになってしまうことだと思ったからだ。

 姉さんの行動には全て意味がある。そして姉さんの発言によりサキさんがああなったのなら、それは姉さんがそう誘導した結果だ。

 ならば『それ』をすることは姉さんの思い描く通りに動くことになる。

 もしかしたら俺がそれを拒むことすら想定通りだったのかも知れないが、行為に及ぶリスクの方が高いと判断した。

 だから抱くわけにはいかなかった。

 それに姉さんはまだ俺を諦めていない。

 今回は姉さんが上手だったが、姉さんに対抗するにはやはりサキさんの存在が必要だ。そのことからもなし崩しに関係を持つのは不味いと感じた。

 関係を持つことで関係が変わることも良くあることだ。

 今は現状の関係を変えずにいることの方がリスクは少ないと判断した。

 当面はサキさんと別れることよりも、姉さんに対抗する手段としてサキさんという手段を持っておきたい。

 そうやって考えて出た結論だった。

 とても恋人に対する考え方でも、行動でもない。本当の意味での気遣いや配慮なんて一切ない。

 ただ自分に取って一番都合の状況を作るために取った行動だった。

 恋や愛、サキさんを一人の人間として異性として考えての行動ではない。

 結局今回のことで俺は全くどうしようもないクズだと再認識することとなった。

 しかしそれも仕方がないことなのだ。だって俺は自分がどう感じ、どう思っているのか。心の底ではどう考えているのか。

 誰よりも俺は自分の気持ちが、感情が理解出来ていないのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ