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026:関係(後)

「サキさんは姉さんとは違いますよ」


「そんな気休めなんて求めてないわ! そんなことより抱くの! 抱かないの! どっちなの!」


 完全に感情のコントロールを失って暴走している。

 そうでなければサキさんが急にこんなことを口にすることなんてないだろう。

 暴走しているのなら俺がいさめるしかない。だがサキさんに俺の嘘や誤魔化しは通じるとは思えない。

 俺に出来るのは嘘偽り無く、彼女に思っていることを伝えることだけだ。


「気休めなんかじゃありません。サキさんと姉さんは全然違います。俺の知っている姉さんはこんな風に取り乱したりしたことなんてありませんし」


「……悪かったわね。見苦しい女で」


 良かった、少しは落ち着いてくれたみたいだ。

 今の発言は火に油を注ぐことになるかもと思ったがどうやら冗談で言ったということは伝わったらしい。

 しかもこれで解ったこともある。

 今のサキさんは感情のコントロールが出来ていないが、しかしその一方で頭の方は冷静に機能している。

 おそらくこの行動自体は感情的な面が強く出ているのだろう。しかしそれはサキさん自身が許容出来る範囲の行動なのかもしれない。

 なら会話によって穏便に解決することも可能なはずだ。


「責めている訳ではありませんよ。確かにサキさんと姉さんには共通点もあります。けど全然違います。サキさんと接してからのこの数日だけでもそれは明白です。俺のこの口調も最初は『それ』が理由の一つでしたが、今では本当に癖になってしまっただけですし。サキさんが姉さんの代わりだなんてことはありませんよ」


「でも、私だって……」


 随分と落ち着いて来てくれたようだ。先ほどまでの感情を爆発させていた様子はもう伺えない。だが未だに俺の身体はサキさんにマウントを取られた状態だ。

 もしかするとサキさん自身も退き方が解らないのかもしれない。

 それにプライドの高そうなサキさんのことだ。一度、自分で口にしたことを覆すことに抵抗があるのかもしれない。

 そうであるなら退くことの出来る状況を作ることが出来ればいい。


「それじゃ、これでどうでしょう」


 俺は自分の顔の横に置かれているサキさんの右手に軽く手を添えた。

 サキさんもそれに気を利かせて体重の掛かっていた右手を軽くして俺の添えた手が誘導する方へその手を動かしてくれた。

 その手を俺の顔の前に持って来て、その手の甲に軽く自分の唇を触れさせた。


「……っ」


「まだちゃんとデートもしていないので、今回はここまでってことでどうでしょうか?」


「そ、そんなことでっ」


「あ、汚く感じたなら手を洗ってください。俺は気にしませんので」


 まあ、普通に考えて手の甲にキスだなんてどこのキザ野郎だって話だが、これでサキさんが退きやすい状況にはなったはずだ。

 サキさんは少し黙って思いを巡らせている様だったが、俺の身体から離れてベッドの上から降りた。

 どうやら俺の思惑は上手くいったらしい。

 ……本当にこのまま洗面所に向かわれたら泣きたくなるけど。


「汚いとは思ってはいないわ。……少ししか」


 少しは思ってるのか! ま、まあ、本当に手を洗いに行かれなかっただけでも良しとするか。


「でも本人の目の前で手を洗うのは貴方を傷付けるかもしれないから、家に帰ってから洗うことにするわ」


「それ本人に言っちゃ意味なくないですか! それは言葉は心の中にだけ止めていてくださいよ!」


「それとキザ過ぎて気持ち悪かったからもう二度としないでね」


「さらに心をエグってくる!」


 そんな俺の反応を見てサキさんは笑みまで溢してご満悦のようだ。

 ようやく俺の知っているサキさんらしさになった。

 だが俺とてやられっぱなしではない!


「まあ、俺だって流石に恐がっている女の子を勢いで押し倒すほどは腐ってなかってことですよ」


「なっ、私は恐がってなんてっ!」


「何を言っているんですか、さっきまで震えてたじゃないですか」


 その言葉に反論はない。

 サキさんに袖を摘ままれた時、その指先から震えの振動はしっかりと俺に伝わっていた。

 最初は怒りで震えていたのかとも思った。けれどそれだけではなく、そういうことへの恐怖心がサキさんにはあったのだ。

 それもいつかは乗り越える時が来るがそれは今ではないはずだ。


「大丈夫ですよ、俺達は少しずつ進んで行けばいいじゃないですか。姉さんとのことは単なる経験に過ぎません。『アレ』はそういうものではありませんでしたから。……だから尚更、サキさんとはちゃんと少しずつ進んで行きたいんです」


「そうね。でも、次のチャンスはいつ来る判らないわよ」


「えっ、マジっすか! 選択肢、間違えたかな?」


「今さら後悔したって遅いわよ」


「ま、付き合っていればそんなチャンスもいつか来るでしょう。その『いつか』を待ちますよ」


「……そうね。『いつか』ね」


 こうしてその後は何事もなくサキさんを家のすぐ近くまで送り届けた。

 今日は流石に遅くなり過ぎたとのことで家の人間に見つかれば共にいた俺にも迷惑が掛かるかもしれないというサキさんの配慮だった。

 何もやましいことはないので家の前まで送るとは言ったのだが、「数日間、見えないところから監視されることになってもいいのならいいけど」と言うサキさんの言葉を聞いて御言葉に甘えてすぐさまその場を後にした。

 しかし今日は随分と疲れる一日になった。

 今日のことを頭の中で思い返しながら家に戻るとあっという間だった。

 それほどに今日という日は濃厚で濃密な一日だった。

 あとはこの階段を上って部屋のベッドに横になるだけ。

 ただそれだけで今日の幕は終わらせることが出来る。

 だがただそれだけのことが出来ない予感がした。


「本当に大変な一日だったよ。姉さん」


「あら、良く気が付いたわね」


 薄暗い歩道の木陰からスッと姉さんが姿を現した。

 うわぁ、本当にいたよこの人。

 今のは別に姉さんが本当にいると確信を持って出た言葉ではない。

 ただ姉さんならこういう時にいそうだなと思って出た独り言。むしろそれを望んでいた。

 本当に姉さんは人の嫌がることを平然とやってのける人だ。


「それで俺にまだ何か用? サキさんに勝ちを譲ったのならーー」


「ああ、あの子との約束のこと? でもそれって私を守る必要があるかしら? そうすることで私に何の利があるの?」


「はぁっ!?」

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