023:勝負(前)
とにかくこのままではマズい。
少しでもこの『バランス』が崩れれば今すぐにでも掴み合いのケンカに発展してもおかしくない。
この二人がそんなことをするとは思わないが、そこにある空気にはそれを感じさせる何かがあった。
そしてもしそうなった時、巻き込まれて一番被害を受けるのはきっと俺だ。
勝負事にするのは不本意だが、ここは話を進めてこの険悪な空気を押し流してしまわなければ俺の胃がストレスに耐えられなくなってしまう。
「そ、それで勝負の内容は?」
二人はお互いに目を逸らそうとしないので、余計なことを提案しやがったあの店員にその言葉を投げ掛けた。
頼むから出来るだけ平和的なモノを提案してくれよ。
「それならモチロン考えてありますよ! ズバリ『この男の悪い所をいくつ言えるかな?ゲーム』です!」
……こいつは本当になんだよ。悪意しか感じないのだが。流石に殺意を覚えるぞ。
ああ、いかん。俺まで感情的になったら本当に収集がつかなくなる。
冷静に、冷静に……だ。
「ふ、普通どちらが多く好きな所を言えるかってゲームじゃないのかっ……な?」
言葉に怒りがこもりそうだったところを何とか引き留めた。うん、よくぞ堪えたぞ俺!
ここで声を荒げたところで俺の心象が悪くなるだけだ。
別にコイツにどう思われようが構わないが周囲の目がある。
周囲の連中にしても思われるだけなら一向に構わないが、ここから離れられない状況でひたすらに口撃を食らうのは流石の俺も精神的にダメージを負うことになる。
それは出来るなら避けたい。
「いいえ、それじゃあ駄目ですよ! 恋は盲目! 好きな相手のことならいくらだって言えしまうに決まっています! しかし本当に愛しているのなら悪い所もしっかりと見つけてそれを含めて愛するべきなのです! ですから本当に好きなら悪い所も多く言えるはずです!」
「確かに一理あるわね。いいわ、イツキ君の悪いところなんて挙げたらキリがないけど」
キリが無いってほど俺ってそんなに酷いですか? 良いとは思っていないけどそれほどですか?
いいんですかサキさん、それ貴女のカレシのことですよ!?
「私はそれで構わないわ。ユキくんのことなら私が知らないことはないから」
二年も会っていなかったのに自信満々にそれを言える姉さんが俺は怖いよ。
「それでは互いの合意を頂きましたので早速勝負開始ですね!」
おい、当の本人である俺の意思は無視かよ。
そうかよ、そうですね、そうだろうともさ。もういいよ、煮るなり焼くなり好きにしてくださいな。
「それでは先攻はそちらの学生服のアナタからお願いします!」
「そうね、まずは簡単な所から行きましょうか。さっきも言っていたけど『頭が悪い』わね。学年でも最下層な成績だし」
はい、そうですね。俺は勉強が苦手ですよ。わかっています。わかっていますとも。
「確かにあの男、頭悪そうね」
「こんな状況になるなんて馬鹿の証拠でしょ?」
少し離れた席に座る女性客達の声が耳に入る。
どうやら馬鹿認定されてしまったようだ。
まあいいさ、これくらいならどうということはない。
「それでは次はそちらの落ち着いてるお姉さん! お願いします!」
「ユキくんの悪い所ねぇ。そうね、『性格』かしら?」
姉さんっ! それだけは姉さんには言われたくなかったんだけどっ!
いやまぁ、それも良いとは思っていないけれど姉さん程ではないと思うよ。
「確かに性格も悪そうね」
「性格が歪んでいなければこんなことにはなっていないでしょ。性格が悪い証拠よ」
またしても納得されてしまった。
ま、まあいい。気にしない。これくらいのこと……。
「さーて、どんどん行きましょう!」
「『将来性』はあまり期待出来なさそうね。頑張って人並みってところかしら? まあ、私のパートナーなのだからせめてそれくらいにはなって貰わないと困るのだけれど」
サキさんは一体どこまでを見据えた発言しているんだ?
単純に最低限の自分に釣り合うレベルになるように言っているだけなのか、それとも……いや、ここから先は考えないようにしよう。
「ユキくんは『ネガティブ』よね。もう少し前向きに生きられないものかしら」
後ろ向きで悪かったね。しかし慎重であるのはいいことだろ?
まあ、姉さんにそれを言ったら『ネガティブなことと慎重なことは別のことよ』とか言われそうだ。
「『女好き』」
思春期の男子高校生だぞ。女の子が好きで何が悪い。
「『甲斐性がない』わね」
姉さん、高校生に甲斐性を求めないでくれよ。
その後も次から次へと俺の悪い所が二人の口から告げられていく。
周囲の客達の俺を見る目はもはや人ではない汚物でも見るような目をしている。
想像していた以上に辛い。
ちょっと二人とも、言葉の暴力って知ってます? これ、二人の勝負なのに俺がフルボッコにされてるんですけど?
俺が悪いのか? 自分の問題をサキさんに、人の力に頼ろうとした俺が悪かったのか?
こうしている間にも淡々と俺の悪い所が告げられ続けている。
ああ、俺ってそんなに酷い奴だったのか。
もはやいらない存在なのでは?
俺なんて世界には必要ない、いやむしろ害でしかないのではないだろうか?
ああ、ちょっと本気で泣きそうになって来たんだけど。
「そうね、あと……『甘えん坊』な所かしら? 一緒に寝ている時なんて特に……ね」
防衛本能が働きこことは違うどこか別世界を見つめていた俺の耳にその言葉が届いた瞬間、一気に現実へ引き戻された。
今のは姉さんの声だった。その言葉には何か嫌なモノを感じて仕方がない。
ちょっと待て、その話はもしかして……。
「シズクさん……」
サキさんもその言葉には引っ掛かりを覚えたようだ。
「甘えん坊なのはむしろ良い所でしょう! だって可愛いじゃないですか!」
違うっ、サキさん! おかしいよっ、サキさんっ!
それだとサキさんが俺に甘えて欲しいみたいになっちゃいますよ!?
「あ、いえ、じゃなくて、確かにイツキ君はどこか世の中と言うものを甘くみている節があります。それは見方によれば『甘え』と解釈することは出来るかもしれません」
サキさんは俺のどこを見てそんな風に思ったのだろうか……。
「ですがシズクさんの言っていたのはそういう意味ではありませんよね? シズクさんの言ったのは『人懐っこく甘える』と言うことの方ですよね? それはイツキ君が小さい頃の話ではないんですか? 今のイツキ君にその言葉は当てはまるのですか?」
サキさんは俺と姉さんの二人がどう生活をしていたかなど知るはずもないが、今の俺を見た上でそれを付け入る隙として判断したようだ。
確かに昔はそうであったとしても今がそうでなければこの勝負において一歩リードすることになる。
しかし姉さんがそんな隙を見せるはずもない。
であるならこれは姉さんのーー
「そうね、ユキくんは小学生の頃も可愛いかったわね。でも今だって変わっていないと思うわよ? だって一緒に寝ていたのはまだたった二年前のことですもの」
ああ、やっぱり。姉さんは『あのこと』をサキさんへ伝えるつもりなのだろう。
「中学生にもなってお姉さんに添い寝して貰っていたの、イツキ君?」
流石のサキさんもドン引きな表情を浮かべている。
良かったまだサキさんはわかっていないみたいだ。
今ならそれを肯定してしまえば本来の意味に気付かないで貰える。
それも中々にキツイが本来の意味を知られるより断然楽だと言える。
肯定の言葉を口にしようと思ったが、姉さんの言葉がそれを遮った。
「『添い寝』ね……。それだけではなかったわよね、ユキくん?」
姉さんはそれを許してはくれなかった。